珍しく早く目が覚めた。まだぼーっとする意識を顔を洗うことによって覚醒させると、キッチンで何やら物音がしていて足を向けた。
この時間帯、まだコックも起きていないはずなのに、一体誰が何をしているというのだろうか。


「誰だ?」


声をかけると、エプロン姿のなまえが立っていた。


「おはようございますペンギンさん。今日は朝早いんですね!」
「なまえか。おはよう。お前こそ一段と早ェな、何やってんだ?」


キッチンテーブルに並ぶのは梅と鮭を細かく切ったもの。キャベツと、コーン。それから白米。それらを視界に入れながら、聞いてみた。


「梅を使ったリゾットを作っているんです。ローさんに食べていただこうと思いまして。梅嫌いも克服できて、なおかつ朝からきちんと食べていただける朝食を」


にっこりと笑うなまえ。ぱちくりと瞬きした。朝からこいつはなんてことをするのだ。船長の偏食、特に梅嫌いは誰もが改善を諦めていたことなのに、先日の件といい、食わせようとするなど無謀な挑戦を挑むとは。


「いい心がけだが、余計なことすんなって怒られるんじゃねェか?」


船長は怒ったら超がつくほど怖い。怒っていなくてもその優しいとは言えない性格と目つきの悪さで普通の女なら恐れて嫌がることはしないだろうに。


「それは、怒るでしょうね」


そう言ってなまえは苦笑した。


「まあ、覚悟の上です。私が勝手にしてることではありますが、ローさんのためにしていることですし、いいんですよ」
「…なまえはすげェな」
「ええ?何がですか」
「そういうところ。尊敬する」


なまえはくす、と笑って、私もペンギンさん尊敬してます、とにこりと返した。
まあ、船長のことだ。なまえ以外がこんな事をしたら、余計なお世話だと一言でばっさりと言い捨てて終わりだろう。しかし、他でもないなまえだ。船長はあれでもなまえにベタ惚れなのだから、怒ることはないだろう。何より、船長のためだけのなまえの手作りだ。嫌いな梅だって喜んで食べるかもしれない。

鍋を取り出して手際よく準備を進めるなまえは、終始ほんの少し微笑んでいる。口元は緩み、目元は優しげに。何を考えているのだろうか、やはり船長のことなのだろう。愛しそうな、”女”の顔をしているから。それをずっと見ていた俺は、なんだか時間がゆったりと過ぎているかのような錯覚に襲われた。正直に言えば、見惚れていた。


「…なまえは、いい女だな」
「はい?」
「船長がうらやましいぜ」
「…ペンギンさんも食べますか?多めに作ってるので、大丈夫ですよ」


そういう意味じゃねェんだけどな。俺はくく、と笑って、ああと返事をしてぽんぽんと頭を撫でた。
と、そこに、足音が聞こえた。


「なんかうまそーな匂いがすんなァ」
「そうだね、シャチ!朝ごはんかなあ?」


シャチとベポがまだいささか眠そうにしながらもキッチンにやってきたのだ。げ、と思った。


「あ!なまえがなんか作ってる!」
「てか、ペンギンが何でいるんだよ。なまえとイチャついてたら船長にバラされんぞ!」


やはりうるさい。ただでさえ浅い眠りの船長が起きてしまう。
ベポが鍋の中を覗き込み、くんくんと匂いを嗅いだ。


「何作ってんの?美味しそう!」
「梅のリゾットです。ローさんの朝食用に作ってみたんです」
「へー!キャプテンだけズルい、おれも食べたい!」
「俺も!俺も食いたい!」
「ええと…、皆の分までないと思います。多めに作ってはいるんですけど。あと一人分くらい…」


言いながら、ちらり、となまえが俺を見た。俺の分のことを気にしているのだろう。優しいやつだ。ふ、と笑って口を出した。


「なまえの手作り料理をかけて、ここはジャンケンだろ」
「いいぜ。勝った奴な!」
「後出しナシだからね!」
「ローさんの分の余りでもそこまでして食べたいんですか…」


シャチはぐるぐると腕を振り、ベポは握りこぶしに力をこめる。俺は何を出すかじっくり考えてから、声を揃えた。


「最初はグー、じゃーんけーん」


ぽん、と輪を作るように出された手は、グーが3つと、パーが1つ。…一つ多い?


「おら、勝ったぞ。俺のだな」
「せっ、船長!?」
「いつのまにィ!」


ニヤリと不敵に笑うのは、船長だったのだ。これにはなまえも驚いてぽかんとした。能力を使ったのだろうか、いつのまに。


「まだ寝てたんじゃ…」
「お前らがあんまりうるせェから起きた」


じとりとシャチとベポを見ると、揃って視線を逸らした。


「なまえの手作りもらおうなんざ百年早ェよ。もともと俺のためなんだろ。俺が全部もらう」


えええ、とベポが残念そうに言った。シャチも肩を落としている。俺だって欲しかった。元はと言えば、俺がもらうはずだったし。せめてもの足掻きとばかりに、言い返した。


「でも、それ梅入ってますよ。それに、二人分食べるんスか?」
「梅?」


船長がなまえを見ると、なまえはあははと引きつった笑みを浮かべて視線を泳がせた。ハアとため息をつき、なまえの額をぺちりと叩いた。あいてっ、と小さく声があがった。


「ったく。……まずかったら許さねェぞ。余った分はとっとけ、明日食う。他の奴には食わせんな」
「…はい!」


若干頬を染めて嬉しそうににっこりと笑った。シャチと目があい、ため息混じりに苦笑した。見せつけるよなあ、船長。

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