”ただいま”
目の前にそびえ立つ大きな建物。そしてたどり着いた、いつもの執務室。何度、思い描いたことだろう。やっと帰ってきたんだ。
そんなに長い期間ではなかったのに、とても長く感じられる。感慨深くて涙が出そうだったが、滲んだ涙はデスクを見た瞬間あっという間に引っ込んだ。
「うわあ…なんですかこの書類の量…そして散らかりすぎです…」
「いやー、仕事なんて手につかなくてさ。ユナちゃんがいないんじゃ掃除してくれる人もいないし」
「それにしたってひどいですよ、センゴクさんお怒りなんじゃ…」
「すでに何度も説教くらってる」
クザンさんは完全に開き直っている。デスクに広がった書類の山、コーヒーカップは出しっ放しだし、壁に掲げた正義の看板さえほこりをかぶっている。ひどい有様だ。早急に掃除をしないと。
そんなとき、ガチャリとドアが開き、もわりと煙が入ってくる。この懐かしい煙草の匂いは、あの人だ。
「おい、大将、そろそろいい加減に書類を、…………」
「スモーカーさん!」
「………、ユナ、か?」
久しぶりに見るスモーカーさんはまじまじと私を見て、ぷかりと煙を吐き出した。
「ただいま帰りました」
にっこりと微笑んでみせると、いきなりがばっと抱きしめられた。抱きしめるっていうか、いやもうさば折り?
「痛い痛い!!痛いですゥゥ!」
「お前…今の今までどこほっつき歩いてやがった…!!」
「ごめんなさい、すいません!だから緩めてくださ、い”っ」
呼吸困難になりかけたとき、今度はすごい勢いでひっぺがされてクザンさんの胸に収まった。もう何なんだ。
「あららら、ちょっとォ、何やってんのスモーカー。人のに手ェ出すんじゃないよ」
奪い取られてやっとハッとしたスモーカーさんは、私を見て少し慌てた。所在なさげに手を下ろす。
「、あ。俺……悪ィ。って、人のって……どういうことだよ」
「もうこの子俺のだから、許可なく触らないように。スモーカーは特に」
呆然とするスモーカーさんがぷかりと煙を吐き出した。どんな表情をしたらいいか困って眉を下げる私と、堂々とし過ぎなくらいのクザンさんを見比べて、やっと口を開いた。
「………ついにユナが大将の毒牙に」
「変な言い方しない」
私が黙っているのをいいことにべらべら喋るクザンさんの胸を押し返し、服の乱れを整える。照れ隠しじゃないですから。
「とにもかくにも、ご心配おかけしました。ちょうどさっき帰ってきたところなんです」
「…そうかよ、えらく長い家出だったもんだな」
スモーカーさんは煙と共にため息を吐き、ソファにどっかりと座った。
「お前がいない間、大将が溜めに溜めた書類がこっちに回ってくるし、たしぎはユナちゃんがユナちゃんがってうだうだしてやがるし…!!大変だったんだぞ、分かってんのか!?ったく」
怒るスモーカーさんだが、残念ながら私にそんなお説教は効果はない。どころか逆効果だ。くす、と笑ってしまったのを皮切りに、緩む頬が抑えきれない。
「すいません…ふふふ」
「何笑ってやがる!」
「ふふ。すいません、……嬉しくて」
あらためて、帰ってきてよかったです、なんてにやける頬を押さえて言うと、今度はクザンさんがさば折りしてきた。先ほどのスモーカーさんのよりは少し可愛げがあるが。ぎゅむぎゅむと押しつぶされ、抵抗ができない。
「…あー、もー、ユナちゃん好きすぎてどうにかなりそう」
「うぶっ、クザンさん!ちょっと!!苦しいー!」
「はァ……帰っていいか」
「ま、待って!スモーカーさん!助けてください!」
やっと離してくれたクザンさんは、とりあえず、センゴクさんに報告しに行こうと言った。確かにそれが先決だろう。ということでセンゴクさんの元へ来た。
おじいさん、とは言い難いようなまだまだパワフルな初老の海兵さんとお煎餅を食べていたセンゴクさんは私の顔を見るなり、ガタッとデスクチェアから立ち上がった。
「ユナ!!よく無事で帰ってきた…!!」
心から心配してくれていたのだろう、眉を下げていつもの厳格なセンゴクさんとは違うその様子に不謹慎にも嬉しくなってしまった。
「ありがとうございます、只今戻りました。ご迷惑おかけしました…!」
「全くだ…どこに飛ばされていたんだ!?大丈夫だったか!くまめ、出会い頭にランダムで飛ばすとは勝手にも程がある…!!」
「ええっと…それが…」
「散歩してたら偶然見つけたんですよ、どこだっけ、ロングリング……なんとか」
「ロングリングロングランドか?なんでそんな辺境へ…」
クザンさんは、私が麦わらの一味に居候していたことを隠しておいてくれるようだった。確かに、バラしてしまえば面倒なことになるだろうことは目に見えている。海賊船にいたことのみならず、能力を明かしたこともあるのだ。お仕置きが待っているに違いない。ここは黙っておいたほうがよさそうだ。
「おお、お前さんが噂の女か!よく帰ってきた!今更じゃが、初めましてじゃのう、ぶわっはっは!」
「初めまして、ええっと…あ!ガープさん、ですよね!」
「お?わしのことを知っとるのか!」
「ええ、有名な方ですもの。”英雄”ガープさん。こちらこそご挨拶が遅れてしまって…」
そうだ、思い出した。この方は、中将の英雄ガープ、確かフルネームは、モンキー・D・ガープ。………ん?
