筆を走らせる音が部屋に響く。私は湯のみを手にとってお茶を飲もうとして、中身がないことに気がついた。


「山崎ー!!お茶のおかわりをお願いー!!」
「は、はいィ!!」


叫びながらも筆は止めない。やっと書類を一枚仕上げ、次の一枚へ進める。
山崎がお茶を運んできてくれた。


「どうぞ…お疲れ様です、おなまえ副隊長」
「ありがとう、山崎。ねえ、総悟どこに行っちゃったか知らない?」
「沖田隊長は見廻り行っちゃいました」
「やっぱりかあんのバカ旦那ァァ…!」


筆を折りそうなくらい握りしめ、お茶を飲む。熱くて火傷しそうになった。
総悟は私にとって、旦那である以前に隊長だ。仕事をためるだけためて自分は見廻りというサボタージュとはけしからん。副長から怒られればいい。言いつけてやる。しかしチクりがばれたら後が怖いから出来ない。くそう。


「あの…それでですね」
「ん?」


まだ何かあるのかと筆を止めて山崎を見ると、言いにくそうに視線を逸らしながら言った。


「沖田隊長、おちびちゃん連れて行っちゃいました…」
「……総悟ってば」


はああと深いため息をつく。見廻りで万が一攘夷テロがあったらどうするつもりだ。考えなしなんだから。父親の自覚あるのだろうか。
山崎が部屋を出ると、遠くから甲高い子どもの声が聞こえて、どたどたと足音が近づいてくる。噂の本人たちが帰ってきた。


「おかーさん!!ただいまぁ!」
「ただいまーっと」


おちびちゃんを肩車してすたすたと歩いてきた。おちびちゃんの口にはアンコがついているので団子屋に寄ったことも明らかだ。私はにっこりと笑顔でおかえりと振り向いて、総悟を手招きした。


「おかえりのチューしてあげるからきて」
「はァ?いきなりなんでィ、気持ち悪ィな」


と言いつつも寄ってくる総悟の頬に墨をたっぷり塗った筆で大きくバツを描いてやった。


「何しやがんでィバカおなまえ!」
「こっちのセリフよバカ総悟!ここに積んでる書類!全部総悟の仕事なんだけど!?」
「何のことでさァ」
「しらばっくれるのもいいかげんにしましょうか?もう片側もバツ描いて欲しいの?」


ぎゃあぎゃあと言いあっていると、肩車されているおちびちゃんが笑い出す。そして、自分の頬を指差した。


「おかーさん、あたしのほっぺにもおとーさんとおなじのしてー!」
「ええ?描いて欲しいの?」
「うん!」


きらきらした目で言うものだから、言う通りに墨で黒々とバツを描いてやると、嬉しそうに総悟の頭をたしたしと叩く。


「おとーさん!おそろーい!」


これには私も総悟も顔を見合わせてぱちくりした。そしてふっと笑い出す。総悟は肩からおちびちゃんを降ろして抱きかかえ、頬を手加減して引っ張った。その表情はこぼれる笑みを我慢出来ていない。


「…あはは!お父さん大好きねおちびちゃん!」
「うん!おかーさんもやって!」
「お、いいねィ。貸せ」


総悟が筆を奪い取って私の頬にもバツを描く。さらに鼻にまで墨をつけた。


「あ!ちょっと!鼻まで!」
「おそろーい!きゃはは!」
「お似合いでィ、おなまえ。よし、ちび、行くぜ」
「うん!!」
「…あ、ちょっと!仕事!帰ってこーい!!」


鼻に気を取られているすきに逃げられた。まったくもう、とため息をつくが、顔がほころんでしまう。仕方ないなあ、と許してしまう自分を甘いなあと思いながら、書類に向き直った。






とある親子の愉快な日常
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