後日談の延長戦

 
衝撃的なセシリアの事件があった壁外調査を終えて数日が経ったある日、リヴァイ班の面々は執務室の掃除の最中にこそこそと集まっていた。


「兵長…全然元気ないよな、このごろ」


リヴァイ班、別名リヴァイ大好き班のこそこそ話の内容といえば大抵リヴァイのことなのだった。今リヴァイは自分の部屋の掃除をしている。普段の生活や仕事をてきぱきと進めるその姿は以前となんら変わりないように見えるのだが、その眼差しがどこか悲しげで寂しげなのをリヴァイ班の班員は感じとっていた。


「本当ですよね。どうかしたんですかね…」

「バッカ、セシリアのことに決まってんだろ」


エレンにオルオが言い返した。班員はハッとして全員目を伏せる。その件のことに関して、誰もが何と言っていいのか分からなかった。壁外から帰って来てすぐ一度話題に上がったのだが、リヴァイは過剰に反応するし気まずくなるしで、話題に上げたエレンがあとでペトラやオルオらに責めに責められたことがあった以来、セシリアの話はリヴァイ班にとって禁句扱いだった。


「まだ帰って来ねえよな、セシリア」


グンタがぽつりと呟いた。リヴァイ兵長はいないし、話してもいいかと視線で頷きあい、会話を繋ぐべくエルドが続く。


「いつかけろっと帰って来ると思ってたんだけどな」

「でも聞く限りじゃそんな雰囲気じゃなかったし、マジで帰って来ねえのかも」

「セシリアさん……なんで…」

「私たちが知るわけないでしょ、あの事件のことも後でハンジ分隊長から教えてもらって知ったのに」


はあ、とため息をつく。どれだけ話し合ったってセシリアが帰って来るわけでも、どこに行ったか分かるわけでもない。
もうセシリアはリヴァイ班の一員だったのだ。決して短くない期間仲間だった。その間に出来たたくさんのセシリアとの思い出。セシリアが欠けたことで出来た喪失感は、簡単に埋まらなかった。


「くよくよ言ったってしょうがないわ。セシリアがいなくなって私だってすごくさみしいけど、いつか帰って来ると信じましょう」


ペトラのその一言で、その話は収束を得た。


「それより、我らがリヴァイ兵長よ」


ガッと体を寄せ合い頭をくっつける。ペトラは人差し指をぴっと立てて静かに言った。


「リヴァイ兵長になんとか立ち直ってもらわないといけないわ。かなり心ここにあらずな状態だもの」

「それだよ」


うんうん、と揃って頷く。今日のメインの議題はこれだ。"兵長を立ち直らせるためには"。


「セシリアとどんな別れをしたっていうんだよ…」

「ハンジさん、俺たちには大まかにしか教えてくれなかったですもんね…」

「この状態でまた壁外とかなったら、大丈夫なのかよ…」

「聞こえてんだよてめえら」

「「!!」」


こそこそと会話を続けていたペトラ達の背後から、今まさに話し合っていた本人の低い声が聞こえて一斉に振り向いた。呆れたような眼差しを向けているリヴァイの手にははたきが握られている。慌てて屈めていた体をすぐに起こし、雑巾やらほうきやらそれぞれの掃除用具を手に姿勢を正した。


「余計な心配すんな。そんな話してる暇があるなら手を動かせ、掃除しろ」


返事をして掃除を再開する。リヴァイはバケツに水を汲みに来ただけだったので、水を汲んで部屋へと戻る。
部下に心配かけるなんて情けねえな、いい加減立ち直らねえと。それは前から思っていたことだが、なかなか忘れられない。セシリアと過ごした時間は、思い出は、もうリヴァイにとって手放せないものとなっていたのだ。






「ほら、見なさいオロバスッ!このリヴァイの状態を!人類最強がこれじゃ、あの世界は崩壊してしまうかも!」


所変わって、ここではテーブルを囲んで悪魔三人がお茶会をしていた。シトリーが水晶を指差してテーブルを叩く。この水晶は違う世界の様子を見ることが出来る高価なレアもので、シトリーが奮発して買ってきたものである。オロバスは興味なさげに紅茶を淹れた。キマリスは興味深そうに水晶を覗き込んでいる。


