執事の償い

 
掃除後の一杯を飲んでいると目の前に見覚えのある光の模様が現れた。俺は危うく紅茶を吹き出してしまうところだった。それはセシリアの描く"魔方陣"だったからだ。まさか、セシリア…?
しかし現れたのは執事野郎だった。なんだよ、と舌打ちしそうになった。期待して損だった。
目が合うと嫌そうに眉間にしわを寄せたが、姿勢だけは崩さない。腐っても執事だった。執事は浮かない顔で恭しく頭を下げて、言った。


「勝手ながら失礼する」

「失礼するな。何しに来やがった」


しかし執事はなかなか答えない。無視してんのかと思ったが、無視というよりも言いにくそうにしているというか、言葉を選んでいるように見えた。間が持たず、聞きたいこともあったし、俺から話を切り出した。


「セシリアは…そっちにいんのか?元気か?」

「セシリア嬢はご健在だ。…が、後者には答えかねる」

「…どういうことだ」


まどろっこしい言い方をする。後者?健在だが元気ではないということか?


「セシリア嬢は立派な大魔女になられた。帰って来てから数日であっという間に、大魔女にだ」


数日と言えど俺にはクソ長く感じられたし、実際そんなに短い期間ではなかったのではないかと思う。何にせよ、セシリアは前から立派な大魔女になりたいと言っていたから、まあ。


「そりゃよかったじゃねえか」

「よくないから来たくもないこんなところに私が来ている」


眉間にしわを寄せて嫌そうに言う。どういう意味だ?大魔女になったのはいいことじゃねえのか。


「……セシリア嬢はここのところ元気がない、無理をしておられるように見える」

「あ?」


なんでそれを俺に言う、そういう意味で聞き返した。セシリアが元気がないならば俺が理由を聞いて慰めてやりたい。しかし俺にはもう出来ない。聞いたってどうすることも出来ないのだ。執事は視線を上げたと思ったら俺を睨みつけた。


「貴様のせいだ。貴様のせいでせっかく称号も地位も手に入れたのに、心ここにあらずなのだ」

「…俺?」

「どうしてくれる」


なんで俺のせいだよ、と思ったが、すぐに答えが思い浮かんだ。俺がセシリアのことで頭がいっぱいで仕事が手につかないように、セシリアもそうなのだということだ。


「……言いてえことがある。セシリアを連れて来い。つか、セシリアよこせ」


そう言うと、執事は眉間にしわを寄せたままため息をついた。足元に魔方陣が浮かび上がる。


「…………貴様のような下等種族にセシリア嬢は託したくないが……。絶対に元気を取り戻させると約束しろ」


いつもなら否定する下等種族呼びも今はどうでもよかった。答えは一つ。


「ああ、約束する」


それを聞き届けて執事は消えた。







大魔女になったとはいえ、今までの生活が変わるわけではなかった。大魔女とは、理想よりもずいぶん違った。ただの称号でしかない。確かに、装飾が施された新品の杖は大魔女のそれだし、その杖に秘められた魔力のおかげもあって魔法でなんでも出来るようになったのは嬉しいが、心のどこかに空いた穴はどんな魔法でも埋まらなかった。ため息をついたそんな時、突然呼んでもいないのに魔方陣からオロバスが現れた。


「なんでオロバスが…!?」

「どうでもいいことです。それより、セシリア嬢」

「え」


ぐいっと立たされ、杖を握らされる。状況が理解出来ないんだけど、どういうこと?説明を求めてオロバスを見るが、オロバスはいつもの無表情でつぶやいた。


「申し訳ありませんでした」

「え、急に何の話?」

「いや…こちらの話です。では、セシリア嬢」


いってらっしゃいませ、と言ってパチンと指を鳴らす。私の体が浮遊感に包まれ、私は何一つ理解出来ないままに光の粒子となったのだった。


「……別に、貴様のためではないぞ、下等種族。私はセシリア嬢の笑顔のためにこうしたのだ。…セシリア嬢をもう一度泣かせたら…容赦せぬぞ下等種族。わかっているのだろうな」


セシリアがいなくなった部屋に残されたオロバスのつぶやきに返事が帰ってくることはなかった。


  




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