リトル・レクイエム

世界は歌うのをやめたんだね


血濡れの景色が瞼にこびりついている。

そのとき私は何にもない野原に立ち尽くしていて、耳元で風が囁く。お前は魔女だと、鬼だと、死神だと。背後で気配がする。でも振り向いたらきっと、それが最後。私は亡霊に取り憑かれてしまうだろう。一歩動くだけでも、茨のように絡みついて離してはくれないだろう。
だからその場にうずくまる。何も聴こえないように耳を塞いで、何も見えないようにかたく目を閉じて。
そんな夢を、飽きもせず、毎晩毎晩繰り返して、そして早朝、何事もなかったかのように目覚めるのだ。




「メリア、おはよう!」


目が覚めた瞬間、タイミング良くドアを開けてペトラが入って来た。上半身をむくりと起こし、目をこする。毎日起こしに来てくれるペトラは今日もかわいい。歳は私の方が上だが、私の唯一の親友である。


「…おはよう、ペトラ」
「今日は起きてたのね。ごはん食べに行こう」
「うん。毎日ありがと、ペトラ」
「どういたしまして」


にこりと微笑むペトラ。ペトラだけは、私の日夜の夢見の悪さを知っている。だから早朝、朝に弱い私を、できるだけ早くに夢から覚めるように起こしに来てくれるのだ。


「まったくもうペトラは女神だわ」
「はあ?何言ってるのよ。起こしに来てるだけでしょ。私も早く起きなきゃいけないから、ついでだしいいの。気にしないで」
「そういうところよ」
「はいはい、わかったから朝食行くよほら!顔洗って!」


朝型ではなかったペトラが早起きをするようになったのは私を起こすためだということはわかっている。本当に優しい子だ。私は顔を洗って、髪を手早く梳かしていつもの髪型をセットしたら、ささっと着替えて外で待つペトラの元へ急いだ。


「お待たせ、行こう」


そしてペトラと二人で歩き出した。




着いた食堂には私たちしかいない。いつも一番乗りだ。雑談をしながらゆっくり食べていると、ちらほらと他の兵士がやってくる。私たちの話はなかなか尽きない。皆が食べ終わるころにやっと私たちも席を立ち上がり、仕事に向かうというのが毎日のことだった。


「今日も私たちが一番ね」
「そうね。慣れたけど」


言いながら、朝食を持って席につく。いつもの特等席だ。いただきます、というのを合図に、私たちの、というかペトラのガールズトークは始まる。


「聞いてメリア!昨日、リヴァイ兵長にお会いしたから敬礼したら、声をかけてくださったの!前回の壁外での働きは良かった、励めって!」
「へえ、良かったじゃない。あのリヴァイが褒めるなんて相当よ」
「見てくださってたの!がんばったかいがあったわ!討伐補佐数もだけど、討伐数だってぐんと上げたからね!」
「やるね、さすがペトラ」
「今回は特にがんばったの」


えへへとはにかみ、嬉しそうに言うペトラは、頬を染めている。私はにっこりと言った。


「リヴァイにベタ惚れね」
「ちっ、違うわよ!!そんなの恐れ多い!尊敬よ、憧れてるだけ!」
「またまた。顔が赤いよ、ペトラ。好きなんでしょ?」
「…!もう、メリアったら!」


顔を真っ赤にさせてぷんすかと怒り出す。本当にかわいい。リヴァイにはもったいないくらいだ。乙女なペトラが正直羨ましい。ニヤニヤしてバレバレだと言ったら、ペトラは頬に手を当てて俯いた。


「相手がリヴァイねえ、前途多難な恋になりそう」
「しっ、聞こえたらどうするの!」


ペトラが少し声量を落として言うが、もともと大きな声で話していたわけでもないのでそのまま話を続ける。


「まだ皆来てないからいいよ。リヴァイにそれとなく聞いておくわ。ペトラをどう思ってるかどうか」
「やめてよ、恥ずかしい!そんなの望んでないの、遠くから見てるだけで十分だから…」
「そんなのもったいない、ペトラはかわいいんだから」
「そんなお世辞いらないわよ!とにかく、余計なことはしないでいいんだからね?」
「まあ、考えておくわ」
「なにそれ、信用ならない!」