「あああ!!」
「お?どうかしたか?」
「い、いえ何も…!」
クザンさんが世話になったという、ルフィさんのお祖父さんだということにやっと気がついた。ルフィさんは海軍本部中将、英雄ガープの孫だったのか。そう言われてみれば、どことなく雰囲気が似ているような気もする。
センゴクさんがチェアに座り直し、息をついた。
「とにかく、無事で良かった。これでクザンもようやく落ち着くな。仕事…分かっているんだろうな貴様」
「えー……ユナちゃん助けてー」
「私に言われても」
そう言っていると、そこへタイミング良くボルサリーノさんが何やら書類を手に訪れた。私を見つめて固まっている。お久しぶりです、只今戻りましたと挨拶をすると、やっと動きを見せた。
「………おォー……久しぶりだねェ〜〜、ユナちゃん。戻って来たんだねェ、心配したよォ〜〜」
「ご心配おかけしました、ボルサリーノさん」
「ユナちゃんがいないとなんだか物足りなくてねェ〜。よしよし」
子供扱いされている気がしてならないが、おとなしく撫でられていた。本当にここはあたたかい人たちでいっぱいだなあ。幸せ者だ、私は。
帰った私たちを執務室の前で待ち構えていたのは、他でもないたしぎちゃんだった。その後ろには、コビーさんとヘルメッポさんまで。たしぎちゃんは私を見るなり、ぶわあっと涙を溢れさせ抱きついてきた。
「ユナちゃん〜〜!!うわぁぁん!」
「た、たしぎちゃん!!」
「スモーカーさんから、聞いて、ダッシュで来ました!もう、ユナちゃんに会えないかと…思いました…!よかった〜〜!!」
「…!!たしぎちゃんー!!」
号泣するたしぎちゃんにつられて涙が出てきて、二人でひしと抱き合っていると、コビーさんが私の元へ駆け寄ってきた。
「ユナさん!って、ちょ、押しのけんなコビー!」
「ユナさん…!!やっと会えた…!ずっと待ってました!」
「コビーさん、ヘルメッポさんまで。ただいま帰りました…!!」
たしぎちゃんと離れて涙を拭いながら微笑むと、コビーさんは私の手を取り、握った。少し見ていない間にもまたたくましくなっていて、どきりとしてしまう。
「あなたがいない間、本当に海軍本部はどこか味気なくて…。帰ってきてくれて嬉しいです!」
「…コビーさん。そんなこと言われたら、嬉しくて泣きそうですよ」
「え!な、泣かないでくださいよ!」
じわりとまた目に涙が浮かぶ。嬉しすぎる。こんなにも心配してくれる人たちがいて、帰りを待ってくれていたなんて、思ってもみなかった。
「…ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべると、私の手を握るコビーさんが手に力を込めた。息を大きく吸い込んで、ずいっと顔を近づけたコビーさんが口を開く。
「僕、…ずっとユナさんのことがっ、」
「はいストップー」
クザンさんの大きな手が私とコビーさんの顔の間に割り込む。握られていた手もあっという間に解いてしまう。額に青筋を立てたクザンさんがコビーさんを見下ろした。コビーさんが小さくひいっと声を漏らす。
「君、俺がいること忘れてんでしょ。ユナちゃんを渡すわけないでしょうが」
「えっ、あっ、大将青キジ!!ぼ、僕、勢いで…!」
「ついでに俺のことも忘れてんなコビー…!!」
「あ……ヘルメッポさん、そういえば」
「おいコラ!!」
クザンさんがいつにも増して冷気を発している気がする。たしぎちゃんと手を取り合ってぶるりと震える。コビーさんは青ざめて後ずさりする。逃げて超逃げて。
「しっ、失礼いたしました、それじゃあユナさん、僕はこれで!!」
「おい待てって!コビー!」
「あ、コビーさん、……行っちゃった」
「わ、私もそろそろっ。ユナちゃん、また今度ゆっくりお話しましょう!!」
顔を真っ青にしたコビーさんがスタコラサッサと走っていき、たしぎちゃんまで返事をする間もなく逃げていく。
ため息混じりに頭を掻きながら、クザンさんは苦笑した。
「…ハァ。ユナちゃん、愛されてるね」
「……はい!」
幸せをひしひしと感じながら、満面の笑みで頷く私なのだった。
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