忠実がゆえの嘘

 
想いを告げられないまま月日がたった。
付かず離れずの関係を保ちながら、リヴァイさんからどきどきさせられる日々だ。時々ハンジさんからからかわれたりしながら、定期的にある壁外調査では毎回リヴァイさんに迷惑をかけてはいたものの奮闘し、"調査兵団の魔女"なんていつのまにか有名になっていたりもした。もちろん修行も怠らず、変わりのない毎日を過ごしていた。
ある日のことだ。自分の部屋の掃除をオロバスに頼もうと思って呼び出すと、オロバスはいつもより口元を引き締めて神妙な顔つきで現れた。


「何かあったの?」

「………帰り方が分かりました」

「本当!?さすがオロバス!」


前、私はオロバス達にあちらの世界への帰り方を探るように頼んでおいたのだ。今となっては忘れかけていたが。何かの文献に記してあったのかもしれない。帰る気はまだないが、いずれ帰らなければならないし、分かって良かった。
オロバスは説明を始めた。


「こちらの世界とあちらの世界を繋ぐ扉の役割をする魔方陣を展開すれば、その魔方陣で戻れるようです。普通、他の魔女もその扉を使ってこちらの世界に来ているようですので」

「なるほど…その魔方陣って?」

「魔道書に載っています。しかし、セシリア嬢一人ではまだ未熟で難しいかと。その場合は、私かキマリスかシトリーの協力を得れば問題ありません」


魔道書をパラパラとめくっていくと、確かに魔方陣の章に載っていた。"世界と世界を繋ぐ扉の役割を果たす。これにより、異世界への移動が可能。難易度高め"と書いてあり、複雑な魔方陣が載っていた。いつも読んでいたのに、気づかなかった。


「これかあ。なるほどねえ」

「模様が複雑なので容易ではありませんが」

「頑張れば大丈夫よ」


とにかく、帰り方は理解した。これで気が済んだらいつでも帰れるというわけだ。肩の荷が下りた気がして満足気に笑った。


「じゃあ、機会を見て、まあしばらくしたら帰ろうかなあ。ありがとオロバス」

「まだ話は終わっておりません。重要なことがあります」

「…重要?」


オロバスの表情が固くなる。…嫌な予感がする。私が説明を求めると、オロバスはゆっくりと口を開いた。


「セシリア嬢はまだ見習いの身…その状態でこの世界にずっといたら、魔力が弱まってしまうそうです。そのまま弱まり続けると…最後は魔力が消えてしまうやもしれません」

「………え、それって、魔女じゃなくなるってこと?」

「………そうです」

「……………なによ、それ…」


このままこの世界にいたら、魔女じゃなくなってしまう?初めて聞いた。耳を疑う。そんなの、聞いたこともない。しかしオロバスが言うなら正しいはず。
オロバスは続ける。


「一刻も早く、戻らなければなりません。そして失った魔力を回復せねば、セシリア嬢の身が持ちません」

「…………で、でもまだそんなに急ぐ必要はないんじゃない?だって、ほら、私まだピンピンしてるし」

「以前、シトリーが勝手に出てこれたでしょう。あれは、魔力が弱まっている証拠。支配する力が薄れているので、勝手に出てこれたのです。それに、上達したかに見えた魔法だって、この前、失敗したでしょう。忘れたのですか、スカーフが台無しになったのを」

「……………」


私は俯いて思い返す。少し前のことだった、確かに、シトリーが勝手に出て来てびっくりした。でもそれはたまたまだってシトリーは言っていたのに。あるいは、スカーフがまだらに染まってしまったこともあった。集中していたのに、大失敗だった。それ以来は目立った失敗はなかったが、未だにミスがあるときもある。
それらが全部、全部、魔力の減少のせいだというのならば。ごくりとつばをのみこんだ。


