調査兵団の魔女といえば誰でも知っている。リヴァイ兵士長の恋人である、魔女なまえ。壁外での活躍は目覚ましいもので、壁外だけでなく、壁内でもその奇跡のような魔法を操って兵士はもちろん民からの評判も良く、信頼も厚い。
リヴァイ兵長とツーマンセルで行動しており、壁外では最強タッグとしてバッサバッサと削ぎたおし、壁内では仕事をてきぱきとこなす。なまえさんはもはや兵長補佐と呼んでいいくらいだ。
しかしたまにきずなのが、ごくたまに、兵長が人目もはばからずにいちゃつこうとすることである。なまえさんはそのたびに華麗に回避している。

そんな仲睦まじい最強タッグが、こんな大げんかをするなんて、誰が予想しただろうか。


「いい加減にしてよ!リヴァイさん!」
「あァ?誰に向かってそんな口聞いてやがる、なまえ。躾が足りねェらしい」
「見損なった!リヴァイさんなんて…っ」


若干涙声になってきたなまえさんが杖をぎゅううと握り占める。あ、泣く、と思った瞬間、なまえさんの目からぼろっと大粒の涙が溢れた。


「だいっきらい!」


言い放ってぶん、と杖を振る。その途端、リヴァイ兵長からぼん、と煙が上がった。なまえさんはそのすきに走ってどこかへ行ってしまった。
煙がはれたとき、立っていた兵長はどこかおかしい。何がおかしいかと思えば、何とスカーフが茶色のまだらに染まっていたのだった。


「チッ…あいつ、やりやがった。スカーフがダメになったじゃねぇか…」


しゅるりとほどいて、スカーフをつまんで苦々しくじっと見る。俺はおそるおそる聞いてみた。この事件の発端を。


「な、何があったんですか?なまえさんと兵長が大げんかなんて珍しいじゃないですか」


すると、兵長はじろりと俺を見た。ものすごく睨まれている。


「………何もねえ。エレン、さっさとスカーフ捨ててこい」
「あ、はい…」


こ、怖い。本当に、何があったのだろうか。早く仲直りして欲しい。切実に。





しかし、そのまま三日が経った。三日、なまえさんと兵長はろくに話をしていないし目すら合わせない。
なまえさんは普通兵長がいる執務室にいるのだが、頻繁に練習場で修行をしているようになった。なまえさんがいない間、ピリピリしていて不機嫌丸出しの兵長。三白眼の睨みも普段の三割増しで怖い。だから俺やペトラさんたちも、もうとにかく気まずくて敵わなかった。


「もう無理!!何でこんな喧嘩してるのよこの人たち!!エレン、どうにかして!!」


兵長がエルヴィン団長のところに行っている間に小さな作戦会議を開いた。そこでペトラさんが俺に白羽の矢を立てたのだった。


「えええなんで俺ですか!? 」
「怖いじゃない!!私、事情を聞いて解決するなんて無理だからね!!この空気も耐えられない、無理!!」
「確かにこの空気は居心地悪いぜ。ここは後輩のエレンがやるべきだと思わねェか?」
「いやいや、オルオさん待ってくださいよ…!俺に言われたって!!」
「がんばれ」
「グンタさんまで…!え、エルドさんは俺の味方ですよね!!」
「応援してる」
「味方ゼロ!!」


そういうわけで、なまえさんに事情を聞くことになった。夕食時、なまえさんの相席に座る。その隣に、着いてくるなと言ったのにミカサがすとんと座った。それを追って来た困った顔のアルミンが座る。どっかにミカサを連れて行けと目配せをするが、アルミンは諦めた表情で小さく首を振った。なまえさんは無言でスープをすすっていたが、目線を俺たちに向ける。


「あれ、エレンとミカサとアルミン。どうしたの?」
「えーっと、今日はなまえさんと食べたいなあと。だよね、エレン、ミカサっ」


アルミンが笑って取り繕い、俺とミカサを見る。合わせろということか。さすがアルミン。


「お、おう。たまにはいいでしょう?」
「いいけれど。どうしたの急に」


不思議そうに首を傾けるなまえさんは、いつもと何ら変わりなく可愛いのだが。ここからどうやって話を切り出そうかと策を巡らせていると、ミカサが即座に口を開いた。


「あなたがいつまで経ってもリヴァイ兵長と仲直りしないから、仲直りさせに来た。あなたのせいで皆迷惑してる。痴話喧嘩なら早く終わって欲しい」
「おっ前、ミカサぁぁ!」
「何言ってるのミカサぁぁ!」


突然ミカサがどストレートに核心をつきやがった。最悪だ。もっとオブラートに包むとか出来ねェのかこいつは。
なまえさんがぴたりと動きを止め、怪訝そうに眉間にしわを寄せた。


「なるほど、それが目的ね、エレン」
「いや、えっと…!」
「何で隠そうとするの、エレン。まどろっこしいことはしない方がいい」


堂々としたミカサに脱力する。もうこうなったら仕方ない。このまま話を進めよう。


「…はい。そうです。なまえさん、一体兵長と何があったんですか?」
「僕らで良ければ相談にのります。話してみてください」


アルミンが俺に続いて言い、微笑む。こういうときのアルミンは本当に心強い。なまえさんは俺たちを見比べ、はあとため息をついた。


「…リヴァイさんには言わないでよね?」
「もちろんです!」


即答した俺に安心したのか、愚痴るように言い始めたなまえさん。身を乗り出して話を聞いた。


「事の発端は、私がオロバスに習ってお菓子を作ったことよ。私の元いた世界で人気のお菓子で、紅茶のお供として有名なの。最高に美味しくて、私の大好物だから、食べたくなっちゃって。オロバスにいつもは作ってもらってるけど、どうせなら自分で作ってみようと思ってね」
「お菓子…ああ、思い出した!」


