キンコンキンコン。チャイムが数回連続で鳴る。玄関に私が出る前にガチャリとドアがあいた。ドタドタと廊下を走ってくる足音で誰か分かる。私はキッチンから顔をのぞかせた。


「来たな。大食い男!」


大食い男もとい、ルフィはキッチンに駆け込んでくると私に駆け寄った。よだれを垂らしそうな勢いである。


「おなまえ〜!すんげー良い匂いだな!まだか!?飯!」
「気が早い!まだよ!それよりルフィ、サボは?」
「サボはすぐ来る!エースはバイト終わってから来るから遅くなるってよ!」
「そう。あ、見る?鍋の中」
「見る!」


鍋の蓋を開けると、湯気と共にぶわりと美味しそうな匂いが広がる。ルフィはきらきらした目で鍋の中と私を見比べた。待てのポーズをしてから椅子を指差すと、おとなしくちょこんと座ってうずうずしている。犬のようだとくすりと笑う。


「おいルフィ、玄関閉めとけよ!不用心だな!」
「!」
「サボ!悪い!忘れてた」


ふわりと香る食欲をそそる匂いを嗅ぎつけてか、サボもやってきた。私は来た、とお玉を握る手に力を込める。


「よ、おなまえ。うまそうな匂いだな!今日は何だ?」


上着を脱ぎながら私を見る。少し早くなった鼓動を隠すように早口で言った。


「クリームシチュー…!」
「お、いいね。おいルフィ、手ェ洗ったか?洗ってねえだろ。行くぞ!」
「ん!行く!」


本当に兄弟のような会話をしながらルフィとサボが洗面所へ向かう。それを見送りながら、出来るだけ綺麗に、美味しそうに見えるようにと念じて盛り付ける。クリームシチューは、サボの好物だ。

サボとルフィとエースと私は幼馴染で、幼い頃からの仲だ。4人揃って、小学校と中学校と高校、さらには大学まで同じところ。サボたち三人に至ってはルームシェアをしだした。その隣の部屋に住まう私は、頻繁に夕食を恵んでやっている。最初のうちは慣れない料理に四苦八苦していたが、今は何とか形になってきた。行きつけの喫茶店の女店主マキノさんに教えてもらいながら、料理の練習をしているところなのだ。

具はごろごろとたくさん入っていて、ホワイトソースから手間暇かけてじっくり煮込んだクリームシチューは我ながら力作だ。こちらは買ってきたブレッドと共にテーブルに置くと、戻ってきたルフィは歓声をあげた。


「うんまそ〜!!もう食っていいよな!?」
「どーぞ。おかわりないからね、ルフィ。味わって食べてよ?」
「はふっ、ふんへー!!(うんめー!)」


早速がつがつと食べるルフィの隣で、いただきます、とサボが手を合わせた。口に運ばれて行くシチューをじっと見つめる。


「うめェ!」


ぱっと弾けるように笑ったサボによかった、とにっこりと笑う。
何てったって、私がこんなに料理に力を入れ始めたのは、サボが家庭的な女の子が好きだとか言い出したからなのだ。実は私はひっそりとサボに片想い中。喜んでもらえたらと、マキノさんにサボの好物の料理を教えてもらって習っている。
どうせサボは私のことは幼馴染としてしか見ていない。分かっているが、それでも、一番近い距離でこうして仲良く出来るのだから、これでいいのだ。


「あーもう食べ終わっちまった!マキノのシチューと同じくらいうまかったぞ!」


ルフィは早くも食べ終わって口の周りを舐めている。嬉しいことを言ってくれる、あのマキノさんと同じくらいだなんて。機嫌を良くして自分のシチューを半分恵んでやった。喜んでもぐもぐと頬張っている。見ているだけでお腹いっぱいになりそうだが、自分の残りの分を食べ始める。うん、我ながら美味しい。
するとサボが口を挟んだ。


