リトル・レクイエム

潰れた果実のように


ウオオオオオオオ。轟くようなものすごい雄叫びが聞こえて、肩が跳ねる。


「な、なに」


森を散歩していて、美味しそうな果実がなっている木を見つけたので両手いっぱいにとっている最中だったが、慌てて声の方へ向かった。
そこにいたのは、巨人だった。


「あ、メリア!……どうしたの!?」


見上げたまま体が硬直する。果実を一つ残らず落とした。ぼと、と落ちていくつか潰れた。ペトラが駆け寄って来るが、それどころではなかった。

巨人が、いる。
何年ぶりに見ただろう。遺体処理班になってから、初めて見た。15m級のその巨人は、緑色の眼で私を見た。恐ろしいほどの眼光で私を凝視する。鋭いその眼差しを見て、思い出した。そうか、エレンか。


「メリア、大丈夫?しっかりして」
「…大丈夫。久しぶりに、見たから、驚いただけ」


エレンだ、大丈夫、この巨人は敵じゃない。そう心の中で繰り返して、しゃがんで果実を拾おうとした。
手を伸ばして、ぴたりと動きを止めた。潰れた果実から飛び出た果汁と果肉は真っ赤で、血のようで。
巨人、血、兵士、遺体。


「う、」


吐き気がして口を押さえる。久しぶりに感じた感情、忘れていたはずの”恐怖”が身体を駆け巡る。


「メリア!!」


肩を掴まれた。顔を上げると、リヴァイが眉間に深くしわを刻んで見つめていた。


「大丈夫か、落ち着け。顔色が悪い。すぐ戻れ」
「……ごめん。そうする。邪魔してごめん」


震える声で言ってから立ち上がり、心許ない足取りで古城へ戻る。
扉を閉めて、ずりずりと座り込む。深呼吸、深呼吸。冷や汗が流れてきて、拭った。


「…何を今頃思い出してるの、私。とっくに忘れたはずでしょ……」


言い聞かせるように呟いて、目を閉じた。



コンコン、とノックの音で顔を上げた。


「メリア、入るぞ。いいな」


リヴァイの声だ。ぱっと立ち上がり、椅子に座ってから、いいよと返事をした。よし、声は正常だ。
皆が帰ってきて、最後に入ってきたエレンと目が合う。少しさみしそうな顔をしてふい、と目を逸らされてしまった。


「落ち着いたか」
「うん。皆、ごめん、変なところ見せて。さっきのは忘れて」


そう言うと、皆頷いてくれた。するとエレンが、私に声をかけて外へ連れ出した。二人きりになると、目を合わせようとしなかったエレンが、視線をあわせる。


「すいませんでした!」


エレンはそう言って、ばっと勢い良く頭を下げた。私は何のことかわからず、ぱちくりと瞬きした。


「な、なんのこと?頭を上げてエレン」
「さっき、俺の巨人を見て…すごく怯えていたから。怖がらせてすいません、怖かったですよね…やっぱり」


顔を上げたエレンは、私より背が高いのに、一回りくらい小さく見えた。エレンは、私に謝りながら、その本音を隠しきれていない。理解者であったはずの私があんなにも怯えてしまった。そのことに対する哀しみや寂しさが滲んでいた。エレンは少なからず傷ついたのだ。


「エレン、さっきのことは、気にしないで。久しぶりに巨人を見たから、驚いただけなの。いろいろ、昔のこととか…思い出しちゃっただけ」
「……でも」
「怖くなんてないよ。だって、エレンはエレンでしょう?わかってるよ。もう次からは大丈夫」


背伸びして、よしよしと頭を撫でた。エレンの瞳が揺れた。
まだ15歳でしかないエレンは、まだまだ弱かった。そして、私のことをまだ知らないのだ。


「私こそごめんね、恥ずかしいところ見せちゃって」
「……メリアさん」
「私なら大丈夫。だから気にしないで。ほら笑って、エレン」


最後にぽんぽんと頭を叩くと、エレンはやっと笑って頷いた。エレンには、やっぱり笑顔が似合っている。

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