愚かだった

 
砂煙が立つ。地面に降り立った私は、瞬きせず、呆然と、ただただ見つめていた。頭が正常に働かない。


「ぅうあああああああ!!!」


ハッとして振り向くと、兵士が頭を抱えて悲痛な叫びをあげていた。ガバッと頭をあげ、目を剥いて私を見る。すごい剣幕に息を呑む。


「てめえ、てめえェエ!!よくも!!俺の仲間がいたんだぞ!!」

「あ、………っ」

「まだ助けられたのに!!俺が助けるところだったのに!!邪魔しやがって、……殺しやがって!!てめえのせいで俺の班は全滅だ!!」


なんて言えばいい。もう無理だったんだ、もうとっくに死んでいたんだと告げるのか?そんな辛い現実を、ぶち当てられない。ならば、ごめんと謝ればいいのか?謝ったところでどうしようもない。兵士はきっと、私に謝られたら怒りをぶつける場所がなくなって、一人で嘆く、自分を責める。
もしかしたら違う方法があったんじゃないのか。切羽詰まって爆発させてしまったが、何も爆発させなくても、あの状況を打破出来る方法が、遺体だけでも取り返せる方法があったんじゃないのか。私の判断ミスだったんじゃないのか。
私の判断ミスで、この兵士にはもう仲間の遺体さえも残っていない。
私のせいで。


「やっぱりてめえは敵だったんだな!!この…っ、人殺しの魔女め!!」


ずがんと頭に衝撃を受けた。ぼろぼろと涙を流すその兵士から視線を離せない。
私は大事なことを忘れていた。そうだ。私は、魔女だ。ニンゲンとは違う、リヴァイさんとは違う。魔女なんだ、私は。


「………はは、」

「…!?何笑ってる!!」


自嘲しているんだよ。なんて愚かだったんだろう、魔女がニンゲンに恋をするなんて。そんな資格はない、だってこうして、命をやすやすと奪ったような、魔女なのだから。
初めて自分が怖いと思った。
私はここにいちゃいけない。帰らなければ。ならば、魔女にふさわしい去り方をしようじゃないか。
全て、私が背負おう。私のせいなんだ、この事件は。そうしたら、この兵士は自分を責めることなく、誰に怒りをぶつけることもない。私を憎むことで。
それが一番良い収め方。
私は"魔女"になる。





「エレン、セシリア見てねえか?」


セシリアの姿が見えない。近くにいたエレンに声をかけると、知りませんけどと言ってきょろきょろと探し始める。
あいつは本当に目が離せない。ちょこまかちょこまか動きやがって、ほんの少し見ていなかったらもう姿をくらましやがった。さっきまで兵士の傷を治していたと思ったんだが。


「兵長!こっちもいません」

「……ったく、どこ行ったんだ…あいつ」


ペトラが俺の元に走って来た。セシリアの姿が見えないとこうも落ち着かなくなる。ペトラもだが、俺もだ。
ふと空を仰ぐと、探していた姿が見えた。誰かを掴んでぶら下げて飛んできた。


「セシリア!どこ行ってやがった?そいつは…兵士か?」


降りてきたセシリアは兵士を捨てるかのように落とした。杖から降りて、俺を見る。その目はどこか冷めた瞳で、まるでセシリアではないようだった。


「セシリア…?」

「ああ、リヴァイさん」

「り!!リヴァイ兵長ぉおお!!」


兵士が倒れながらもぼろぼろの体を引きずって俺の元まで来た。そして、真っ青になって言う。


「リヴァイ兵長…っ、俺の班が全滅しました!!」

「……何があった?」

「魔女のせいで!!!」


セシリアを指さして叫ぶ。意味がわからない、どういうことだ。セシリアのせいで班が全滅した?セシリアは無表情で目を伏せている。


「何があった、落ち着いて言ってみろ」

「仲間が魔女に殺されたんです!!」

「…セシリアがんなことするはずねえだろう」


そうだろうと同意を求めてセシリアを見る。それでも目を伏せたままのセシリア。嫌な予感がした。
言え、セシリア。違うと、否定しろ。
視線をあげて、冷たい瞳が俺を映す。


「そうだよ」


そう言って肯定した。


「せっかく私が巨人を駆逐しようとしたのに、兵士が邪魔だったからもろとも消しただけ」


さらりと、そう言う。言葉にはあまり感情がなく、冷たい言葉だ。内容も、声も。
信じられない、セシリアはそんなことするやつじゃない。できるやつじゃない。兵士の命を救うために身を呈してでも守ろうとするようなやつなんだぞ、何を言ってる?
理解が出来ない。
俺が何も言えずにいると、兵士が叫んだ。


「命をなんだと思ってるんだ!!」

「下等種族の命なんか、どうでもいいもの。たかが四人くらい、別にどうでもいいでしょ?巨人は駆逐出来たんだから」

「たかが……だと!?くそっ、兵長、こんなやつだったんです!今まで本性を隠してたんですよ!!」

「黙ってろ」


自分の放った声が想像より低く出た。兵士は慌てて口を閉じる。
セシリアに一歩歩み出る。堂々とした態度のセシリアは、険悪な顔になっているであろう俺をひるむことなく見つめた。


「セシリア、何を言ってる?そんな奴じゃなかっただろうが。俺が一番分かってる。何があったか知らねえが…頭を冷やせ、冷静になれ」

「私は十分冷静だよ。リヴァイさんは分かってなかったの。これが魔女の本性だったんだよ。ニンゲンの命なんかいともたやすくつぶしてしまう。残酷で冷血で、真っ黒で醜い」

「…………何言ってる」

「リヴァイさんとは違うの。私、」


にいと顔を歪めて笑う。否、嗤う。


「魔女だから」


ぞくりとした。セシリアの笑みが人間のそれではないように見えたからだ。しかし同時に、辛そうに苦しそうにも見えて、目に焼き付いた。
魔女だから、その一言が胸にささった。ニンゲンと魔女じゃ愛し合うなんて無理だったんだと言われた気がした。
俺は何か言おうとしたが言葉が出て来ず、その場に立ち尽くすのみ。


「そろそろ茶番もおしまいね。せいぜい頑張って生き延びてね。バイバイ」


そう言って、踵を返す。ハッとして引きとめようと肩を掴む。


「待て!どこ行くつもりだ、まだ聞きたいことが…!!」


無理やり振り向かせたセシリアの顔は辛そうにゆがんでいて。痛いのかと思いぱっと手を離したとき、それに気づいた。


「お前、ペンダントは?」


セシリアの胸元にあるはずのペンダントが、なくなっていた。しかし、セシリアは答えずにすぐに杖にまたがって、振り返ることなく飛んで行った。


  




×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -