貴方に永遠の魔法を
「リヴァイ…さん……」
「…セシリア。少し痩せたんじゃねえか」
なんで、私ここに?突然のことに言葉も出ない。
ここは調査兵団の執務室。いきなりオロバスに飛ばされたのだ。目の前のリヴァイさんを見る。リヴァイさんは優しく笑っている。どうして怒ってないの?私裏切ったのに。わからないことばかりだ。立ち尽くしてつぶやいた。
「…なんで…」
「また巨人の駆逐に手を貸してもらおうと思ってな」
驚いて目を見開く。杖を持った手が震える。杖を抱え直す。目を伏せて、ぼそりとつぶやいた。
「………やだ」
「ああ?」
なんでなの、ともう一度繰り返す。なんでそんなことが言えるの?私、あんな別れ方をしたのに。まさか忘れたわけじゃないだろうに。
混乱してきた頭を必死に働かせて言う。
「リヴァイさんは、私を憎んでないの?私あんな別れ方したんだよ?仲間を殺した。裏切り者なの」
「助けるためだったんだろ」
全部知ってる、とリヴァイさんが私を引き寄せた。そんなことしたら、せっかく決心したのに、私の心は簡単に揺らいでしまう。杖がカランと床に落ちた。
「セシリアのせいで仕事も手につかねえ。責任とって、もう離れんな。前も言ったろ、俺のそばにいろ」
離れようとしても微動だにしないリヴァイさんの体。鍛えられすぎだ。堅い胸板に押し付けられ、逃がさないとばかりに抱きしめられる。返事に迷っていると、それを見越したかのようにリヴァイさんが言った。
「言っとくが、拒否権はねえぞ」
「…私は魔女だよ」
「関係ねえな」
私の最後のあがきの言葉もあっさりと切り捨てた。しかしその一言で救われたようだった。
私はリヴァイさんの背中におそるおそる手を回した。そして、しっかりと力を込める。
もう離れたくない。
「…リヴァイさん」
「なんだ」
「好き」
「……俺もだクソ魔女」
泣きそうなくらい嬉しくて、泣きそうなくらい愛しくて。魔法にかけられたようだった。
夕食の時間になった。ハンジさんが私とリヴァイさんの相席に夕食を持って来て座り、ニヤニヤとだらしなく笑っている。リヴァイさんはいつもならそれを怒って蹴りでも繰り出すところだが、今だけはと大目に見ているようだった。睨んではいるが。私は恥ずかしくてハンジさんの顔を見れず、ひたすら豆のスープを啜っていた。
「それで、晴れて恋人同士ってわけかい?」
「ああ。そういうことだ」
喉に詰まりそうになったスープをなんとか飲み込んでむせながら、さらっと恥ずかしげもなく答えるリヴァイさんを見た。
「リヴァイさんは恥ずかしくないの…!?」
「別に恥ずかしがることでもねぇだろ」
「…そうだけど…」
それでもなんとなく恥ずかしいものなの、と心の中で言い返した。顔が熱い。私ばかり意識してるみたいだ。むうとむくれてまたスープを口にする。ハンジさんが笑いながら頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「照〜れちゃって〜。セシリアかーわーいーいー!リヴァイにはもったいないくらいだよ」
「うるせぇな、黙って食えねぇのか」
「今日ばかりは黙ってられないよー!」
「いつも黙ってねぇけどな」
リヴァイさんは諦めたように笑顔のハンジさんを見やった。そんな冷ややかな視線など気にしないハンジさんはパンをちぎりながら私に話しかける。
「セシリアはもうどこにも行かないんだろ?ずっとここに?」
「とりあえずはここにいるつもり。大魔女になったから帰る必要もないし」
「ん?なる前は帰る必要があったのかい?」
「そうだったのか?」
ごたごたで忘れていたけどそういえば、帰らなければならなかったことを言うのを忘れていた。今さら感は否めないが、この際全て明かそうと事細かに説明した。私が急に避け出していた理由を知った二人は驚いて食べる手を止めた。
「帰らないといけなかったのか」
「それならそうと早く言ってくれれば良かったのに!」
「なかなか言い出せなくて…。壁外から戻ったらそのことを告げて帰ろうと思ってたの」
「そしたら壁外であの事件が起きたってわけか」
「そういうこと。ごめんね、今さらだけど」
「まあ言い出しにくいのも分かるけどね。リヴァイは絶対引き止めただろうし」
「……………」
無言の肯定である。しかし今となってはそれもどうでもいいことだ。
食べ終えたスープの皿をじっと見つめる。改めて思えば、この質素な食事だって愛しく思える。この数日間、あちらの世界の食事は、どれだけ豪華な食事だって味気ないものだった。それに比べれば、パンとスープも素敵な晩餐と同等だ。まあそれでも、粗末な食事だということに変わりはないのだが。
立ち上がって、杖を一振り。すると、食堂内のテーブルがパッと手品のようにその様を変えた。ただのパンだったものは焼きたてのブレッド。スープはシンプルだが見た目の良いポトフ。そして大皿のチキンが現れた。アルコールの低いお酒もグラスごと現れ、あっという間にディナーになった。
「さあ、みんな!今宵は魔女復活の宴よ!魔女の晩餐をめしあがれ!」
にっこりとそう言えば、歓声が上がって食堂がたちまち賑やかに華やいだ。
たとえひとときでも良い。この残酷な世界の毎日の疲れや悲しみから離れ、幸せになれたなら、それは最高の魔法だ。
その様子を口元を緩めて眺めていたリヴァイさんとふと目が合う。
「そういや言ってなかったな」
「え?」
頬に手が当てられる。あたたかなぬくもりが頬を撫でて、思わず擦り寄るとリヴァイさんはふっと笑った。
「おかえり」
ああ、ここに帰って来てよかった。心からそう思った。
「ただいま」
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