失敗談を語る

 
先日、リヴァイさんの想いを聞くだけ聞いて、私の想いを伝えるのを忘れるという痛恨のミスを犯してしまった。
なんということだ、なんか私ズルい。伝えなくちゃ、誤解が起きてるかもしれないし…!そうは思うものの、今さら直接言いに行くなんてこと、恥ずかしすぎて出来ない。リヴァイさんが何やら書類を持ってエルヴィンさんの部屋に行っている間、湯気が出そうな頭を抱えてうんうんと悩んでいる私なのだった。
そんな時、どこからかエレンとペトラ、オルオの叫び声が聞こえた。何かあったのかな。


「セシリアーー!」

「助けてくださいいいい!」


悲鳴にも似た叫びを上げながらペトラとエレンがドアをバタンと開けて入って来た。そして、後を追って来たオルオの手には何か白いものが握られていた。


「どうしたの?」

「これなんだけどよ…」


オルオがひらりと広げたそれは、普通の、どこかで見たことがある真っ白のスカーフなのだが、不自然に一部だけ微妙に色が違う。何かがこびりついている。それ以外はいたって普通のスカーフだ。


「これ……リヴァイさんの?」

「そうなの!」


そう、リヴァイさんがいつも身につけているスカーフだ。これがどうかしたの、と聞くと、ペトラが目を逸らしながら言いにくそうに答えた。


「洗濯してたんだけど…他の奴を洗っているすきに、その…」

「鳥がフンしちゃったんです!!」

「ふ…フン!?」


受け取って、まじまじと見てみる。一部色が違うところは確かにフンの跡のようだ。だいぶ薄くなっているのでこすって落とそうとした感じではあるが、強くこびりついていたのだろう、結局落ちていない。それにほんの少し異臭がする。
オルオは真っ青な顔で言った。


「洗って落とそうとしてたんだが…なかなか落ちなくてな…」

「うわああ兵長にばれたら…っ」


三人がぶるりと震えた。スカーフ一つでどんだけだよ、と思うが、相手はリヴァイさんだ。無理もない。潔癖性のリヴァイさんが、自分のスカーフがフンで汚れたなんて知ったら、そのスカーフは瞬殺でゴミとなるだろう。代わりに新しいスカーフを買ってくればいいんじゃないかと提案すると、深刻そうなオルオが首を振った。


「兵長のスカーフは内地のブランドの店のやつですごく高級って聞いたことがあるんだよ…そんじょそこらのスカーフとはちげぇ」

「じゃあオルオのスカーフはだめ?」

「話聞いてたか!?俺のスカーフなんかとはちげえんだよ"っ」


早口で言い返したオルオは舌を噛んでしまった。そんなこと気にもとめないペトラはスカーフを私に差し出した。


「だからね、セシリア…!魔法でなんとか出来ないかしら!?」


ああ、最初からそのつもりだったのね、と理解する。なるほど。私の魔法なら、元のきれいなスカーフに戻すことも、確かに可能かもしれない。涙目で私を見るペトラとエレン、オルオ。オルオの涙は痛みの涙だが。


「よ、よし…!やるよ!」

「よかったあー!ありがとうセシリア!生き延びたわ!」


ペトラが飛んで喜ぶが、まだうまくいくとは決まったわけじゃない。元に戻す魔法ならば簡単だし、このごろ魔法は上手くなったから大丈夫だとは思うが、ペトラの安心しきった表情やエレンの輝く視線がプレッシャーになる。落ち着け落ち着け、頑張れ私!杖を構えて集中する。スカーフをテーブルに置いた。息を吸い込んで、目を閉じて、しっかりイメージして目を開けた。


「元のきれいなスカーフに、なれ!」


ぱん、と破裂音に似た音がして、煙が出た。その煙が晴れてそこにあったのは、なぜか汚い茶色のまだらに染まったスカーフだった。


「……いやいやいや」


失敗なんて信じないよ?いやこれどう見ても成功でしょ?ん?成功?


