私はドレスローザの一市民である。愛と情熱とオモチャの国、このドレスローザはとても楽しいところで、毎日楽しく過ごしている。いや、正しくは、「楽しく過ごしていた」。過去形だ。何故なら今、私は楽しい日常を失うかもしれないピンチに陥っているからだ。


「べへへ。んねー、緊張してる?」
「トレーボルが気持ち悪いからよ。黙って、いっそ死んで」
「動いてないが、息はしてるのか?立ったまま気を失ってねえだろうな」
「緊張と動揺で、動けないだけみたいダスヤン」
「ならいいが。介抱しなきゃならねェところだったぜ…」
「あなた、若の前なんだからしっかりしなさい!」


何なんだ。この人たちは、あの王宮の人たちだよね?国の英雄、国王の仲間?すると、ここは王宮?どうしてここに私はいるんだ。何もかもさっぱりわからない。
直立したままぽかんとしていると、イスに座っていたピンクのモフモフした上着を着た男が急に笑いはじめた。


「フフフ…驚いてるようだが、ここでお前に朗報だ。たった今からお前を仲間にしてやる」


一瞬理解出来なくて、頭の中で反芻してから時間をかけて理解すると、は?という間抜けな声と共にこてんと首を傾げた。
国王に対してあまりの礼儀のなさだが、今は驚いて礼儀どころではないから勘弁してほしい。


「な、なんで…いきなり」
「お前、どうやってここに来たか覚えてるか?」


質問を質問で返される。首を振ると、これに見覚えはねえかとモフモフの上着を指した。
確かにそのピンクのモフモフには見覚えがあった。記憶が断片的に蘇る。確か、これは…そうだ、私は。


「動くピンクのモフモフを触ってたら、突然意識がなくなって…」
「そうだ。振り向いたら女が俺の上着を掴んで離さねェんで、誘拐した」
「意味がわからないんですけど!?」


国王に対して失礼とは知りつつも叫び返す。誘拐という犯罪的なことをしていながら全く謝る気のない態度、どころか堂々としているので叫ばずにはいられない。すると、鼻水を垂らしたどろどろした男の人がニヤニヤしながら私に言った。


「んねー、ドフィに気に入られたんなら観念した方がいいぞ、べへへ」
「そう言われても…!初対面ですよ、私のどこを気に入ったっていうんですか!?」
「全て、だな」


予想外の返答に一瞬固まってしまった。どういうことですか、と聞き返すと、国王はどっかりと椅子に座って答えた。


「俺の上着を気に入って触りにくるような無邪気なところ、俺に媚を売らないところ、見た目の割りに中身は多少ガキっぽいがそこも含めて、俺はお前を気に入った。もちろん、顔も好みだしな」
「………」


ついていけずにぽかんと口を半開きにする。何を言ってるんだろうこの人は。本当に国王なのか?偽物ではないのかとさえ思ってきた。サングラスで目は見えないが、射抜くような眼差しに見つめられてだんだん帰りたくなってくる。


「あの、帰っていいですか」


ばっさりそう申し出ると、いきなり国王は肩を揺らして豪快に笑い出した。


「フッフッフ!そう来たか。おもしれェな。帰らせねェよ、お嬢ちゃん」
「…帰ります。さようなら」
「おっと、そうつれねェこと言うなよ。フッフッフ!」


くるりと踵を返して早歩きで去ろうとしたとき、足が動かなくなった。がち、と固まって動かない。


「…え?」


自分の意思を無視して、体が動き出す。振り返って国王の方を見て、国王の元へとが歩き出したのだ。冷や汗が出て来る。何がどうなってる。


「フッフッフ…もうお前は逃げられねェよ」
「か、体が…どうなってるの?」


体は国王の元へ勝手に歩いていき、至近距離まで来る。そう、手を伸ばされたら簡単に引き寄せられる距離まで。


「名前は?」
「……おなまえ…」


答えないつもりだったのに、有無を言わさない気迫と威圧感。私はほぼ反射的に答えていて、ふっと口角を上げる国王の表情に釘付けになっていた。


「おなまえ。もうお前は俺のものだ、すぐに俺なしじゃ生きていけなくしてやる。俺の愛するキティ」


モフモフの上着に包まれたまま、顎を指で上げられて見つめあう。嫌なはずだし、逃げ出して帰りたいのはこうしている今だって変わらないのに、一度高鳴った胸はどうにも抑えられないのだ。






醒めない夢のプロローグ
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