始まった戦争
あれから、局内は変わってしまった。
伊東派と土方派に別れ、ピリピリした空気。活気もなくなった。初めて、真選組が居心地が悪いと思ってしまった。あたしの唯一の居場所なのに。
近藤さんは普通に振る舞おうとしてあまり顔には出していないけど、きっと心の中では違うはずだ。

その近藤さんの隣で、書類をペラリとめくる。隊士募集の遠征の事が書いてあった。


「近藤さん、隊士募集で武州に行くの?」

「ああ。武州に帰るのは久しぶりだな。理御ちゃんも来るんだろう?」

「そう、ね…」


曖昧に返事をして、仰向けに倒れこむ。天井をボーッと見ながら、ぽつりと言った。


「近藤さん」

「ん?何だ?」

「_____…」


つい、弱音を吐きそうになって思いとどまる。きっと、誰より辛いのは近藤さんなんだから。
すると、ふすまが開いて入って来たのはザキだった。


「局長、補佐、お茶持ってきました」

「ああ、すまん」

「ありがと」


起き上がり、お茶を置くザキを見た。こんな状況でも、いつも通り、お茶を持ってきてくれる。それがどれだけありがたいか、安心出来るか、ザキは知らないんだろう。


「…ザキ」

「なんですか?」


声をかけると、いつもの笑顔で返してくれた。


「ザキは、優しいね」

「え、え!?」


にこりと笑うと、ザキは少し赤くなり、動揺してお盆を抱えた。


「優しいついでに、おせんべい買って来てくれるとなお嬉しい」

「ってパシリかァァァ!」


嘘です。


*


武州に近藤さんや鴨達が向かった。たくさんの隊士が動向している中で、あたしはというと、屯所に残る方を選択した。本当はあたしも行くつもりだったのだけど、どこかへ行ってしまったトシを探し出したい。
書類を片付け、一段落すると、外へ出た。
さて。トシを探そう。時間は今しかない。このごろは、あたしを誰かが監視している気がして…いや、気じゃない。確かに、気配を感じるのだ。だから、なかなか自由に動けない。携帯を取り出し、トシにかけた。


「もしもし、土方ですけど」

「トシ?理御だけど。今どこにいるの?」

「天海氏か!今?かぶき町でござる」

「氏?ござる?って、かぶき町!?なんでそんなとこに!」

「あっ、ちょっと取り込み中だから失礼するよ」


ブチッ、と通話がきられる。
…なにがどうなったんだ。トシの声だし、トシだけど、トシじゃない。ていうかかぶき町?なんで?意味がわからないことばかり。でもとにかく、トシに会わなきゃいけない。そして、連れ戻して、今の状況をどうにかしないと、真選組が壊れてしまう。
あたしはかぶき町へ急いだ。

タクシーで来ようと思ったら、あと少しでかぶき町につくというところで渋滞に巻き込まれたので、タクシーから出て車の屋根をジャンプして走った。クラクションが鳴り響いていたけど気にしている余裕はない。
かぶき町を走って走って。でも、トシが見つからない。路地裏を駆け抜け、ドラム缶を飛び越える、と。


「ぐふぉっ!」


飛び越えた拍子に誰かの体に足がめり込んだ。


「あああああ!!ごめんなさいいいいい!…って、あれ?」


その人を蹴り飛ばしてしまい、慌てて駆け寄ると、それは変な格好だけど確かにトシだった。


「トシッ!!」

「いったァァァァ!って天海氏!?」

「「「理御っ!!」」」


万事屋トリオも一緒にいた。トシはふらふらと起き上がる。


「天海氏ー!助けてくれよ、坂田氏が拙者をいじめるでござる!」


ひしとすがりついて来るトシ。…誰だこいつ…!!あたしは一歩あとずさりした。


「…い、今の衝撃で頭がおかしく…!!?」

「バカちげーよ。こいつ、妖刀に呪われて別人格になっちまったらしいんだよ」

「…マジでか」

「マジでだ」


ついに…もう、別人格になっちゃったの…?トシはもう鬼の副長と呼ばれていた頃の面影は残っていない。もう、ヘタレでオタクなトッシーと成り果ててしまった。そのとき、キィィィッとパトカーがあたし達の目の前に止まった。…真選組…!?