「失敗したーー!!」

「「終わったァァア!」」


三人が膝をついて絶望する。私はもう一度魔法をかけようとしたが、もしさらに失敗を重ねてしまったらと思うと出来なかった。
そのとき、扉が開く。恐る恐る入って来た人物を見ると、何も知らないリヴァイさんだった。リヴァイさんは、のろのろと立ち上がる三人と立ち尽くす私を見て、それからテーブルにある茶色の塊を見て状況が理解出来ないとばかりに眉をひそめた。


「………どういう状況だ?」

「あっ、あの…えっと…!」


しどろもどろになるペトラ。汗だらっだらなんだけど大丈夫か。いや私もか。
決定的なトドメをさしたのは私なのだから、全責任は私にあると言っても過言じゃない。ペトラに言わせてどうする。小さく決心してずいっと前に出た。


「ごめんなさい、リヴァイさん!私、魔法で失敗しちゃって…リヴァイさんのスカーフ、台無しにしちゃったの」


茶色の塊を広げて見せる。リヴァイさんはぽかんとしている。ペトラが慌てたように私の腕を掴んだけど、こんなにしたのは私だから、と小声で言った。リヴァイさんは見る影もないスカーフだったものを触らずに指差した。


「………これが俺のスカーフか?」

「う、うん…ごめんなさい、リヴァイさんの大事な高級なスカーフを…」


しゅんとして俯くと、リヴァイさんは何も言わずに数秒見つめて、言い放った。


「セシリア以外は今すぐ出て行け」


ペトラ達がびくびくしながら駆け足で去って行く。うわー…これっていわゆる躾が始まんのかなあ…痛そうだなあ…と死んだ目で見送っていると、帰り際申し訳なさそうにエレンがちらりと私を見た。心配させたらいけないとにこっと笑ってみせると、そのまま扉を閉めた。


「さて」


ひいい!何されるの私!削がれる!とびくついていると、リヴァイさんはスカーフを指差した。


「まずクソ汚ねえそれを捨てろ」

「あ、うん…」


ゴミ箱に入れ、リヴァイさんの顔色を伺うと、普通の表情だ。怒っていないように見える。拍子抜けして目をぱちくりさせる。リヴァイさんはソファに座った。


「…何びくついてる。何もしねえよ」

「え、だって、大事なスカーフをあんなにしたのに」

「あれ一つなわけねえだろ。替えならある、一つくらいなくなっても問題ねえ」

「そうなの?」

「ああ」


ホッとして胸を撫で下ろす。良く考えてみればそうだ。あれ、でも、と疑問が浮かんだ。


「じゃあなんでペトラ達を追い出したのよ」

「あ?セシリアと二人になりたかったからだ」


文句あるか、と何でもないことのようにリヴァイさんが言う。良くもそんな恥ずかしいことをさらっと言えるものだ。あたふたしていると、ハッと思い出した。そうじゃん、私の気持ち、伝えるなら今しかない!
リヴァイさんの隣にぽすんと座る。リヴァイさんの驚いたような表情がかなり近くにある。どきどきする心臓に手を当て、落ち着けと念じながら、言葉を紡ぎ出す。


「り、リヴァイさん…」

「…?どうした」

「私…も…」


すう、と小さく息を吸う。言う!


「す」

「兵長ぉお!そのスカーフ…!!セシリアさんのせいじゃないです!!」


き、と言う寸前、ドアをばんっと開けてエレンが飛び込んで来た。


「そのスカーフは……、…あの……」


言いながらどんどん青ざめて行く。リヴァイさんが立ち上がった。ゆっくり歩いて行き、エレンは後ずさりしている。その後ろでペトラとオルオが壁に隠れながらひっそりと様子を伺っているのが見えた。


「てめえ…せっかくの二人きりを邪魔しやがって…覚悟は出来てんだろうな………」

「へ、あの…へいちょ…」


すごい痛そうな音がしてエレンが転がって行く。言いそびれた…!あと五秒あれば言ってたのに。エレンのばか…!フルボッコにするリヴァイさんに少しだけやっちゃえ、なんて思ってしまったのは秘密だ。


  




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