遅咲きの恋の花
「ハンジさんかくまって!!」
「へ!?」
ハンジさんの執務室に駆け込み、テーブルの下に隠れる。荒い息を整えて、深呼吸を繰り返す。なんだどうしたと覗き込むハンジさんに、唇に指を当ててしーっと言った。
「リヴァイさんから逃げてるの!」
「そりゃまたどうして?」
「追いかけて来るんだもの…!」
さっきから、リヴァイさんが私に話しかけて来るのだ。少し話がある、と。何かと思ってついて行くと、あれの続きだ、と言い出すのだ。たちまち私は逃げ出し、人類最強と魔女の鬼ごっこが始まった。
「逃げなければいいじゃない」
「それはそうなんだけど…」
逃げずにはいられないのだ。ハンジさんはわからないだろう。私でもよくわからないのだから。どういう顔をすればいいのかわからないし、何より恥ずかしくて面と向かって話が出来ない。逃げ出したくなってしまうのだ。聞きたいのか聞きたくないのかさえ自分でもよくわからない。それにリヴァイさんに追いかけられると、本能的に逃げたくなる。超怖い。とにかく、これは普通の鬼ごっこではない。生死を分ける鬼ごっこなのだ。
すると、足音が聞こえてすぐにドアが開けられた。体をすくめて息を殺す。リヴァイさんだ。
「ハンジ、セシリアが来なかったか?」
ハンジさん、言わないで…!!念を送っていると、ちらりとこちらを見たハンジさん。一瞬だったが、にっこりと笑った。黙っていてくれるのだろう。さすがハンジさん…!私の味方!
「セシリアならここにいるよ!」
「裏切り者ぉお!!」
イイ笑顔でテーブルの下をびしっと指を差した。これは叫ばずにはいられない。最悪だ。
リヴァイさんが身を屈めて覗き込んだ。ばちりと視線が合う。さっと目を逸らすと、腕を掴まれて引っ張り出された。
「うわああ助けてハンジさん!」
「いやーこりゃ見ものだなあ!」
「ダメだこの人!」
「セシリア、こっちを見ろ」
ぐいっと顔を無理矢理向かされる。もう観念するしかない。
「分かった、セシリア。逃げるほど嫌なら、聞くだけでいい。何も言わずに、聞け」
「嫌ってことじゃ、」
「いいから聞け」
反論しかけた口を閉じる。違うのに、と思うが、言い返せば今度こそ削がれそうだ。
リヴァイさんに引き寄せられ、柔らかく腕に閉じ込められる。
「好きだ。お前は俺が守る。だから、他の奴に触れさせんな。俺のそばにいてくれ」
リヴァイさんの声は今まで聞いたことがないくらい優しくて。
なぜか、じわりと涙がこみ上げる。泣くまいと我慢しながら、頷いた。
「うん」
この涙の理由が、分かった。私、その言葉が聞けて嬉しいんだ。リヴァイさんのこと、好きなんだって、やっと気づいた。リヴァイさんの笑顔がもっと見たい、リヴァイさんの悲しい顔は見たくない。好きだから。だから、私はあんなにも頑張れたんだね。
しばらくそうして、ぱっと離れる。涙もなんとかこらえたし、一刻も早く熱い頬を冷ましたかった。
「じ、じゃあ、私修行してくるね!」
「ああ」
とにかく早く出て行きたくて、窓から飛び立った。ああもう心臓がうるさい。それにしても何か忘れてる気がする。
そして気づいた。
私も好きって、言ってない。
「…笑うなハンジ、削ぐぞ」
「…っ、だってさあ…っ」
くっくっく、と肩を揺らして笑うハンジ。これでも笑いを抑えているらしいが、全く抑えられていない。
セシリアが見えなくなったのを確認して、全神経を緩め、はあ、と息を吐きながらソファに座った。
「いや〜…ほんと、いいもん見たー!リヴァイがこんなことするなんて予想外すぎて、ひいい…」
ハンジが笑いすぎて涙出てきたと言いながら目元を拭う。ムカつくクソメガネだ。こっちは少なからず緊張していたというのに。
ハンジはにやにや笑って頬杖をつく。
「これでめでたく恋人同士ってことかい?」
「……は?んなわけねえだろうが…片思いだ」
「ぶっふ!リヴァイが片思いって…っ、て、はあ?」
ずれ落ちそうになったメガネを押し上げる。こいつはどうやら盛大な勘違いをしているらしい。
「全力で逃げられたんだぞ。聞きたくないってことだろうが」
「あー…いや、それは」
「まあいい。いつか必ず惚れさせてやる。長期戦だな」
「…………」
堂々と言い放った俺を見つめてハンジは呆然としていたが、また肩を揺らして笑い始めた。
「本当君たち面白いよ…!私は今後の展開を見守るとしよう!」
「見守らんでいい」
「盛り上がっているところ悪いな、書類を届けに来たんだが」
「良いところに来たね、エルヴィン!実はさあ!」
「黙れクソメガネ!」
モブリットが言うには、その日のハンジの執務室は、今までにない賑やかさだったという。
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