ムキになるペトラをくすくすと笑いながらからかう。ペトラはパンを口に押し込みながら頬の熱が冷めるのを待っている。その間に朝食のコーヒーをお代わりしに行く。すると、足音が聞こえた。もう誰かが来たのか、珍しい。誰だろうと思って振り向く。


「相変わらず朝が早えな、メリア」
「リヴァイ!」
「へっ、兵長!!」


やって来たのはリヴァイだったのだ。テーブルでペトラが咳き込む。もうリヴァイが起きてくる頃だっただろうかと時計を見ても、まだ早い時間。まさかこんなに早く起きてくるとは。


「何だそんなにマヌケな顔して」
「マヌケって何。リヴァイがこんなに朝早いからびっくりしたの。ところで私たちの話聞こえてた?」
「今来たところだから聞こえてねえに決まってんだろ」
「そう、ならいい」


ペトラに良かったねという視線をやると、ペトラはそれを聞いてホッと胸を撫で下ろした。それから、ごほんと咳を一つして気を取り直して、背筋をぴんと伸ばした。


「おはようございます、リヴァイ兵長!」
「ああ」
「もう少し愛想良く出来ないわけ?大切な部下にさ」
「余計なお世話だ」


じろりと三白眼で睨みつけられても、もはや慣れっこで怖くもなんともない。私はコーヒーを持ってテーブルに座り直し、パンを食べつつ、言った。


「で、何しに来たの?何か用があるなら早く言って」
「用という用はねェよ、たまたま早くに目が覚めたから来ただけだ。なんで毎日こんなに早いんだよてめェらは」
「体内時計がそうなってるの。ねえペトラ」
「う、うん」


そういうことにしておく。リヴァイは私の夢のことは知らない。ふん、と短く相槌をしてパンを食べる。
私は残りのパンを一気に食べ終わり、コーヒーを飲み干してトレイを手に立ち上がった。


「じゃあ仕事もあるからお先に失礼するね。二人で、ごゆっくり」
「え、メリア、ちょっと!」
「おい、どこ行くつもりだ?」
「じゃ、そういうことで」


軽く手を振ってその場を離れる。実は今日は言うほど仕事はないけど、あの場をそそくさと去ったのはペトラのためだ。
これは私の推測だが、リヴァイもペトラを好きなのではないかと考えている。私がペトラといるときによくリヴァイが私のところに来るような気がするし、今日だってペトラと話したいから私のところに来たのではないか。この前は声をかけられたとも言っていたし、その可能性は十分にあり得る。ここはペトラの恋路がうまくいくように取り計らうべきだと思ったのだ。しかし私の手が掴まれた。


「どこ行くのかを聞いてる。勝手に逃げるな」


振り向くとリヴァイだった。さっと後ろを見ると、ペトラがじっとこっちを見ている。私は何も分かってないリヴァイに向かってため息をついた。


「別に逃げてない。っていうか何で追いかけて来ちゃうかなあ、せっかく気を利かせたのに」
「は?何言ってやがる。それより、これ。渡しておく」
「なにこれ、……ああ」


手渡された紙を見て、ひゅっと気分が一気に冷めた。そうだ、私は今日も仕事をしなくちゃ。与えられた役割を、課された任務をこなさなくちゃ。


「わざわざありがとう。じゃあね」


言い残してすぐに踵を返して歩いた。カツカツと靴の音が鳴る。ちらほら食堂に向かい出した兵士の横を通ると、あくびをして眠そうな兵士と肩がぶつかった。


「おい気をつけろ……って、うわ!すみません、メリア班長!」
「いえ。気をつけて」
「は、ハッ…!」


私だと分かるなり慌てて敬礼をした兵士は、友達の元へと逃げるように走った。私も再び歩き出す。
どうしたんだよお前。い、いや、メリア班長にぶつかっちまって。マジかよ、お前も運悪いな。朝っぱらからあのメリア班長に会っちまうなんて。
去り際、かすかに聞こえたその会話は、私の耳に届いた。ふと周りを見ると、私に会うなり怯えた顔で敬礼する兵士、あからさまに避ける兵士。私の周りには誰も寄らない。
これが私の日常。エルヴィンに、この役割に任命されたときから。もう分かり切っていたことだ。

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