「副長ォッ!補佐も!ようやく見つけた…!大変なんです!すぐに…すぐに戻ってください!」


血相変えてパトカーから出て来る隊士達。


「なにがあったの!?」

「山崎さんが…!!何者かに!殺害されました!」

「「!!!」」

「屯所の外れで血まみれで倒れている所を発見されたんですがもうその時には…」

「下手人はまだ見つかっておりません!」


隊士は早口で説明すると、ガッとあたしの腕とトシの腕を掴んだ。


「とにかく!一度屯所に戻って来てください!」

「わ、わかった!」

「え…でも拙者クビになった身だし」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」


グイグイと引っ張られ、パトカーに押される。
そのとき______殺気を感じた。ぞくりと。
バッと隊士を見ると、急かすように押して来る。何かを感じて、パトカーに入るのをやめてトシに近づいた。


「さっ、早く!」


隊士が____刀を、抜いた。


「副長も山崎の所へ」

「っ!」


間髪入れずに刀を抜き、全ての刀を受け止め、跳ね返した。刀を構えたまま、叫んだ。


「銀さんっ!!トシを!!」

「…!!行くぞ!」

「天海氏!!まさに美少女侍トモエちゃんの如き…」

「うるせェェ!」


背中で声を聞きながら、刀を構える隊士達を睨んだ。


「どういうつもりよ、これは」

「近藤、土方そして天海を消せば真選組は全て伊東派になる!!あんた達の真選組はもう終わったんだ!!」

「…!!」

「「ウオオオオオ!!」」


向かって来る隊士達。何が、終わったって?あたし達の真選組?あたしはキッと目を鋭くして、刀を構える手に力を込めた。


「まだなんにも!終わっちゃいない!!」

ガキガキガキィン!!


どさどさっ、と隊士達が一斉に倒れる。キン、と刀を納めた。すると、後ろからすごい音でフロントガラスが割れたパトカーが走って来た。それに乗っているのは、銀さん達。パトカーを奪ったんだ。通り過ぎる寸前で開いたドアから座席に飛び込んだ。


「ふう…!」

「理御大丈夫アルか!?」

「大丈夫!それより…!」


あたしが何かを言うより早く、銀さんが無線を使った。


「あーあー、こちら三番隊。応答願います、どうぞ」

《土方は見つかったか?》


無線からは無慈悲な言葉が流れた。
近藤暗殺。隊士募集の遠征は鴨が仕組んでいて、その列車の中で殺すという。
ギリリと血が滲みそうなほどくちびるを噛む。あたしがついていっておけば近藤さんを守れたのに!!


「あたしのせいだ…!あたしが、みんなを止めていれば…!鴨を止めていればこんなことにはならなかった!!」


膝に置く手に力が入り、スカートをぎゅぅうっと握った。もう、こうなってしまえば止められない…!!どうすれば…!じわりと涙が滲む。
銀さんが口を開いた。


「諦めんのか?てめーが諦めてどうするよ。弱音なんて理御らしくねーぞ。副長がこんななんだから補佐がやんなきゃいけねーだろ。理御以外に誰がやんだよ…!真選組、救って来い!」

「…!!」


そうだ。銀さんの言うとおり。刀を掴んだ。


「そうね、そうよね…あたしがやらないと。考えたら、真選組なくなったら…近藤さん達がいなくなったら、あたし生きる理由ないんだわ」


深呼吸をひとつ。…よし。ぱんっと頬を叩いた。ぶるぶると震えるトシを見る。


「トシ、あたしはトシを信じてるよ。真選組副長として、戻って来てくれるって、真選組を救ってくれるって、信じてる。トシがいないとだめなんだよ」

「天海氏…」

「銀さん」

「あん?」


刀に結んだ縄を口でギュッと引っ張り、ボンネットに踏み出した。


「ありがとう!!」


にっ、と笑って。
刀を思いっきり投げて、遠く前方の建物に引っかけ、ターザンのように一気に前に飛んで行った。







始まった戦争



「…ふん。ったく、世話かけやがって」

「銀ちゃん、ニヤニヤすんなヨ。気持ち悪いアル」

「うっせ!今俺はひたってんの!理御のあの笑顔見た!?」

「かっ…こいいなあ天海氏!!マンガのような移動でござるな!もう見えなくなったぞ!」

「ちょっと黙れ!!」

「ていうか僕セリフナシ!?」
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