生まれた亀裂
今日は、局内での大事な会議。開始時刻は午後五時となっていた。そして現在、五時十分。時間はとっくに過ぎているのに、トシだけが来ていない。
あのトシが遅刻なんて…これも、妖刀の呪いのせいだろう。それを知らない近藤さんが焦り始める。知らせたいけど、信じてくれないかもしれないし、混乱を招く。それに、鴨がいる今は何かと危険だ。あたしはもどかしさにぎゅっと拳を握った。


「遅いな、トシの奴…」

「良い機会だ、僕は丁度彼の事を議題に出すつもりでいた」


やっぱり、きた。鴨は眼鏡を押し上げ、立ち上がった。


「自ら局中法度を課しながら、彼はこれを破ること十数度。現に今も遅刻するという失態を犯している。これを野放しにしていては隊士達に示しがつかない」

「先生待ってくれ、何か並々ならぬ事情があって遅れて…」

「僕は今回の件の事だけを言っているのではない」


近藤さんの言葉を遮り、続けた。


「真選組の象徴ともいうべき彼が隊士達の手本とならずにどうする。彼にこそ厳しい処罰が必要なのだ!近藤さん!ここは英断を!」


いきり立って近藤さんに迫る鴨。耐えられず、机に手をつき、身を乗り出した。


「待って!トシは来るわ。事情があったのよ、きっと…!」

「理御ちゃんの言うとおりだ!もう少し待ってくれ!」


そのとき、ガシャーンッとふすまごと破壊されて何かが入って来た。トシ…!!


「ちゃーす!!焼きそばパン買って来たス!沖田先輩!」


誰もが静まり返り、固まる。その中で、動きを見せたのは三人だけ。頭を抱え、やっちゃったよ、とため息をついたあたし。それから、畳に這いつくばるトシをニヤリと見下ろす総悟と鴨だった。


*


「副長はありゃどうなってんだ」

「知らねェよ、あんな人だったか?」

「無期限の謹慎処分だってよ」

「切腹じゃないだけマシだよな」

「伊東さんは切腹を主張してるが、局長や副長補佐、みんなの説得でそれは免れたらしい」

「もう多分戻ってこれねーんじゃないかな」

「伊東が許すまいよ、あの二人ずっといがみあってたからな。今回の件も伊東の罠だったって噂だぜ」

「いよいよ伊東の時代か」


すたすたと歩いていると、隊士達の声が聞こえてくる。その内容は、トシや鴨のことばかりで。あたしは少しうんざりしながら、隊士達に近づいた。


「あ、副長補佐…」


みんなが話をやめる。


「みんな、こんなときだからこそ気を引き締めて励んで。気持ちを切り替えて」


そう言って手で制すと、一人の隊士が話しかけて来た。


「補佐はやっぱり、土方さん派ですか?」


ぴくりと眉が動いた。


「土方派とか、伊東派とか、そんなの関係ないでしょう?仲間割れしてる場合じゃない。あたし達は、近藤さんについていく。それでいい」


すると、伊東派と思われる隊士が不愉快だったらしく、口を開いた。


「ちゃんと今の状況分かってます?補佐。そんなキレイごとばっかじゃ解決しねーんですって」

「キレイごとって」

「補佐って」


「女のくせになんで真選組にいるんですか?」



がつんと、衝撃が襲ったようだった。


「あ、俺も。ずっと思ってたんだよな」

「だろ。不思議だったんだよ。局長や副長、沖田隊長のお気に入りで、副長補佐って…」

「真選組の紅一点とか言ってるけどなあ…」

「強さは認めるけどなァ…」

「なんで男ばかりの真選組に、女がいるんですか、補佐」

「もしかして、体を売った、とか?」


不満が爆発したかのように、次々と隊士達が言う。
何も言えない。頭が働かない。
そのとき、隊士が胸倉を掴まれた。


「おい、てめェ…今なんて言いやがった」

「ひィっ…!!」


総悟だ。通りかかった総悟が、騒ぎを聞きつけてやってきたんだ。ドスのきいた怒りを滲ませた低い声で、恐ろしい形相で、凄みを効かせて隊士に迫った。


「理御の事、何にも知らねェで…!!今、何て言いやがった!!もう一回言ってみやがれ!!」


隊士は口をぱくぱくして、顔は真っ青。あたしはぐっと目をつぶって、ゆっくりと言った。


「…やめて総悟」

「…!!」


舌打ちと共に手を離す。隊士は尻もちをついてゴホゴホと咳き込んだ。あたしは目を伏せて、口を開く。


「……当たり前の疑問よね。きっと、みんな同じことを思っていると思う。でも」


諭すようにゆっくりと、自分に言い聞かせるように話す。


「性別なんて関係ない。真選組のために尽くす、近藤さんのために出来ることはなんでもやる。その気持ちは誰にも負けないつもり」


あたしの過去を知る人は少ない。別に、知って欲しい訳でもない。それでも、信じてほしいから。
隊士達は黙り込んでしまった。


「…さ、みんな仕事にもどって」


あたしも仕事にもどるわ、とその場を後にした。ぐ、と下唇を噛んで。

あたしがいなくなると、総悟がギロリと隊士を睨んだ。


「…次言ったら、斬るぜ」


総悟はそれだけ言うと、すたすたと立ち去った。ごくりと隊士がつばをのむ音だけがその場に残った。








生まれた亀裂

「……は、は。女のくせに、か」


自室に戻って、ずりずりと壁に体を預けて座り込む。乾いた笑いがこぼれた。
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