「も、戻ったら…もうここには来れないの?」

「まず先に、大魔女になることが先決です。でないと、扉となる魔方陣が一人で開けませんし、来たところでまたとんぼ返りしなくてはなりませんので」


オロバスの瞳を見つめる。じっと私から視線を離さないオロバス。その藍色の瞳に映る私は、泣きそうな顔をしていた。
じゃあ、もう当分は戻って来れないじゃない。そんなに簡単に大魔女になれるわけがないし。
リヴァイさんとも、会えなくなる。
お別れ____しないと、いけなくなる。


「すぐではなくても良いですが、できるだけ早いうちにご決断なされないと、手遅れになりかねませんので」


オロバスはそう付けたした。私の頭はぐるぐる回っている。


「……わかった。ありがとオロバス」


なんとかそう返事をして、一旦オロバスを帰らせた。しんと静まる中、ソファに倒れこんだ。突然のことに頭がついていかない。
まだ帰りたくない。まだ自分の気持ちに気づいたばかりで伝えてもいないのだ。リヴァイさんともっと一緒にいたい。帰りたくない。でも帰らなきゃいけないんだ。
そして、もう一つ問題があることに気がついた。このことをリヴァイさんに告げなければならないのだ。
これからのことに不安が募り、じわりと涙が滲み出た。






「何、出まかせ言ってんのよ…オロバス」


帰って来ると、後ろから声がかけられた。その声と気配で分かる。後ろをゆっくりと振り向けば、馴染みであるシトリーだった。腰に手を当てているその様子からは怒りの色が見える。


「…聞いていたのですか、シトリー」

「最初から最後まで、一部始終をじっくりとね」


シトリーは目の前まで歩いて来ると、私を睨みつけた。


「どういうつもりか知らないけれど…後半は全て嘘ね。魔力は消えたりなんかしないわ」

「………」


その通りだ。そう、私は嘘をついた。
我が主、セシリア嬢に。


「私のことを話に出したりして…私が出てこれたのは本当に偶然よ。魔法の失敗だってセシリアはもともとよくしてたわ。魔力は健在よ」


シトリーが責めるようにまくしたてる。シトリーは分かっていないのだ。私の考えが。私は静かに言い返す。


「良いのです、これが正しいのですから」

「何がよ」

「セシリア嬢がこれ以上あの世界にとどまっていたら、セシリア嬢はもとの世界に戻りたくなくなってしまいます。本当の目的を見失っている。セシリア嬢は、大魔女にならなければいけないのです」


あっけにとられたようなシトリー。その表情は、信じられない、と私の考えを否定している。しかし私は間違っていない。私は執事として、あるべきことを、当然のことをしたまで。私がセシリア嬢を導かなければ。それがたとえ、セシリア嬢が望むことではなくとも。自分に言い聞かせるように言う。


「セシリア嬢のためなのです。私はセシリア嬢に仕える執事ゆえ、セシリア嬢にとっての最善に導く使命がございますから」


すると、シトリーが呆れたように小さくため息をついた。


「…それが最善なのかしらね」

「最善です。セシリア嬢は魔女なのです、ニンゲンではないのだ。これ以上長居しては、その揺るがない真実を見失う」

「……。そうね、オロバス」


オロバスの言うとおりよ、と冷たく言って踵を返した。シトリーは何が気に入らないのか。たとえセシリア嬢があの世界にいたいと思っても、それは自分のためにはならない。道を踏み外す前に、手を打ったのだ。
全ては、セシリア嬢のために。
先ほどの泣きそうだったセシリア嬢を思い浮かべる。どうして泣くのです。帰る方法が分かったのは喜ばしいことでしょう。


「主人に忠実なのは良いことであるが…忠実すぎるのも考えものであるな」


いつのまにか近くにいたキマリスがそう呟いたのも無視して、目を閉じて呟いた。


「セシリア嬢。早くお帰りください。あなたは帰るべき場所が他にある。あなたの居場所は、そこではないのです____。」



  




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