夜明けと共にさようなら
「あー楽しかったっ」
食堂での夕食を満喫して、執務室へ戻る。
ジャンのオムライスが卵かぶせただけのただのパンだったり、サシャにケーキをあげたり、ショーを繰り広げたり、ハロウィンを心ゆくまで楽しめた。私の悪戯の被害者は多数だが、みんななわだかんだ言いつつ楽しんでくれたから良いや。楽しかったなあ、と思い返しながら執務室の扉を開けた。
「ただい、ま…」
「ようセシリア。ずいぶん楽しんだみてえだな」
そこには漆黒のマントを羽織ったリヴァイさんがニヤリと口角を上げて立っていた。嫌な予感がして後ずさると、リヴァイさんは一歩近づいた。
「聞いたぞ、悪戯して回っていたらしいな。食堂での騒ぎも見たし聞いた。厄介ごとだけは起こすなと言ったはずだがな」
「や…厄介ごとは起こしてないよ」
「十分厄介だ。特にエルヴィンから苦情が来てる」
ぎくりとする。エ、エルヴィンさん。ふるふると震えると、心当たりがあるようだな、と言われた。むしろ心当たりしかない。
「い…一日だけだから。ハロウィンの今日だけで終わり、明日の朝には、いや十二時を跨いだらすぐ魔法は解けるから」
「ああ、だから仕方なく多目に見てやる」
よ、よかった。許してもらえるみたいだ。にしてはリヴァイさんはどんどん近づいて来る。
「タルトうまかった」
「う、うん。よかった」
「だが足りねえな」
「え?」
「次は俺の番だ。ちゃんと仮装もしてる。お前があんだけ暴れまわったんなら、俺だって一回くらい文句ねえだろ」
ついに壁際まで来た。もう後退出来ない。
仮装ってマント羽織っただけなのにそれのことだろうか。吸血鬼とでも言うのだろうか。
リヴァイさんは私の顔すぐ脇の壁に手をついた。逃げられない。
「菓子くれねえと悪戯するぞ」
びくっと肩が跳ねる。そこでハッとお菓子の存在を思い出し、バスケットに手を入れる。しかし何も手に触れない。不思議に思ってひっくり返すと、紙がはらりと落ちた。紙には、売り切れましたと書いてあった。
「え…ええ!あ、そういえば、デザートでみんなにたくさんあげたから…でもこのバスケット100個くらいって____」
「うるせえな」
バスケットを払い落とされ、ごろりと床に転がる。ついでに掴もうとした杖も奪われ、いよいよなす術なしだ。
「あの…り、リヴァイさん」
「てめえには躾が必要だな」
低い声で囁いて、リヴァイさんの顔がゆっくりと近づいて来る。な、何をする気なんだ。悪戯って…?吸血鬼だから、血でも吸うのだろうか。だらだらと冷や汗をかく私はぎゅっと目をつぶる。
そして次の瞬間。
ゴンッ!!
「いっ、たああああ!!」
額に頭突きをくらった。リヴァイさんの額がぶち当たって来たのだ。手で抑えてうずくまる。これ腫れた!絶対たんこぶ確定だ!!
「ちょっとは反省したかクソ魔女。調子に乗りすぎだ」
「…っ!!リヴァイさんは痛くないの…!?」
「なめんなよ。このくらいじゃなんともねえな」
「…!!」
額まで鍛えられてるとは…!!人類最強の名前は伊達じゃなかった。
あまりの痛さに涙目になりながら、杖を奪い返して魔法で癒す。マントを脱ぎながら、リヴァイさんが言う。
「ハロウィンは楽しかったか」
「た、楽しかったって言ったじゃん」
「そうか。じゃあ明日から修行に励め。俺が見てやる」
「本当?ありがとう…」
でも、素直に喜べないのはなんでだろうか。なんとなく想像出来てしまうからだ。リヴァイさん、絶対スパルタだ。たらりと冷や汗を流す。
「じゃあ明日に備えてさっさとクソして寝ろ」
しっしっと手で払われる。少し早いが、まあ自室に戻ろうかと考えていたところだったので素直に従うことにする。転がったバスケットを拾い上げたとき、ころりと中からオレンジの包装紙に包まれたキャンディが一粒出てきた。
「あれ、なんだ、もう一つあったの?」
「さっきは出てこなかったじゃねえか」
「そうよね。まあいっか、食べちゃお」
これが最後か。そういえば自分で食べていなかったしな、と口に入れた。すると、濃厚な甘さが口に広がる。それは甘い、甘いキャンディだった。眩暈がするほど甘い、キャンディ。
「あ、ま…」
「セシリア!」
最後にリヴァイさんの声が聞こえて、意識が飛んだ。
「おい、セシリア!」
「…ふふ、」
「…セシリア?」
「ふ、ふふ、あっはっはっはっはっはっは!!」
「……あ?」
「ひざまずくがよい、妾が今宵の主役!全てを支配する魔女である!!」
翌朝目が覚めると、額だけでなく頭に大きなたんこぶが出来ていて、リヴァイさんが目の下に大きな隈を作っていた。
魔法にかかった"私"が降臨して、暴れまくっていた、なんてことは。
私は知らない。
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