胸を焦がすその感情の名は

 
壁外から部屋に戻って来るなり、ソファにどっかりと足を組んで座った。


「エレン、紅茶」

「は、はいっ!」


エレンに単語で命じると、ビクついて紅茶を用意し始めた。オルオ達はさっさとどこかへ行ったし、残ったペトラは若干青ざめている。俺の機嫌が悪いからだ。


「ど、どうしたんですか…兵長?お体でも、」

「ちげェ。セシリアだ」

「セシリア?」


口が滑った。言うつもりはなかった。チッと舌打ちする。エレンとペトラはビクつきながらもきょとんとして次の言葉を待っている。ここまで言えば最後まで言うしかない。足を組み直して、口を開いた。


「壁外で、俺がやったペンダントのことを忘れてまた無茶しやがった。その上、助けようとしたのがエレンだから気に食わねェ」

「おっ、俺!?」


はじめて聞きました、と目を見開くエレンの頬は紅潮している。それにまた腹がたつ。何喜んでやがる、削がれてえのか。


「そして、そのセシリアを助けたのは俺じゃなくてセシリアの悪魔だ。俺から離れんなと何度も言ってるのに」


そういや、抱き抱えてやがったな、あの悪魔。思い出したらイライラしてきた。紅茶を一気に飲み、ダン、とカップを置く。ペトラが慌ててカップを下げる。すると、エレンがおずおずとだが決心したように切り出した。


「あの、兵長っ。一言良いですか」

「…なんだ。言ってみろ」


再び足を組み直して顎をしゃくる。エレンはそのままの良い姿勢で、こう言い放った。


「ガキですか、兵長」


……ほぅ、聞き間違いじゃねェなら、こいつはなかなか勇気がある。いや、死に急ぎなだけか。
俺は何も言わず立ち上がり、真っ青になっているペトラの前を通り過ぎ、エレンの前に来る。エレンと視線を交わすが、見上げる位置にあるのが頭に来る。そして、右足をゆっくりと引く。足を払って倒し、倒れたエレンを踵でぐりぐりと踏みつけた。


「いってェエ!」

「エレンよ、誰がガキだって?」

「だ、だってそうじゃないですか!それって、兵長、セシリアさんのことが好きなんでしょう!?」


ぴた、と足を止める。
なんだと?俺が、セシリアを好き?


「俺に、悪魔に嫉妬してるんでしょう?セシリアさんを独り占めしたいってことですよね?」

「…………俺が?」

「そうですよ!」


エレンは這いつくばりながら俺を見上げる。その表情は確信を持っていた。
良い歳して嫉妬だの独り占めだの、なんだそりゃガキか。俺はんなことしてねェ。そもそもセシリアのことを好きだなんて。
追い打ちをかけるようにエレンが叫んだ。


「リヴァイさんがぼやぼやしてると、セシリアさん、誰かに先に取られますよ!例えば…俺とか!」


セシリアがエレンに取られる?つまり、セシリアとエレンが恋仲になる、ということか?
足をエレンから下ろす。そして、体を蹴り飛ばした。


「冗談じゃねえ」


エレンが痛さに悶え、ペトラが介抱するが知ったことか。セシリアを俺から奪うだと?冗談じゃねえ、やれるものならやってみろ。あいつは俺のものだ。エレンにも、悪魔にも、誰にも渡さねえ。
いわゆる独占欲が心の中にむくむくと湧いて来る。これが嫉妬なのだと気づいたときには、もう手遅れだった。
俺はセシリアに恋をしていたのだ。

そのとき、ドアがガチャリと開いて、噂の本人が入って来た。なんてタイミングだ、驚いて目を見開く。セシリアは切羽詰まった顔で俺に向かって歩いて来る。


「リヴァイさん…!どうして怒ってるの?やっぱり、私のせい?だったらごめんなさい!どうしても聞きたくて」

「そうだてめェのせいだ」


セシリアがビクッと反応した。睨みつければ、前と同じぶれない力強い瞳がほんの少し揺れて俺を見つめる。
もういっそ、全てを告白してしまおうか。こいつを手に入れたいと、本気でそう思ってしまったから。俺がこんなガキくせェ感情をまだ持つことが出来たとはな。ため息を一つして、口を開いた。


「エレンなんぞを助けるためにまた無茶しやがって。ペンダントのこと忘れてやがっただろうが…割れても良いのかよ。その上、あの悪魔に助けられて抱きかかえられてやがる」

「り、リヴァイさん?」


言いながら一歩踏み出すと、セシリアが一歩後ずさった。また踏み出すとまた後ずさり、どんどん後ろに下がって行く。


「イライラするんだよ。俺以外に触んな。守らせんな。セシリアを守るのは俺だ」

「…………えっと、どういう、」

「嫉妬してんだよ、悪いか。俺のものにしてえ」


もう壁まで来た。セシリアはもう下がれない。そして俺がもう一歩踏み出して、壁に手をつく。かなりの近さにセシリアの顔が赤く染まっていく。一呼吸置いて、口を開いた。


「セシリア、」

「セシリア嬢」


その瞬間、遮るようにガチャリとドアを開けたのはあの執事野郎だった。なんでこいつがここに…
セシリアに迫る俺と目が合うと眼光を鋭くしてギロリと睨み、しかしすばやく無表情に戻してセシリアに視線を移した。


「そろそろお暇してもよろしいでしょうか」

「…あ、そ、そういえば、紅茶頼んだまま…!うん、もういい」

「では」


姿勢を正して消える寸前、俺を見た。セシリア嬢に変な真似をするなよ、とでも言いたげな視線。くそ、良いところで邪魔しやがって。確信犯だな。


「あ、の、リヴァイさんっ!私、ハンジさんのところに忘れ物してたから…!」


余所見している間に腕と壁の間を抜け、ドアを開けて走って行ってしまった。忘れ物したなんて、十中八九嘘だろう。執事野郎のせいで大事なところを言いそびれてしまった。これじゃ寸止めだ。逃げられたし、モヤモヤする気持ちが残ったまま、ソファに座り込んだ。全部あの執事野郎のせいだ。次は削ぐ。
セシリアに今度こそ伝えようと考えているうち、いつのまにか眠ってしまった。


「………俺たち、完全に忘れられてましたよね」

「ええ…………」


エレンとペトラが部屋の隅でそう呟いたのも聞こえるはずもなかった。





「うわ…うわ、わ、わ、…っ!」


ドアを閉めてずるずると座り込む。顔が熱い、熱い、熱い!落ち着け、落ち着け私!何が起きたっけ、えっと!ぐるぐる回る思考を無理やり働かせる。
リヴァイさんに起こっている理由を聞きに行った。予想通り、私のせいらしい。でも、その理由は。


『嫉妬してんだよ、悪いか。俺のものにしてえ』

「わああ!」


叫んでしまって、慌てて口を抑えた。誰かに聞こえてないだろうか。きょろきょろと見渡したが誰もいない。セーフだ。オロバスが来なかったら、あの続きを聞いていただろう。聞きたいような、聞きたくないような。
そのとき、寄りかかっていたドアが開き、出て来たエレンと目が合った。


「あ、セシリアさん…こんなとこに」

「あっ、え、エレン!リヴァイさんは!?」

「寝ちゃいました。…顔、真っ赤ですよ」

「…!」


指摘されるともっと恥ずかしい。あたふたして、そこからダッシュで逃げた。
残されたエレンは一つため息をついた。そのため息は何を意味するのかは、誰も知らない。


  




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