孵化する恋慕

 
少し前、魔女が調査兵団に現れた。名をセシリアと言う。

第一印象は悪かった。魔女だと言い張るそいつを、でたらめだと、くだらないと言って信じなかった。爆発くらい爆弾を使えばどうとでもなるし、杖にまたがって浮遊したのも手品だろうと思っていた。
"魔女"なんて、所詮は空想上の存在だと思っていたから。昔、外の世界の本に載っていたのをちらりと見た程度だった。冷血で残酷な、人間を弄ぶ、それが魔女だと書いてあったのだ。
だからエルヴィンにかなり抗議したし、入団に反対した。成り行きで入団してしまい、俺が世話役になってしまったが。

しかしそいつは、本物の魔女だった。

料理を変えたり、割れたカップを治したり、変な奴を呼び出したり。奇跡のような"魔法"を数多く目の当たりにして、それでも信じない、でたらめだなんて言えるわけがなかった。


そんなセシリアが初めて壁外調査に参加した。本当は、俺はあまり乗り気じゃなかった。本当は止めるようにエルヴィンに言いたかったくらいだった。あいつは壁外の惨状を知らない。よく言い聞かせてはいるが、甘く見ている。そんなんじゃ食われて死ぬだけ、そういう世界だ。だから墓に連れて行った。少しは覚悟を決めたようだった。

セシリアの魔法は絶大だった。だから頼ってしまった。傷の治療まで出来たから、セシリアは倒れるまで無茶をした。そこまでやると思っていなかったから少し驚いた。なんで人間のためにそこまで必死になる?本当に魔女らしくねえ女だ。

あいつを部屋まで運んだ後のことだ。俺は気づけば変なことを口走っていた。


「死んだ人間を生き返らせることは出来ねえのか」


言ってすぐ、セシリアの表情が固まったのを見て後悔した。取り消そうと思ったら、セシリアが口を開いた。


「たくさん、死者がでたけど…みんな、戦って死んだんだ。最後の最後まで屈せずに、抗って、精一杯生きて、死んだ。死んだことは悲しいことだけど、それは、美しいことだと思う」


そう言うセシリアは重くのしかかる何かに耐えるような、そんな表情をした。俺を見つめる強い瞳は透き通っていて、何のくすみもない。


「そうして死んでいったのに、無理矢理引き戻すのは、気高く死んでいった人間に失礼だと思う。だから、たとえ蘇生が魔法で可能でも、私はやりたくない」


小さく細い声で、しかし凛とした声で言い切ったセシリア。その顔に知らず知らずのうちに見入っていて、魅入っていて。はっとして目を逸らした。


「………変な質問だった。今のは忘れろ」


そそくさと部屋から出て、扉を閉める。そしてはあとため息をついた。
意思の強い瞳だった。何か、信念のようなものがあるのだろう。変なことを聞いてしまったという後悔はあるが、セシリアの新たな一面を見たように思えた。
あいつ、あんなことも考えているのか。馬鹿じゃねえらしい。

うるさくて、へらへらしてて、変な奴。でも本当は意思が強くて芯があって、なぜか放っておけないと思う。セシリアはそういう奴だ。





「リヴァイー!」


ごちゃごちゃと考えながら新しい氷袋を用意していると、ハンジの声が聞こえた。振り向けばやはりハンジが近寄って来ているところだ。


「聞いたよ!セシリア、熱あるんだって!?」

「ああ。見舞いになら行ってやるな、てめえが行くとうるさくて悪化する」

「ひどいなあ、私だってセシリアが病気ともなればさすがにおとなしくするよ?いやそれより」


ハンジが俺の手元に視線を落とす。俺は氷袋を結んでいる。


「リヴァイもしかして看病してるのかい?」

「だったらなんだ」

「珍しいなと思ってさ!あのリヴァイ兵士長が熱出した魔女の看病してる、って兵士たち騒いでたよー」

「…俺が看病したら悪いか」

「いや、そういうわけじゃないけどさ?リヴァイ、いつも誰か風邪ひいてもそこまでしないじゃないか、せいぜいお見舞い程度で」

「…あいつの熱は、俺のせいでもあるからな」

「そうなの?まあいいけどさ」


いやあリヴァイも丸くなったよね、などと言いながら様子を眺めるハンジ。なんだか癪で蹴りを入れようと足を出したがヒョイっと避けられた。


「ああ、そういえば。見てよリヴァイ!」


何かを思い出し、ポケットに手をつっこむ。早くしろと急かせば、ハンジはポケットから手を出した。
ハンジが取り出したのはビニール袋に入ったワッフル。メープルの香りがふわりと漂う。ワッフルなんてどうしたんだ。


「この前内地に行った時に買ったんだ。たまにはスイーツもいいかなーってね。リヴァイも食べるかい?一つあげようか」


ガサガサと袋を開けて一つ差し出される。手のひらほどの大きさもあるワッフルは確かにうまそうだが、俺は腹が空いているわけではなかった。


「いや、いらん。腹は空いてない」

「そう?もったいないなあ、じゃあ私が食べる」


言うなりぱくりと口に入れてもぐもぐと美味しそうに食べ始めた。座って食えよ、こぼすだろうが。
ハンジを置いて立ち去ろうとしたとき、ふとある考えが浮かんで振り向いた。


「おい、やっぱりもらう」

「ええ、なんでさ。数量に限りがあるんだけど」

「いいからやれ」


有無を言わさず一つひったくる。ハンジは不思議そうに俺を見た。


「リヴァイが食べんの?」

「いや、俺じゃねえ。セシリアにやる」

「セシリア?」

「具合が良くなったときにでも食べさせりゃいいだろ」


あいつなら喜んで美味しそうに食べるに違いない。容易に思い浮かんで少し面白かった。ハンジはきょとんとしていたが、しばらくしてニヤッと笑った。


「ふーん、そっかあ、セシリアにねえ」

「…なんだ。気持ちわりいな」

「いやあ、リヴァイのくせに優しいなあと思ってさ。セシリア、喜ぶだろうね!」

「そうだな」


思い浮かべてふっと頬が緩む。食欲がないと言っていたから食欲が戻ってからでも食わせるか。糖分をとれば少しはマシになるかもしれねえしな。
そうしてその場を後にした。



「いやー…リヴァイがあんなに優しく微笑むだなんてね…セシリア、どんな魔法をかけたんだろうな」


ハンジの呟きは誰の耳にも止められず、かき消えた。


  




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