急な振動に目を覚ませば、何故か人間の腕の中にいた。


「うわっ起きた!」
「早く逃げるぞ!」


否、人間ではない。この毛皮に包まれた腕は天人だ。この状況を理解した途端ぞっとした。私は今、攫われている最中なのだ。私を攫っている天人二人は、私を抱えて公園を出ようとしているところだった。


「っつーかさ!こいつは野良猫だよな?持って行ってもいいよな?なんで俺たち逃げる必要があるんだよ!」
「……そういえばそうだな。その場のノリで逃げちまったぜ」
「なんだよノリって」
「この猫があんまり野良猫っぽくねェもんだから」
「まあ確かに、こりゃ高く売れそうだよなァ」


やはり売るつもりなのだ、私を。ペットショップのガラスの中に閉じ込められ、売り物にされる姿を想像した。嫌だ、やめて。誰か助けて。
誰か______銀さん!!


「ニャァァァッ!」
〈助けて、銀さん!!!〉


力の限り叫ぶと同時に、銀さんが勢い良く土管から出てきた。


「ニャーー!!」
〈いたァァ、なまえ!探しただろうが!どこにも行かないって言ったのどこのどいつだァァァ!〉


だだだだだっとすごい速さで追いかけてくる。えっなんか私怒られてる!
銀さんに気づいた天人が走り出す。


「なんだあの猫!追いかけて来るぞ!」
「この猫の仲間か!どうする、殺すか!?」


殺すというキーワードを聞いて咄嗟に腕に噛み付いた。銀さんを殺すなんて許さない!


「いってェ!この猫っ!」


痛さに走る足を止めた天人。そこに銀さんが追いついた。


「ニャァア!」
〈なまえを離しやがれ、コノヤロー!〉


がりっ、と音がするほど深く強く天人の足をひっかく。天人は間髪入れず、銀さんを蹴り飛ばした。


「クソ猫っ!!引っ掻きやがって、ただじゃおかねェぞ!」


容易く体を飛ばされ、打ち付ける銀さんがぎゃんっと鳴き声をあげた。ひっと息を飲む。よろよろと立ち上がるのを見てホッとしたが、痛々しくて見ていられない。天人は足を止めて、銀さんにとどめを刺そうと歩き出す。


「みゃ……」
〈くそ、こんな体じゃ喧嘩も出来ねェ…〉
「にゃー!」
〈逃げて!私なら大丈夫!〉


大丈夫じゃないけど、銀さんが傷つくくらいなら。そう叫ぶと、銀さんは小さく呟いた。


「ニャ…」
〈無理してんの見え見えなんだよ…〉


その間に私を抱えた天人が銀さんの目の前に来た。銀さんを蹴るための足を振り上げたとき、銀さんがカッと目を見開いた。


「ニャァァァア!!」
〈お前らァア!お姫様がピンチだぞ!出てこいやァァァ!〉


その瞬間、あらゆる所からかぶき町の野良猫という野良猫が飛び出してきて天人めがけて飛びかかった。


〈〈姫ェェェ!!〉〉
「なっ、なんだこりゃぁあ!」
「どっから出てきた、こんな数の野良猫!!」


これには天人も驚き、猫の大群にひっかかれたり噛みつかれたり。どうしようも出来ずに私を放り出してすたこらさっさと逃げていった。
やったやったと私に群がる野良猫たちに、ぽかんとするばかり。


〈みんな、なんで…〉
〈実は、陰から見てたんです!姫の声で気がついて。タイミングを見計らってたら、ギンが合図を出してくれたって訳です!〉
〈無事でよかった、姫ー!!〉
〈と、とにかく…助けてくれてありがとう!〉


皆がやんやと胴上げでもしそうな勢いで喜ぶ中、礼だけ言うと、足早に銀さんに駆け寄る。野良猫達は役目を済ませたかのようにまたぞろぞろと違う方向へ去って行った。


〈銀さんっ、大丈夫!?〉
〈この銀さんがそんなヤワに見えるんですかァ?大丈夫に決まってんだろ〉
〈よかった、……ありがとう、銀さん〉
〈礼ならチョコパな〉


猫になっても甘味大好き糖分王は健在のようだ。苦笑いして普通に無理ですと答えた。


〈銀さん、ヒーローみたいだね〉
〈ヒーロー?俺がァ?〉


うん、と頷く。だって、今回だけじゃない。川で溺れているのを助けてくれたことから始まって、今回もピンチを助けてくれた。銀さんは私のヒーローなのだ。
胸がきゅうんと締め付けられるようだ。
ああ、もう、この際だ。全て伝えよう、言葉が伝わるうちに。胸の中でくすぶっていたこの想いを。


〈銀さん、あのね、〉
〈何だよ。…………!〉
〈私、ずっと前から、〉


すき、そう言おうとした直前だった。銀さんの体から煙が上がり始めたのだ。たちどころに煙が銀さんの体を隠してしまった。


〈ぎ、銀さん!?どうしたのっ?〉


煙を払いながら叫ぶと、次第に煙が晴れて行く。そこにいたのは、猫ではない。もとの人間の姿の銀さんだったのだった。尻もちをついた格好で、頭をボリボリとかいた。


「も、戻った……ったく、なんだったんだよ。…ん?なまえ?」
「ニャー…!」
〈人間に戻っちゃった…!そんな、なんてタイミングで…〉


あと、ほんの数秒さえあれば。ぎりりと唇を噛む。また言えず仕舞いだ。またとないチャンスだったのに。きっとこんなチャンスは、二度と、ない。


「あー、もう言葉わかんねェな。…なまえと話せるなんて、もうねェんだろうな」


その言葉に、しゅんと耳を伏せて落ち込む。銀さんはふっと小さく笑った。


「突然猫になって散々だったけどよ、まあ、今回は悪いことばかりじゃなかったな」


お前と話せたしな、と言ってぐりぐりと頭を撫で回した。少し嬉しくて、その拍子にぽろりと涙が出た。銀さんは気づかない。私の、猫の涙には。


「じゃあな。世話んなった。猫どもによろしく言っとけよ」
「…にゃん」
〈…わかった〉


立ち上がり、軽く手を振るとめんどくさそうに歩き出した。いつもならばついて行くが、その気にならずに、尻尾を揺らすだけで見送った。その背中が大きくて、目眩がするようだった。
今なら、諦めがつくような気がした。

すると、数歩歩いて、銀さんが振り向いた。


「……そーいや、昨日の夕飯の魚が余ってた気がするなァ。……来るか?」
「……!」


やっぱり、諦めるなんて無理。いつまでも、何があっても私は銀さんが好き。
私はにゃあと一声鳴いて、銀さんを追いかけて歩き出したのだった。

prev - next
back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -