Oh, bother!2

麦わらの一味と隻眼の女





願わくば彼等に幸多からんことを


よし、帰るかと腰を上げたクザンさんに、一つだけ頼み事をした。そして私はここにいる。


「サンジさん!」
「!ユナちゃん!!」


甲板に見えた姿の名前を呼ぶ。船から身を乗り出し、私を見つけると、すぐに梯子を下ろしてくれた。船に上るなり、私の肩を掴んで焦った表情で話しかけられた。


「心配してたよ…無事でよかった…!!怪我はないかい!?」


ぱちくり、と瞬きを繰り返す。私はクザンさんの攻撃対象ではなく、心配すべきはむしろサンジさんたちなのに、そんな中でも私の心配をしてくれるのか。


「わ…私は何とも。それより、サンジさんたちの方が…!」
「俺たちはいいんだ、致命傷でもねェし。ルフィも溶かし終わったところだ」
「そうですか…!本当によかった…」


脚に巻かれた包帯が痛々しく、胸が苦しい。
ルフィさんとロビンさんの氷を溶かし終わった直後の忙しい時だったようだが、あいにく二人が目を覚ますのを待っている時間はなさそうだった。


「……お別れを言いに来ました」


眉を下げて微笑むと、サンジさんがくわえていた煙草から灰が落ちた。医務室から出てきたチョッパーさんの顔が歪み、たくさんのタオルを持っていたウソップさん、ナミさんが動きを止める。


「クザンさんと海軍本部に戻ります」


そう告げると、しんと皆静まり返るが、最初に声をかけてくれたのはナミさんだった。


「…そ。良かったわね」


微笑んでくれるナミさんは、語尾が涙声だ。はい、と笑って頷く私まで泣きそうだ。笑ってお別れしたいのに。


「ユナ〜〜!!行っちゃうのか…!」


抱きついてくるチョッパーさんを受けとめて撫でる。こうしてモフモフ出来るのもこれが最後。こうして抱き合えるのも、最後だ。例え再会出来たとしても、二度とこんなことはできない。


「ユナ!元気でやれよ!!」
「はい、ウソップさん。ルフィさんとロビンさんにも、お別れしたかったけれど…待ってる時間はなさそうです」
「ちゃんと言っとくよ!知ったらルフィがうるさそうだな…!!」


ぼりぼりと頭をかくウソップさん。そして、改めて皆を見回した。本当ならば、一番ルフィさんに言いたいことだが、皆に言っておけばいい。最後の挨拶だ。


「本当にお世話になりました、皆さん。次会ったときはもう敵同士でしょうけど、…それでも、私は皆さんとの冒険を絶対に忘れません。ルフィさんとロビンさんにもよろしくお伝えください」
「堅苦しいわね、手出して?」
「…?」


ナミさんに手を出すよう促され、言われるままに出すと、しっかりと握って握手した。ナミさんの瞳にはうっすらと膜が張られていたが、いつも通りの笑顔を見せた。


「元気でね、また会いましょ。これでいいのよ!」
「……そうですね!」


笑いあって、手を離す。そういえば、ショッピングの約束、果たせなかったなあ。いつか、果たせたらいいな、なんて考えてしまう。
そこへ、サンジさんが急いでキッチンから出てきた。手には何かを持っている。ビニール袋に入ったそれを見て目を輝かせた。


「ユナちゃん、これ、ささやかだけど」
「マドレーヌ…!おいしそう、もらっていいんですか!?」
「もちろんさ。そんなのしかなくてごめんな、もっと豪華なのをあげたいんだが今手元にそれしかなくて」
「嬉しいです…!!……私、サンジさんの料理、今まで食べたどの料理よりも好きでした」


今まで言いたかったことを伝えると、瞬きしたサンジさんは眉を下げて私を見つめた。


「ずりィな……そんなの言われちゃ、引き止めたくなっちゃうよ」
「…いつかまた、食べさせてくださいね」
「もちろんさ。約束だ、プリンセス」


サンジさんと小指を絡める。果たせる見込みはない約束だって、今はいくつでも作っておきたかった。

ルフィさんとロビンさんにも、最後お話をしたかった。ルフィさんが私をここに乗せてくれたことから全ては始まる。感謝してもしきれない。ルフィさんみたいに、強くてやさしい人になりたいと思ったことを伝えたかった。
そしてロビンさんには、仲直りしましたよという報告、相談に乗ってくれてありがとうという感謝。それから、優しくて美しいロビンさんが理想の女性だということも。