「俺はマキノのよりおなまえのが好きだな」
「そ…そんなこと言ったって、もうおかわりないんだから!何もでないよ?」
「いやいや、お世辞じゃねェって。だって、ほら」


そう言って、サボがジャガイモをスプーンですくって見せた。


「がんばってる感、伝わってくるからさ。こういう、じゃがいもの大きさがばらばらなとことか」
「…それ褒めてないでしょ?」
「褒めてる褒めてる」


にやにやしながら言ってくるあたり、からかわれている。むう、と頬を膨らませる。馬鹿にされた、まだまだ上達しなければ。
食べ終わったサボがぱかっと口を開けて私を見る。一口よこせと言うのか。仕方ないな、とスプーンですくうと、ちょうどそのとき、チャイムが鳴ってドアが開く音がした。おなまえー、と名前を呼ばれる。エースの声だ。ルフィといいエースといい、チャイムを鳴らした意味を分かってないようだ。


「おなまえの好きなケーキ屋の新作出てたぞ!って…何してんだお前ら」


所謂あーんしているところを目撃されて少し恥ずかしいが、こんなことで動揺していては身が持たないのでいちいち反応しないことにしている。案の定サボは何でもないようにあっさりと答えた。


「んあ?一口おかわりもらってる」
「雛鳥にエサを与えてる親鳥の気分」


なぜかエースは不満そうにして、紙箱をぶらぶらとさせた。


「…そうかよ、楽しそうだな。せっかく買ってきてやったのに、これいらねェのかよ?」
「いるいる!ありがと、エース!よっ、さすがエース!今日の夕食はクリームシチューでございます!」
「クリームシチュー?」
「うまかったぞー!!」


怪訝そうにテーブルに並ぶカラの皿を見て、満腹そうなルフィを見て、私の隣に座った。
私はケーキの箱を開けて、きらきらと輝く新作のイチゴタルトを取り出す。美味しそうだ、エースは気が利くなあ。立ち上がってエースの分のシチューをつぎに行く。それからケーキを食べる用のフォークも。早くしないと、ケーキをルフィに食べられてしまいそうだと早歩きでキッチンへ急いだ。




キッチンへ向かうおなまえの背中を眺める。エプロンが似合うようになったと思うのは俺だけだろうか。
ルフィは食った食ったと言いながらごろんと寝転ぶ。ああこのまま寝るな、と思ったらすぐ寝息が聞こえてきた。ガキか。


「エース、今回のもうまかったぞ」


頬杖をついてにこにこと笑うサボ。俺はそうかよ、と愛想なく返事をした。
クリームシチューはサボの好物だ。きっとおなまえはそれを狙っている。おなまえはサボが好きなのだろう。ルフィは微塵も気づいてねえだろうが、俺は分かる。こんなに近くにいるのだから。サボがおなまえのことをどう思ってるかは知らないが、おなまえと俺たちは幼い頃から恋がどうとかいう仲ではなかったのに。少し癪だ。


「シチュー、本当はエースに分けたくねェんだけど、仕方ねえから我慢してやる」
「何だその言い方?」
「だって、俺の好物だろ」


意味深なセリフと共に笑ったその満足そうな微笑みは、ただ単に好物が出て嬉しいだけでなく、余裕そうにも見えるし裏があるようにも見える。まさかこいつ、おなまえの意図を分かって?


「お待たせ!どうぞ。ケーキのお礼に多めにしといたよ。おかわりないからね」


そこに俺のシチューを持ってきたおなまえ。美味しそうな匂いを吸い込む。いただきます、と言ってまず一口。確かにうまい。


「また作ってくれよな。次はハンバーグ希望だ」


サボが言う。おなまえは仕方ないなあと言いながら顔を綻ばせた。なんとなく面白くない。


「俺はコロッケがいい」


対抗してみると、おなまえは少し悩んでからにこりと微笑んだ。


「じゃあ、今日のケーキのお礼に次はエースのリクエストのコロッケね!ハンバーグはその次にする」


よし。サボに勝った。ニヤける口元を抑えきれずにサボを見ると、サボは俺の視線に気がついた。
すると、タルトの一切れを刺したフォークをおなまえが口に運ぶのを、身を乗り出したサボがぱくりと攫っていった。おなまえが小さく悲鳴を上げる。うめえなと言って口の端をぺろりと舐めるサボは俺を見てニヤリと不敵に口角を上げる。
くそ、サボの野郎。一気に気持ちは急降下し、もやもやする気持ちを紛らわすように、シチューを掻き込むのだった。






純情クローバー
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