じりじりと太陽が江戸を照らす。今日も今日とて、かぶき町は平和である。

夏の盛りのかぶき町は、強い日差しと熱い地面で日陰で無ければ過ごせないほどの猛暑だ。日陰であっても、動くのも億劫。そんなときは(まあそんなときでなくともなのだが)私は日陰を通って日光を避けながら、スナックお登勢に向かうのだ。

スナックお登勢はクーラーが良くきいていて、涼しい。酒臭く、人間たちがうるさいのが玉に瑕だが、そのうえ、お登勢さんに魚やミルクを恵んでもらえたり、たまさんに可愛がってもらえたりする。あんなに過ごしやすく、居心地の良い場所は他にない。
何より、お目当ては銀さんだ。銀さんがしばしば二階から降りてくる時を一番楽しみにしている。
そういうわけで、今日もスナックお登勢についた私。しかし、今日はいつもと様子が違う。


「あ!なまえネ!」


神楽ちゃんが私を見つけるなり、屈んで目線を合わせる。


「なまえは銀ちゃん見てないアルか?」


眉を下げて困った顔で聞いてくる。銀さんがどうかしたのだろうか。見てないよ、と返事をするかわりに小さく鳴いて尻尾をゆるりと振ってみた。


「見てないアルかあ…、どこいったアルか銀ちゃん…」


立ち上がる神楽ちゃんの足に擦り寄る。どこかに行ったの?少し不安になる。


「新八ィ、どうするアルか?」
「うーん…まあ、ふらっと出て行くことは良くあるし…すぐ帰ってくるとは思うんだけどね」
「銀時が消えたんだって?いつからいなくなったんだい?」
「昨日、ジャンプ買いに行ったっきりなんですよ。また何か事件に巻き込まれてないといいんですけど」


苦笑する新八くんの足にねこパンチした。うわっ、と驚いて私を見下ろす。私は新八くんの足をてしてしと踏みながら鳴く。


「にゃーにゃー!にゃー!」
〈銀さんが消えたなんて、大変!私が探しに行ってくる!〉
「な、なに?どうしたのなまえ?お腹減ったの?っていうか痛い!ツメ!」
「にゃっ!」
〈いってくるね!〉
「あ、なまえ!待つネ!ゴハンならババアが魚くれるってヨ!」
「あたしゃ何も言ってないけどね」


魚にほんの少しつられかけたが、銀さんのためだ。我慢してだっと駆け出した。銀さんの匂いならしっかりくっきり覚えている。すぐ探し出してやる。




とか言っていたらもう夕方になってしまった。日がどんどん傾いて次第に暗くなっていく道を、私はとぼとぼとすみかへ向かって歩いていた。

銀さんの匂いはあちらこちらで残っているのだが、あるところでぱったりと途絶えている。不自然に途絶えていて、その後がわからない。結局何の手がかりも得られず、すごすごと帰宅している次第である。
銀さんは無事なのだろうか。また明日スナックお登勢に行こう。帰って来ていたらいいのだが。少しばかり泣きそうだ。


〈あ、いた!なまえー!〉


にゃあおと声がして振り向くと、三毛猫のミケちゃんがとてとてと走ってきていた。


〈どうしたの、ミケちゃん〉
〈どうしたもこうしたも。今日は今から猫会じゃない。忘れてたの?〉
〈猫会……、ああ、そういえば〉


ミケちゃんに指摘され、はたと思い出した。
そうだ、今日は猫会だった。度々定期的に開催される”猫会”。かぶき町の猫たちが集い、近況や変わったことはないかなどの報告会。そしてのんびりまったり皆で過ごす日だ。


〈早く行きましょう〉


身を翻して優雅に歩くその後ろを、少しばかり重たい足取りでついて行った。後ろからついて来る私を振り向くと、ちりりん、と軽い鈴の音を鳴らして、にゃおんとミケちゃんが鳴いた。


