リトル・レクイエム

泡沫物語


「おい、ペトラ。お前なんであんなにメリアさんと仲良いんだよ。タメ口だしよ…年上だし、上司なのに」


外でエレンの巨人化実験中、オルオが訪ねてきた。なんとも言えない難しい表情をしている。近くにいたエルドとグンタも俺らも聞きたかった、と言う。


「いろいろ、噂とか…あるだろ。なのに、ペトラだけは前から仲良かったよな。何かきっかけでもあったのか?」


確かに、メリアについての噂はたくさんある。冷酷で残酷、血も涙もない性格で、滅多に笑わないし他を寄せ付けない、だとか。そのほか、尾ひれがつきまくって根も葉もない噂もある。どこから湧き出ているのか知らないが、たくさんの噂は兵団内に広まっていて、メリアは兵士たちから避けられている。遺体処理という仕事をしているから仕方のないことかもしれないけれど、私はそうは思わない。


「あるよ、きっかけ。もちろん鮮明に覚えてるわ」
「差し支えなければ教えてくれよ。気になるな」


エレンのことなんてそっちのけだが、少しならいいかと私は口を開いた。
思い返せば、あのとき。初めてメリアと出会った。





まだ新兵として配属されたばかりの頃の話だ。外を歩いていると、にゃおん、とかわいらしい鳴き声を聞いて、下を見ると、そこにいたのは真っ白の子猫だった。なんてかわいいんだろう。すぐさましゃがんで撫でると、すり寄ってきたので抱き上げてみた。野良猫だろうのに、痩せてはいない。


「よしよし。かわいいねえ、どこから来たのかな?こねこちゃん」


目の高さまで抱き上げて話しかけてみると、返事をするかのように小さく鳴いた。それから、じたばたし始めたのでおろしてやると、とてとてと去って行く。
もしかしたら家族がいるのかもしれない、と思い、単なる好奇心で追いかけてみることにした。木の茂みへと進む。


「アル、いないの?アル」


奥から女の声が聞こえた。もしかして飼い主だろうか。しかし、首輪がないので野良猫だと思ったのだが。子猫が奥へ入って行く。


「アル!おいで」


聞いたことのない声だ。兵団の敷地内なのに猫を飼っている人がいるとは少し興味深かった。足を止めずに茂みへ入ると、しゃがんで子猫を抱き上げた女の人と目があった。兵士の格好と自由の翼のマークはやはり調査兵のものだった。


「は…はじめまして」
「……!」


とりあえず挨拶をしてみる。少しだけ驚いた風の彼女は、はじめまして、と返してから子猫を胸に抱えて立ち上がった。


「その子猫、あなたが飼ってるの?」


兵士になってから感じたことのなかったような、あまりにゆったりとした時間と空間のせいか、初対面ということも何も考えずに普段のように話しかけていた。彼女は首を振る。


「ただの野良猫よ。珍しくて、そこにたまたま持ってたお茶菓子をあげたら懐かれちゃって」
「へえ、それで名前もあなたが?」
「そう。紅茶のアールグレイから名前をとったの。ちょうど、紅茶を飲んだあとに見つけたから」


紅茶が好きなのだろう、あまり紅茶には詳しくないが、アールグレイなら知っている。アルと呼ばれた子猫は名前を気に入っているのか、ごろごろと喉を鳴らした。


「かわいいね、すごく!名前も、子猫も」
「そうよね。…撫でる?」
「うん!」


一歩歩み寄り、ほら、と近づける。なでなでと何度かしてから、抱っこをかわった。本当にかわいい。


「ねえ、私いいもの持ってるの」
「いいもの?」


頷いて、彼女は猫じゃらしを取り出した。アルを降ろして、猫じゃらしを揺らして見せると、予想外の食らいつきを見せる。


「私もやりたい!」
「どうぞ。楽しいよ」


そうして、時間を忘れてしばらく遊んで過ごした。ふと彼女は腕時計を見た。


「お互い、そろそろ戻った方が良いわ。かなりの時間を過ごしてたみたいね」
「え、そうなの?全然気づかなかった。じゃあ、帰ろうかな」


猫じゃらしを彼女に返して、立ち上がってたくさんついた毛を払う。彼女も立ち上がった。アルが足にすり寄って来る。残念だけどそろそろお別れだ。


「そういえば、名前を教えてくれない?私、ペトラ・ラル」
「ペトラね。あなた、新兵よね?」
「え、なんで分かったの?あ、やっぱりあなたも新兵?私を見たことある?」
「そうじゃないけど。私の顔を知らないのは新兵くらいだもの。……私、メリア・カストル。名前くらいは知ってるかな」
「メリア……メリア!?」