そう言われてみれば、思い出した。なまえさんが珍しく食堂のキッチンを使っていて、何かと思って覗くと、執事と一緒に焼き菓子を作っていた。すごく美味しそうに出来ていて、なまえさんが嬉しそうにしていた。隣の執事もすこし得意げで。


「そう、エレンもそこにいたわよね。そのとき、作りたてのお菓子を一つ、エレンにあげたじゃない?」


そうだった。出来たてでまだほかほかの菓子を、覗きに来た俺に嬉しそうにくれたのだった。あーんと、口に運んでくれて。鮮明に覚えている。少し恥ずかしかったけど、嬉しかったから。


「それをリヴァイさんが見てたらしくて。そのあと、怒ってきたの。理由はわからないけど、とにかく不機嫌でさ」


お菓子を冷ますためにキッチンに置いたまま、執務室に戻ったら、どっかりと椅子に座って腕を組んだ兵長が睨みをきかせてなまえさんを待っていたのだという。何に怒っているかは言わずに、お前は分かっていないやら、何やってんだクソ魔女がやら散々言われたらしい。そりゃ、理不尽すぎる。セシリアさんじゃなくても誰でも怒るはずだ。俺だって怒ると思う。


「でしょ?とにかく理不尽だったの。それで、勢いに任せて大っ嫌いって言ってその場を出ちゃって。気まずくてなかなか謝れずに、今に至るわけ」


そのときに俺が執務室に入ったということか。納得した。
それにしても、これは困った。兵長に真意を聞かなければ解決はならないようだ。なまえさんははあともう一度大きなため息をついた。ミカサを見れば相変わらずの無表情だが、アルミンはどこか呆れたような表情。アルミンは分かったのか?


「なまえさん。それ、どうしてお菓子作ろうと思ったんですか?食べたくなった、だけじゃないでしょう?」


アルミンがそう言うと、なまえさんはぱちくりとしてから少し頬を赤らめた。


「リヴァイさんが、美味しい紅茶が手に入ったって言っていたから。リヴァイさん、紅茶、好きでしょう。それなら、紅茶に似合いのお茶菓子をと思って。せっかくなら、手作りしようと思ったの。手料理とか、振舞ったことなかったし…」
「じゃあ、兵長のために?」
「そう。なのに、なんだかわからないけどすごく怒られて。せっかくリヴァイさんと紅茶飲もうと思って作ったのにって、思ったら泣いちゃって」


アルミンはにっこりと笑みを深めた。あまり事態を飲み込めていない俺はアルミンを見つめる。


「それ、兵長に言ってあげた方がいいですよ。そこにいる本人に」
「え?」


アルミンが指を差すと、背後に夕食を乗せたトレーを持った兵長が立っていた。まさか本人がいるとは。驚く俺を尻目に、なまえさんと目が合うなり、チッと舌打ちを一つして、なまえさんの隣にトレーをガシャンと置いてどっかりと座った。


「り、リヴァイさん。いつからいたの」
「事の発端は、からだ」
「それ最初からだよね!!い、いたなら言ってよ!」
「最初からここにいたわけじゃねェ、食ってたら聞こえてきたんだよ」


兵長が近くにいたことを、アルミンはいつから知っていたのだろうか。アルミンのことだからたぶん最初からわかっていたのだろう。
なまえさんが俯いて黙ると、兵長が口を開いた。


「…あの時俺は、お前が執事野郎と菓子作って、それをエレンに食べさせてるのを見て、……嫉妬してたんだよ」


なまえさんはぱっと顔を上げてぱちくりと兵長を見る。兵長は視線を逸らして俺を見た。少し睨んでいる気がするのは気のせい…じゃねぇか。


「なまえの手料理だぞ。俺が食いたいに決まってんだろうが。あんなに嬉しそうにエレンに食わせやがって、と思ったが…俺のために作ったとは、知らなかったんだよ」
「し、嫉妬?リヴァイさんが?」
「俺だって嫉妬くらいする。それともなんだ、理由もなく怒ってると思ってたのか」
「だって理由がわからなかったから」
「気づけよクソ魔女」


なまえさんは何度目かわからないため息をついた。しかし、今度は安心のため息だ。怒ってるんじゃなかったんだ、と小さく呟いた。それを見た兵長が、悪かったと呟いてなまえさんの頭を乱暴に混ぜた。なまえさんも兵長に大嫌いなんて言ってごめんと言って、お互いに謝ったのだった。


「これで一件落着か!ペトラさんたちに怒られずに済みそうだ」
「仲直り出来て良かったよ」
「ただの痴話喧嘩…」
「ミカサ黙っとこうか!!」


そうして兵団にはもとの平穏が戻り、兵団を揺るがす大げんかはこれにて収束を得たのだった。

後日、なまえさんはもう一度お茶菓子を作り直し、兵長の紅茶と一緒に小さな茶会が開かれた。招かれた俺は今度こそちゃんとお茶菓子をもらって食ったが、あの時よりずっと美味しいように思えた。

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