〈皆、主役をお待ちかねよ。猫会の主役をね〉


私はひくりと引きつった。




〈〈お待ちしてました、姫!!〉〉

公園に着くと皆がきれいに並んで座っていた。いつもながら、不気味なほどの揃い方。私は歩いてくるとミケちゃんに皆の前に座るように促され、引きつった笑みで挨拶をした。


〈お、お待たせしました…皆…〉
〈姫!今日も麗しい!〉
〈お元気ですか、お身体にお変わりは!?〉
〈ない…〉
〈今日も姫に異常ナシ!!〉
〈〈イエス!!!〉〉


意味がわからない。何なのだこれは、どこの宗教団体。しかしこの様子も今となっては慣れつつあり、私は何もツッコむことなく流した。

このなまえ崇拝は、私がこの猫会に初めて参加したときから始まった。私は自分で言うのも何だが、野良猫とは思えないほどきれいでツヤのある毛並みとビー玉のような瞳、すらりとしたスマートな体とゆらゆら揺れる長い尻尾。なかなか目立つ風貌だと思う。なぜかそれを崇める人が出て来て、かぶき町野良猫界の女帝だとか姫だとか言われるようになった。
最初は気恥ずかしく、それでも悪い気はしなかったが、どんどんエスカレートして猫会のたびにこのような扱いになってからはいっそ怖いと思うようになった。


〈では!姫も揃ったところで!猫会をはじめまーす!今日は新入りがいます!どうぞォ!〉


司会の猫がマイクに見立てた木の棒を持ち、高らかにそう言うと、後ろから一匹の猫がかぶき町野良猫界のボス的立ち位置のホウイチさんに連れられてやって来た。


〈こいつはギンだ。前も一度来たことがあったから皆は知っていると思うが、なまえは初対面だろ。まあ、仲良くしてやれ。おら、挨拶しろ〉


ホウイチさんがそう言って皆の前に出てそのギンという猫を押し出した。やる気のないような目ともふもふした白い体。そしてどこかで聞いたことがあるような声で鳴いた。


〈あ、あー…ギンだ。前も来たことあるんだが、またちょっくら世話になる、よろしく…〉


私は一発で気づいた。まさか、このギンという猫…!


〈銀さんんんん!?〉
〈おまっ、なまえうるせェよ!こっちこい!〉


素早く二人でそこから距離をとったところでにゃあにゃあと言いあう。
その風貌、その声。その態度。どこをとっても、人間の”銀さん”の猫バージョンなのだ。


〈銀さんよね!?なんで銀さんがっ!?〉
〈俺だって知らねェよ!昨日ジャンプ買いに行こうとしてたらいきなりこうなったんだよ!〉
〈変なものとか食べたんじゃないの!?〉
〈食いもん食って猫になるかコノヤロー!………あ、〉
〈あ?〉
〈なんか食ったわ、変なモン…何かいかにも怪しいやつが配ってた菓子…猫のように気ままに暮らせるようになるって言ってたわ〉
〈明らかにそれだよね!!〉


どうやら銀さんは何やらおかしな人に一服盛られたらしい。猫のように気ままに暮らせるって…いやむしろ猫になってるー!それを何の疑いもなく食べる銀さんも銀さんだけど!!私は呆れ半分にみゃあと言った。


〈何でそんなもの食べたの…明らかに変よねそれ〉
〈金欠で食うもんなくて、糖分足りなかったんだよ!甘いもんならなんでもいいやと思って…〉


これには私も呆れてしまう。銀さんはボリボリと頭をかくように、前足で顔をかいた。
もちろん人間に戻る方法はわからない。どうするのだ、と落ち込むが、銀さんはあまり気にしていないのかまあなんとかなんだろ、と他人事のように言った。


〈つーか、なまえと話せるんだな〉
〈え?〉
〈まあ猫になってるんだから当たり前だけどな〉


その一言でハッとした。私は何をしていたのだろう。こんな大事なことを忘れていただなんて。銀さんが先に猫会の方へ戻っていくのを固まって見ていた。

銀 さ ん と 話 せ て る !