まさか、遺体処理班班長と名高いあのメリア・カストルだったのか!驚いて、一瞬で真っ青に青ざめる。言葉遣いから始まり、失礼なことばかり言ってしまった気がする。ばっと頭を下げようとすると、肩を掴まれた。


「やめて、謝らないで。気にしないで、楽しかったから!」
「いやでも、そんな!ごめんなさい、知らなくて失礼ばかりして…っ」
「いいの、嬉しかったし。それに、若く見えたんでしょ?」


くすりと笑う彼女は、とてもそんなに年上には見えない。私もくすりと笑ってしまった。


「また、ここに来てもいいですか?アルと…メリアさんに会いに」


彼女は嬉しそうに微笑んで、頷いた。


「もちろん。ただし、敬語はなし。さっきまでみたいに気にしないで話して。それから、できれば…呼び捨てのままで」
「…うん!」


私は元気良く返事をして、手を降ってから走って帰った。今度来るときは、アルにパンでも持ってこようと心に決めて。




「っていうことがあったの」
「……お前、失礼にもほどがあるだろ!!最悪じゃねえか!!」
「でもそのおかげで仲良くなったんだから結果オーライでしょ!!」


話し終えるなり、オルオが怒鳴ってきた。せっかく良い思い出話だったのにそんなこと言わないで欲しい。舌でも噛んでしまえ。


「それにしても、ここら当たりに野良猫なんているんだな。今でもいるんだろ?その猫」


エルドが私に聞く。私は目を伏せた。


「いないよ。死んだ」
「は?」
「壁外調査のときに、開いた門から外に出ちゃったみたいね。巨人に踏み潰されて、おしまい。喰われなかったから死体はあって、それをたまたま私が見つけたの」


真っ白な毛並みが真っ赤に染まってしまったアルを抱いて壁内に戻ったときに、一体どれだけ泣いたことかわからない。そしてそれは、遺体としてメリアの元へ運ばれた。


「メリア、アルを見てどうしたと思う?」


グンタがおずおずと口を開く。


「…泣いたんじゃないのか?」
「泣かなかったの。メリアは運んできた私の顔を無表情で見つめて、それだけ。すぐに業務的な動作に入った。なんで悲しそうじゃないんだろうって少しだけ腹が立っちゃって、翌朝の早朝、話をしようと思って部屋に行ったの。そしたら…」


ぐっと言葉に詰まる。オルオがそしたらどうなったんだよ、と話を促かす。目を閉じて思い出す。
メリアは寝ていた。寝ていたが、閉じた目には泣きはらした跡があり、頬にはつうっと涙が伝っていた。そして、うなされていたのだ。アルの名前を何度も言って。


「メリアは感情を押し込むのが得意すぎるの。そうやって生きてきたから。でも本当は違う。だから、私は分かってあげたいって思った」


それから、毎朝起こしに行くようになって、以前より仲良くなった。でもアルの話題はあれから一度もしていないし、メリアが飲む紅茶はアールグレイを避けるようになった。


「おい、何やってる?エレンの準備が出来た。巨人化するぞ」


兵長から声をかけられ、慌てて配置につく。でも私は、メリアのことで頭がいっぱいであまり身が入らなかった。
もう、メリアを悲しませたくない。でも、あの仕事をしている限り、メリアの哀しみは拭えないし、蓄積されていくばかり。このままではいつか、壊れそうで、怖い。
どうか、せめて、メリアが怖い夢なんて見なくても良い日が来ますように。そんな願いさえ、まだ叶う日は来ないのだ。

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