そして去り際、ゾロさんに呼び止められた。


「オイ、ちょっとこっち来い」
「ゾロさん…何ですか、っ!」


端の方にいたゾロさんに手招きされて近寄ると、ぐいと腕を引っ張られてよろめいた私の額に何か柔らかいものが触れた。ぽかんとして見上げると、至近距離のゾロさんがしたり顔で私を見た。まさか、今額に触れたものは。


「餞別だ」


してやったり、そんな表情のゾロさんに、ぶわわわと顔に熱が一気に集まる。何なんだ、最後の最後で!


「………、そんな人だと思ってませんでした!!誰にでもそういうことしてるんですね!カタブツそうに見えてチャラ男!マリモ!!」
「はァ?喧嘩うってんのかてめェ!!なんでそうなるんだよ!こんなこと誰にでもやるわけねェだろ!」
「クザンさんにチクってやりますからね!!」
「やめろ殺す気か」


どうしたのよ、とナミさんに聞かれる。ちょうど死角だったようで、見えていなかったようだ。サンジさんもタバコに火をつけている最中だったようで、気づいていない。ゾロさんはなかなか策士である。当の本人はため息をついて頭をかいているが。


「ゾロさん!!」
「んだよ、っ?」


ぽこ、と筒状にした紙で頭を叩いてやった。


「隙あり。お返しです」
「……なんだそりゃ」


クッ、と喉を鳴らして小さく笑うゾロさん。なんだかんだ、ゾロさんには特にお世話になった気がする。これ差し上げます、と頭を叩いたその紙をそのまま渡した。受け取ったゾロさんがそれを開く。


「……これ、あのときの」
「はい。…ブロマイドあげてるみたいで恥ずかしいんですけど……たまにでいいので、それを見て思い出してくださいってことで。ゾロさんにあげるんじゃなくて皆に、ですからね?」
「わかってるよんなこと。…ダイニングにでも貼っとくか」
「それは恥ずかしいのでやめてください!」
「冗談だ」


ゾロさんにあげたのは、デービーバックファイトが終わったときにオヤビンからもらった私の探しびとの紙だ。ちょっと恥ずかしい気もするが、でかでかと私の写真が載っているから、あれがあればきっと私のことを忘れないだろう、と思ったのだった。


「あ、それと…ルフィさんに一つだけ伝言を頼めますか?」
「何だ」
「いつかきっと海賊王に、と」
「……お前それ言っていいのかよ」
「今だけの話です、まだ私は海兵のユナではありませんから」


いたずらっぽく笑って人差し指を口に当ててみせると、ゾロさんは小さく吹き出してわかったわかったと頷いた。
ゾロさんにしては珍しく、名残惜しそうな笑みを浮かべて送り出してくれた。とっとと行け、と背中を押され、船から降りる。そのときだった。


「おっおいルフィ!!待てって!お前ついさっきまで凍ってたんだぞ!!」
「いいよそんなの!!もう元気だ!!ユナ〜〜!!!」


勢いよく後ろを振り向くと、ルフィさんが腕を伸ばしてジャンプし、私の元まで降りてきたのだ。もう会えずじまいだと思っていた。


「ルフィさんっ!!」
「ユナ!なんでおれに会わずに行こうとしてんだよ!」
「そんなこと言われましても」


思いのほか元気そうだ。とてもさっきまで氷漬けにされていた人間とは思えない。驚きつつ、まあいーや、と笑ういつも通りの笑顔に安心する。


「…もう行くんだよな」
「はい。行きます。本当に、お世話になりました。何のお礼も出来ないのが悔しいですが…!」
「何言ってんだ水くせェ!ユナと冒険出来て楽しかった!ありがとな!!」
「……ルフィさん」
「にしし!元気でな、ユナ!」


ルフィさん、私も本当に楽しかったです。私をこの船に居させてくれてありがとうございました。絶対忘れませんから。言いたいことはたくさんあるのに、うまく言葉が出てこない。そのかわりに、気づいたらぎゅっと抱きついていた。ありがとう、その一言だけ囁いて。