叫びだしたい衝動に駆られた。走りだしたい衝動に駆られた。どちらの衝動も抑えて、大きく深呼吸。どんどん体温が上がって行くのがわかる。
そうなのだ。私は銀さんのことが好きで、しかし猫と人間という大きな壁に阻まれて言語は違うし想いも伝えられない、ただ近くにいることしかできなかった。それが、銀さんが猫になった今、全ての壁がいとも簡単に崩れ去ったのだ。

そう気づいた瞬間、銀さんに変なお菓子を与えた人間のことが神のように思えてきた。これは私に巡ってきた奇跡、チャンス!
ふと、銀さんが人間に戻らなければいいのに、と思ってしまってハッとして、首をぶんぶんと振った。それはだめだ、銀さんは人間に戻らなければ。それでも、この銀さんが猫になっている今だけは。この紛れもない幸せを噛み締めていたい。


〈姫ー!どうしたんスか!こっちに来て話しましょうよ!〉


呼ばれる声で意識を戻し、慌てて戻ると、銀さんが不思議そうに見てくる。その仕草や眼差しさえも私の心臓を高鳴らせる。ああっ銀さんと同じ目線最高!


〈姫はギンと知り合いだったんスか!?〉
〈あー、えーっと、うん。そんな感じ〉
〈むしろこっちが世話してやってたくれェだよ〉


人間だとバレるようなことを言うので、見えないように猫パンチを小さくかました。ばれない方が今後のためにもいいだろうから、変なことを言わないでと視線で訴えた。猫たちは首を傾げる。


〈…どういう関係で?〉
〈ふ、普通に友達よ!ねえ銀…ギンさん!〉
〈そっ、そうだな!うん!〉


あからさまに取り繕う。しかしそこは単純な猫。あっさりと信じ、疑う様子もなくそうなんすねと頷いた。

その後は、このごろあの店がエサをくれるだのこの季節魚が悪くなりやすいから気をつけるようにだの、どうでもいいような話があって、ぐだぐだと世間話をしてから猫会はお開きになった。
ぞろぞろと散って行く中、ぽつんと残る私と銀さん。二人っきり…いや二匹っきりの状況に緊張しながらも、口を開いた。


〈銀さん、今日はどこで寝るの?〉
〈あー…まあ、この公園でいんじゃね?〉


さもどうでもよさそうに言う。寝床は大事なことなのに。そんな銀さんに意を決して言った。


〈なら、私も一緒にここで寝る!〉
〈はァ?別に俺一人でいいけど〉
〈二人なら楽しいし、さみしくないでしょう?そうしましょう!〉
〈さみしいって…俺はガキか!〉


なぜか怒りだした銀さん。慌てて頭をフル回転させ、はっと思いついたもっともらしい理由。確か銀さんは、この手の話が嫌いだった。


〈ここ、真夜中に…出るっていうし〉
〈………出る?出るって何が?〉
〈そりゃあ…お化けとか?〉


銀さんの顔色がさあっと悪くなった気がした。いや、白い毛で覆われて顔色なんてわからないが。やはりビンゴか。


〈ね…寝るところって他にどっかあるか?〉
〈特にないわ〉
〈……はっ、なまえちゃんがァ、そこまで言うならこの銀さんが一緒にいてやってもいいけど?〉


わかりやすいこの態度。かわいいところもあるんだから。くすりと笑って、じゃあお願いしますと言った。

公園のドラム缶のような遊具の中に二匹でこじんまりと丸くなる。銀さんがわりと近くにくっついてくる。


〈じ、じゃあ、寝るか〉
〈うん、じゃあおやすみ〉
〈…なまえちゃんさァ、銀さんを置いてどっか行ったら承知しねェかんな〉
〈そんなことしないよ〉
〈小便もしに行くなよ〉
〈ひっかくよ?…もう。どこにも行かないから、大丈夫〉
〈……おま、そんなこと言って起きていなかったら怒るぞ〉
〈はいはい。そろそろ寝よう?〉


苦し紛れの言い訳がここまで効果抜群とは思っていなかった。嘘をついたことは申し訳ないが、少しおもしろくてふふっと笑ってしまった。銀さんはやっと目を閉じた。


〈………おやすみ〉
〈…おやすみなさい、銀さん〉


きっと今日は今までで一番幸せな夢を見れる。一つだけ願うなら、どうかこの心臓の音が聞かれませんように。

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