「下等種族など知ったことか」

「何故そこまでリヴァイが嫌いであるのか分からぬ」

「私は逆に何故二人が下等種族を名前呼びまでするようになったのかが分かりませんが」

「ああ、まあ…成り行きでな」

「それはいいとして!」


さっきから声を荒げているシトリーは何かに怒っているようだ。何か、というのは、他でもないオロバスである。少し落ち着いてまずは紅茶でもと促したオロバスにつられておとなしく紅茶を一口飲み、その香りを楽しんでから釣られてはならないと慌てて話を戻した。


「オロバス、このごろセシリアは元気にしてる?」


オロバスの変わらないポーカーフェースがぴくりと動いた気がした。紅茶を飲んで、カップを置いて。それからやっと答えた。


「セシリア嬢は…元気で今日も麗しくおられます」

「ふーん?あたしは違うと思うわ」


シトリーは喧嘩腰だ。気の強い性格だから良くある事なのだが。止めようか迷ったキマリスは、結局止めずに成り行きを見守ることにした。


「あの子、大魔女になったじゃない?」


そう、セシリアはここ数日でなんとすでに大魔女まで昇格していた。あの世界で鬼特訓を受けていたのが効き、もうほとんど修行は必要ないほどまで強くなっていたのだ。あとは数日の間、魔力コントロールの練習をするだけで良かった。暇な時は魔道書を読んでいたので知識も身についており、契約している悪魔もいるし、見習いからスキップしまくって早くも大魔女の称号を手に入れたのだった。夢がこうも簡単に叶うとは、こんなにあっけないものだとは、とセシリアも驚いていた。
それを思い浮かべてオロバスが頷く。


「だから聞いたの。大魔女になったんだし、あの世界にまた行けば?って」

「………」

「セシリアは何と?」


黙ったままのオロバスの代わりにキマリスが聞いた。シトリーは目を伏せて、苦笑する。


「行かないよって、笑ってた。そりゃそうよね、あんな別れ方して会えるわけないもんね」


数日前、あの世界に予想とはかけ離れた別れを告げたセシリア。好きだった相手、リヴァイに嘘をつき、罪をかぶって、礼も言わぬままに帰って来てしまった。実は、それが嘘だとリヴァイ達はもう気がついているのだが、セシリアはもちろんシトリー達もそのことについてはまだ知らなかった。


「…まあ、そうであろうな。裏切ったかたちになった訳であるしな…」


キマリスが腕をくむ。オロバスは無言で紅茶を飲んでいる。聞いてないわけではないようだった。


「笑ってたけど、泣きそうだったわ。ああいう笑みが増えたと思う。泣き笑い、っていうの?いや、作り笑いかな」

「我もそれは感じた。無理をしているように思う。セシリアらしくない。あの世界にいたセシリアは、もっと生き生きしていた」

「どうすんのよ、オロバス。あんた、セシリアがこのままでいいの?」


シトリーが言うと、オロバスは紅茶のカップを置いた。カップの中身はすでにカラだった。


「…………私にどうしろというのですか」


じろりと睨むようにシトリーを見る。シトリーはオロバスの返事が思わしくなかったのかプイと違う方を向き、足を組んだ。


「…べっつにィ。ただ、私が思うに、今回の件の全責任はオロバスにあると思うのよねぇ。ねえ、キマリス?」

「…執事は主を導かなければならないのだから、間違ってはおらぬかもしれぬが…仮に導けたとしても、そこに主の笑顔がなければ、それは正しいと言えるのだろうか。主の笑顔を護ることも執事の務めなのではないのか」


オロバスはキマリスのまっすぐな瞳に射抜かれ、目を伏せる。その深い藍色の冷たい瞳は、確かに憂いを帯びていた。シトリーはそれに目敏く気がつくと、とどめとばかりにつぶやいた。


「執事は主の笑顔を支える存在であって、主の笑顔を奪うことは一切あってはならない」


オロバスは顔を上げてキッと睨んだ。シトリーが少し怯んだ。


「…………私がセシリア嬢の笑顔を奪っていると?たわけたことを。私はもう失礼します」


言い残してふっとその場から消えたオロバス。消えちゃった、とシトリーはぱちくり瞬きして、キマリスと顔を見合わせた。


「怒ったかしら。怒らせるつもりはなかったんだけど」

「我には誤魔化したように見えたがな…まあ、我々はやれることはやった。あとは見守ることに徹するとしよう」

「…そうね」


シトリーが紅茶を淹れ直し、二人だけのお茶会が再開した。


  




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