海賊船に居候していたなんて、センゴクさんたちがもし知ったらきっと驚愕して説教をするだろう。でも、キャンプファイアーを囲んで踊った賑やかな宴、空島の大冒険、そしてデービーバックファイト____目を閉じればいつだって思い出す私の大好きな皆との思い出は、もう私の一部だ。


「皆、大好きです!!」


そう叫んで、大きく手を振ってから、駆け出した。これからの彼らの冒険が、うんと楽しいものでありますようにと願いながら。





海岸に行くと、懐かしいあの自転車にまたがったクザンさんが海図を眺めながら私を待っていた。走り寄るとすぐに気づいて振り向くクザンさんの、その顔の嬉しそうなこと。私はおもわず笑ってしまったものだ。


「何笑ってんの、ユナちゃん」
「ふふ、いえ。何も」
「…まあ、いいけど。で、あいつらと別れは済ませた?」
「はい、もう心残りはありません」
「そ。じゃあ、行くかね」


久しぶりの海上散歩だ。ワクワクしながらその後ろに飛び乗ると、少し驚かれた。そういえば前は一人で乗れてなかったのだ。海賊船に乗っている間に身体能力が少しは成長したのだろうか。そうだといいな。
動き出した自転車は、キコキコ、という音を立てて進みだした。クザンさんの背中に体重を預け、次第に遠ざかる島を見つめてほうと息を吐く。


「……本当に帰るんですね、私」
「……嫌?」
「とんでもない。ずっと帰りたかったですよ。感激してるんです。…でも、あの船は本当に楽しすぎました。さみしさなんて微塵も感じさせないくらい」


そこまで言ってから、慌てて口を閉ざした。クザンさんは私を心配してくれていたんだ、それなのにその間私が楽しく海賊船で過ごしていた話なんて、話していいわけがない。やってしまったとびくびくしていると、予想に反して優しい声色でクザンさんは相槌を打った。


「…へえ。いろいろ聞きてェな、ユナちゃんの話」
「!」


ぱっと顔を上げて振り向くが、クザンさんは前を向いているので表情は見えない。でも、怒ってはいないようだった。ほっとして、笑顔で話し始めた。


「もちろんです!たくさん話したいことがあって、どれから話せばいいのか…!」
「時間ならたっぷりあるから、焦らないでいいよ。本部まで距離あるし…」
「では遠慮なくっ!」


あの日、バーソロミュー・くまの手に触れられ、空島に飛ばされて。思い出せば懐かしいくらいで、私の主観的な思い出を身振り手振りで語り始めた。喋り続ける私に対してクザンさんは時折短く相槌を打つ程度だったが、それがとても心地よかった。幸運なことに、今日の波は安定して緩やかで、天気も朗らかで気持ちが良かった。


「あ、そういえば、クザンさんてば、探しびとの紙作ったでしょう?なんて恥ずかしいことを。というかあの写真はいつのまに…」
「あー、あれね。くまにどれだけ詰め寄っても適当に飛ばしたの一点張りでさ、探しようがなかったんで、ああするしかなかったんだって。あの写真はお気に入りなんだよね、よく撮れてただろ?」
「盗撮ですよ!私、あれが出回ってるせいでピンチだったんですからね…!!」
「あららら、そりゃごめんね」


さして反省していなさそうな声でそう言うクザンさんだった。結局、バーソロミュー・くまの真意は分からないままだ。次にいつ会えるのかも分からないから、尋ねることもできない。本当にただの気まぐれで、適当に飛ばしたのかもしれない。でも、きっと違う。私は確かに、大人数でワイワイしたいと言って、結果的には叶えられたわけで。次に会えた時には、お礼を言わなければならないだろう。


「もう海賊と馴れ馴れしくする訳にはいきませんが、…出来ることなら、また皆の顔を見たいなあ、なんて」


くすりと笑ってそう言うと、クザンさんがため息まじりに小さく笑ったのが聞こえた。
_____実際、そう遠くない未来、彼ら全員の顔を手配書で再び見ることが出来るのだが、それはまた別のお話だ。



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