リトル・レクイエム

神様は微笑まない


この世界は残酷だ。
この百年間の平和なんて仮初めでしかなかったことを、五年前に超大型巨人に壁を壊されたときに知った。
そして、また。
私たちは現実を知る。
巨人の恐怖を、世界の残酷さを、そして自分の甘さを知る。




「メリア班長!私たちはどうしますか!?」
「指示をお願いします!」
「一体トロスト区で何が起きてるの!?伝達は!」
「壁が破壊された、としか…!」
「……!!」


壁が破壊された。そのようにトロスト区駐屯兵団から伝達があった。
トロスト区といえば、ウォールローゼの突起区。もしそこが突破されてしまえば、人類はまた活動領域をウォールシーナまで狭めなければならない。それだけは阻止しなければ。それには穴を塞ぐしか方法はない。穴さえ塞げば、あとに残った巨人は駆逐すればいい。でも穴を塞ぐ方法は皆無に等しいはずだ。確かトロスト区は訓練兵が固定砲の整備にあたっていたのではなかったか?大丈夫だろうか。
それに、トロスト区から南に離れたところでは壁外調査があっているはず。皆は無事だろうか。
考え出せばキリがない。焦りが募る。執務室に万が一のためにいつも保管されている立体起動装置に手を伸ばす。


「メリア班長!行くんですか!?」
「私たちにも指示を!!覚悟ならとっくに出来てます!!」


部下のヘラ、ヘンネ、ユーリアとユッタが敬礼をする。ごくりとつばをのむ。エルヴィンの言葉が頭をよぎる。
万が一君が死んでしまったら困る、壁内で待機していてくれ。


「……皆、戦闘態勢だけは取っておいて。万が一、巨人がここ本部までたどり着いたり、応援要請がきたときには、私たちも戦う!ユーリアとヘンネは伝達の待機!伝達が来たらすぐに知らせるように。ユッタとヘラで馬の用意を念のため!」
「「はっ!!」」


指示を受けるなり、すぐに散らばって早速取り掛かる。
私の部下である4人の遺体処理班の班員は全員が女。だが、皆遺体を処理する理性を保てる選ばれた兵士達。つまり、命に関して達観するような壮絶な過去を持っている。何が起きても動じない。だからこそ、こんなときでも指示通りに的確に行動することができる。それは私も同じこと。冷静に指示をして、彼女達の先頭に立つ。

胸の騒ぎが収まらず、窓を開ける。風がびゅうと強く吹いた。
穴が塞がったとの伝達が届いたのは、それから数時間後のことだった。




二日経った。トロスト区の街からは穴が塞がり巨人は消えたが、その代償は大きく、壊滅状態の街が残った。そして街に充満している臭い、それは放置されている数え切れないほどの死んだ兵士らの死体の臭いだった。
私は馬から降りて、鼻を覆う布を引き上げた。


「酷いものだわ」


巨人の襲撃の爪痕はトロスト区に深く刻まれている。人類の初の勝利とは言え、これでは喜ぶものも喜べない。


「班長、それでは」


ユーリアに話しかけられ、ハッとして振り向く。四人は私の指示を待っていた。


「ええ。私たちはこれからが本業。二次災害が起きるのを防ぐためにも、迅速に、するべきことをしましょう。それじゃあ、解散」


四人がばらばらの方向に散る。
私は街を見据えて、一歩目を踏み出した。



地獄絵図とはこのような景色のことを言うのだろう。まさしくその言葉が似合うような、そんな情景だった。
顔や手や足がない、醜い死体となった兵士がいたるところに転がっている。さらには巨人の吐いた跡がいたるところに残り、異臭を放つ。ハエが集る街には、それまであったはずの街の原型がまるでなかった。

私はそれらの死体の、顔が判別出来る者はリストと照らし合わせて識別をつけながら、次々と一輪車に乗せていく。何の感情も表さずに。ただ感じるのは、冷めた感情だけ。
あるところで、無残にも下半身がない女性の遺体を見つけた。それを持ち上げ、一輪車に乗せる。そして嘆く兵士の前を通り過ぎる。すると、がし、と足を捕まえられた。


「ま、待ってくれ、そいつは、俺の妻になるはずの女なんだ、将来を約束していた女なんだ…!!連れて行かないでくれ!」


私の足首にすがりつき、悲痛な声で叫ぶ兵士。恐怖で足が震えて立てないのだろうか。がくがくと足が震えている。私はそれを見下ろした。


「誰であろうと死んだらただの死体よ」


兵士は愕然とした顔で私を見上げた。足首からずるりと手が離れる。


「悪いけど構っている暇がない。死を嘆くのは後にして」
「…………おまえ、」
「分からないの?二次災害が起こることは防がなければならない。そのためにも、早く遺体を回収しなければいけないのよ」


怒りと哀しみが混ざった表情、顔がひくついている。それを置いて次の遺体のところへ向かおうとしたとき、ふとあることに気がついた。私は立ち止まって彼女の遺体からそれを外した。


「これだけは渡しておく」
「……!!」


彼女の薬指にはめられていた指輪を渡す。本当はきらりと光る上等のシルバーリングだったに違いないのに、今はもう血がこびりついていて輝きはない。
兵士はそれを受け取り、握りしめて胸に当てた。それを見ると、私は一輪車を押して次へと向かった。


集めた死体を全て燃やす。何箇所かに分けて、ごうごうと燃え盛る炎を見つめる。兵士たちの無念が、炎となっているかのようだった。
ゆっくりと歩いて見回っていると、訓練兵の六人ほどがいるのを見つけた。いつもならば素通りするところだが、黒髪の少女が私と目があった。あまりに光を失った、絶望に満ちた目。


「ねえ」


思わず声をかけてしまった。少女だけでなく、六人全員が私を見る。それぞれが、目に違う形の絶望を宿していた。私は、ゆっくりと口を開く。


「自分や他人の、死の恐怖。わかるよ、すごく怖くて、立ちすくむ。私はそんな感情、とうの昔に忘れたけれど」


六人はじっと私を見ている。私はほとんど何も考えずに、口から出る言葉をそのまま伝えた。


「それでも、進まなければいけない。死んだ人の意志を受け継いで、自分の力にして戦うんだよ。少なくとも、調査兵団の兵士はそうして生きてる。私は、それが出来ない腐った兵士だ。私みたいにならないように、しなさい。決して屈さず、戦って」


私は布を鼻から引き下げ、六人を見回す。黒髪の少女がぼろりと大きな涙をこぼした。ガタイのいい男の子が敬礼をする。それにならって、隣の背の高い男の子も敬礼した。私は敬礼をし返して、足早に去る。

その後しばらくのち、そこで出会った金髪の少女以外の子たちが新兵として調査兵団に入団すると決めたことを知った。

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