あいつ、おなまえが、このごろ変だとは思っていた。

おなまえとの付き合いは長い。家が近所ということも理由の一つだが、何より俺はあいつのことを気に入っていた。あいつは無愛想で一匹狼だと言われるほど人付き合いは悪かったが、実は不器用なだけで、ちゃんと俺のくだらない話にも付き合ってくれるような人間味のあるやつだということは俺だけが知っていた。
昔から、今年作られたばかりのピカピカの五百円玉だったり、賞味期限がぞろ目のいちご牛乳だったりくだらないが見せたいものを見つけたら、あいつのところへ持って行った。あいつは呆れたように肩をすくめて、それでも楽しそうに笑ってくれた。それが好きで、今だによくやる。

このごろはよく青あざや傷を負うようになって、包帯や絆創膏は絶えないようになった。俺は気づいていたのに、知られたくないだろうと思って普段通りにしていた。いつか、話してくれると信じている。

今日は、珍しいいちごミルク味のチョコレートをもらった。クラスメイトの新八に三つもらって、二つ食べてしまったがあまりに美味しいので残った一つを恵んでやろうと思って我慢している。
今は放課後。あいつはどこかで道草して日がくれてから家に帰るのがいつものことなので、どこにいるのかと携帯を開く。6回コールしてから、やっと出たおなまえは、もしもし、と返事をする。いつもより声のトーンが低い。


「もしもし?俺だけど。今どこにいんの、見せたいモンがあってよ」
「……自分の部屋」
「おっけ。今から来っから」


電源ボタンを切る前にあちらから切られ、ツーツーと音がする。ご機嫌斜めかコノヤロー。まあいい。あいつはああ見えて、俺の影響もあって甘党なのだ。このチョコを食べれば少しは機嫌をなおすだろう。
学校の中庭を通り、校門へ向かう。そのとき、ふと上を見上げると、屋上に誰かの姿があった。見覚えがあるその姿が、一際強い風に煽られてぐらりと揺れた。


「____おなまえ?」


なぜここに、何してる、浮かんだ疑問と考えることの全てを放棄して、全ての神経を脚に集中させて地面を思い切り蹴った。





屋上から足を離して、浮遊感に包まれる。心の中でカウントダウンを唱える。

5、
目を閉じる直前、視界に入ったのは携帯だった。最後の最後、銀時と会話をした、私の携帯。
4、
突然、ぶわっと銀時との思い出が蘇る。銀時といる時間は、私の色褪せた日常の中で、唯一鮮やかな時間だった。
3、
これが走馬灯っていうのなら、見たくなかった。なんで死ぬ間際になって、こんなに銀時に会いたくなるの。
2、
一度目から溢れた涙はぶわりと上空へ浮かんで行く。もう、最悪。銀時のせいだ。次に会ったら、一発蹴りでも食らわせてやる。それから、チョコレートといちご牛乳、一週間禁止。
1、
ばいばい、そうもう一度呟いて、目を閉じた。
0。


「ばっ、か野郎がァァァ!!」


銀時の声が聞こえて、ばちっと目を開ける。その瞬間、ものすごい音と共に体が受け止められた。銀時が滑り込んできて、私を抱きとめたのだ。なんて無茶を。いやそれよりも、なんでここに。混乱して、状況が整理できない。


「…くそいってェェ……」
「ぎ…ぎんとき、?」
「ってんめェェ!何やってんだよ、死ぬ気かコノヤロー!俺が間に合わなかったら今頃てめェ体木っ端微塵だぞ!!」


頬を引きちぎるほどに引っ張られ、痛い痛いと喚く。銀時は荒い息を整えながら、頬を離して今度は頭に強烈なチョップを落とした。


「どういうことか説明してもらおうか!」
「……銀時ぃ」


覚悟はできていたはずなのに、ホッとした瞬間気が抜けてへなへなと銀時へ倒れこむ。慌てて体を受け止めた銀時に抱きついた。


「お、おいおい。今度は何だよ、銀さんをお前はどうしたいわけ?」


ぼろぼろとこぼれる涙を拭うことも忘れて、声を絞り出した。


「……会えて嬉しい」


すると、ぎゅっと抱きしめ返された。銀時は、真剣な声で小さく言った。


「…おなまえ。俺を、頼れよ。死のうなんざ、二度とすんな」


ああ、銀時がいてくれるなら、もう大丈夫かもしれないなんて思った。






タイムアップ
(崩壊したちっぽけな世界の外は、愛で溢れていた)
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