「シャチ、ペンギン。ちょっといいか」
突然、船長が声をかけてきた。甲板でベポと遊ぶおなまえを眺めていた俺とペンギンは、目を見合わせて促されるまま船長についていった。船長は自室に招き入れた。これはいよいよ深刻だ。めったに自室になんかいれてくれないのに。
「いきなりどうしたんですか、船長」
「何かあったんすか!?」
「…少し、相談がある」
船長が俺たちに相談!?と再びシャチと目を見合わせた。何事だ。深刻そうな船長の顔を見つめて言葉を待った。
「おなまえの誕生日プレゼントは何がいいと思う」
芸人よろしくこけそうになった。少なくとも椅子からはずり落ちた。なんだよそんなことかよ。ペンギンは呆れたまなざしで船長を見ていた。俺は座り直して船長に尋ねる。
「えっと…おなまえの誕生日近いんすか?」
「明日だ」
「明日ァ!?聞いてねェよ!教えてくれればいいのに、あいつ!」
「俺もベポからついさっき聞いたところだ。時間もねェし、何をあげたらいいのかさっぱり思いつかねェからお前らに協力してもらおうと思ったんだ」
船長は本気で悩んでいるようだ。ため息をついて何かいい案ねェかと尋ねる。おなまえと出会う前の船長ならばこんな船長は考えもつかなかっただろうが、おなまえと出会って恋をして、恋人関係になった今の船長は昔とはだいぶ変わった。もちろんいい方向に。
ペンギンが少し悩んでから口を開いた。
「あいつ甘いのすきだから、菓子とか…」
「ふざけてんのか。俺が作れねェだろうが」
「あ、そういう…すいません。じゃあ、アクセサリーあげるとか。この前島に上陸したとき、かわいいネックレスがどうのこうの言ってました」
「喧嘩売ってんのか。明日って言ってんだろうが。買いにいけねえだろ」
思いついた無難なアイデアを速攻で却下され、ペンギンは肩をすくめた。
「…無理じゃないっすか」
「…使えねェな。おいシャチ、お前はなんかねェのか」
次は俺か。思いつくのはペンギンと同じで、ほかに何も思いつかない。まず明日って普通に考えてプレゼント用意すんの無理だろ。島が近いわけもないので買いに行くのは不可能だし、そうなればプレゼントを用意するのは難しい。
「わかんねっす」
考えあぐねてそう一言言うと、船長は眉間にしわを寄せた。いやちゃんと計画してなかった船長が悪いと思う。俺たちは悪くないぞ。
「…わかった。悪いな。もういい」
俺の気持ちが伝わったのか、責めることはせずため息とともにもう出て行っていいと言った。すいませんと一言言って部屋を出た。ペンギンと甲板へ歩きながら話す。
「…船長、どーすんだろ」
「さあな…ま、明日になればわかんだろ」
「そうだけどよ。…ちょっと楽しみだな」
甲板からベポが俺たちを呼ぶ声が聞こえる。早歩きで向かった。
「ハッピーバースデイ、おなまえーーーー!」
そしておなまえの誕生日。朝食を食べにくると、ちょうどベポがおなまえに抱き付いたところだった。ベポだから許されるが、俺があんなことしようものなら船長がどこからともなく現れてフルボッコだ。いいなあベポ。おなまえやわらかそうだな。すると、ベポがおなまえにプレゼントらしき小さなラッピングされた袋を渡した。
「はいっ!これ、この前行った島で買ったんだ!おなまえほしいって言ってたろ?」
「え!これ、あのときのネックレス!わあ、ありがとうございます!ベポさん!」
「えへへ。喜んでくれてよかったよ!」
ほほえましいその様子を眺めているとペンギンが来た。笑いながらベポを小さく指差す。
「見たかよシャチ。船長よりよっぽど彼氏っぽい」
「くくく…確かにな!やるなァベポ」
にやにやしながら二人並んで眺めていると、ベポと一緒に朝食を食べているおなまえのところへ船長が歩いてきた。お、と思わず声に出し、ペンギンの肩をたたく。わかってる、とペンギンは船長から目を離さない。しかし船長は手ぶらである。どうするんだろう。
「おなまえ」
「あ!おはようございます、ローさん!見てください、このネックレス。ベポさんからもらったんですよ!」
あーあ、自慢しちまった。船長が不機嫌になるんじゃねェかと見ているこっちはひやひやだ。
しかしちがった。船長はそうか、と答えるなり、トレードマークの自身の帽子をおなまえにかぶせた。わぶっ、と変な声を出して帽子をずらして船長を見る。
「一日貸してやる」
「へ?」
「汚すんじゃねェぞ」
それだけ言って、すたすたと歩いていく。帽子がなくなってくせっけの髪があらわになった船長の背中を見送って、おなまえはくすりと笑って帽子をかぶりなおした。そしてそのまま朝食を食べ進める。少し顔が赤くなって、その表情は嬉しそうだ。
「なあペンギン。船長、考えたな…最高のアイデアじゃんかよ」
「俺もそう思ってたとこだ。おなまえ、似合ってるな」
「俺もそう思ってたとこだ!」
なんだか心がむずがゆくなるくらいの、特別な朝のワンシーンだった。
と或る乙女の福音