忠実なる執事
リヴァイさんの執務室は全くと言っていいほど散らかっておらず、資料や書類が山積みになっている以外はきちんと片付いていた。これのどこを掃除しろというのだ。
「掃除しなくていいじゃない、こんなにキレイなら」
「バカ言え。このところ忙しくて、まともに掃除していなかったから、埃が溜まっているだろうが」
顔をしかめるリヴァイさん。つかつかと歩いて窓を開け放つ。いきなり風が吹いて来て服が揺れる。
「あのねえ、魔女の家なんてね、五日に一度掃除すれば良いほうなのよ?掃除は散らかってからするものなの」
「不潔だ、きたねェ」
「魔女ってそんなに清潔感溢れるイメージじゃないでしょ、もともと」
呆れるように目を細めて言う。リヴァイさんも清潔感溢れるイメージじゃないけどね。なんて思いつつ。
リヴァイさんは、私にはたきをずいっと渡して来た。それを押し返し、杖を握った。
「私が掃除しても、足でまといにしかならないわ。だから、私の執事にやってもらおう!」
「は?いねェだろ執事なんて」
「今から呼ぶから待ってて」
杖で床に簡単な魔方陣を書く。とは言っても、土ではないので跡がつかなくて書きにくい。感覚で書き、その前に立つ。
「オロバス召喚!」
床が光りだし、魔方陣が浮かび上がる。光の中から現れたのは、執事服を着た、顔の整った若い青年。いかにもな執事が無表情でそこに立っていた。
「お呼びでございますか、セシリア嬢」
落ち着いた声を発して冷ややかな目を開ける。深い藍色の瞳が私を映す。
「えーっと、オロバス。まず、状況は分かる?」
この執事のことだ、私のことはなんでもお見通しのはず。とは思いつつ、聞いてみる。
オロバスは視線だけ動かしてリヴァイさんを見る。私も視線を追うと、リヴァイさんは眉を寄せてオロバスにガン飛ばしていた。怖!
「…大体把握しております。セシリア嬢がまた失敗を犯し、変わった世界に飛んで来てしまった訳でしょう?今は、私に掃除をしろというご命令ですね?」
「……よくご存知で」
言葉にいちいち、ちくちくと棘があるような気がするんですけど。だが間違ってはいないのでむうと唸る。オロバスは、深くため息をついた。私をじろりと見て口を開く。
「阿呆ですかセシリア嬢。だからあれだけ言っていたのです、いつも気を抜くなと」
「気なんて抜いてないし!」
「ただの瞬間移動でトリップするだなんて、逆に尊敬いたします。どうやったらそのような真似が出来るのか」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてませんけなしております」
「わかってるわよ!」
出た出た、オロバスの暴言。主に対してここまで辛辣な執事もなかなかいない。退屈しないからいいけど。
魔女は見習いでも、一人は悪魔と契約出来る。立派な魔女になるにつれてたくさんの悪魔と契約出来るようになる。で、たまたま契約した悪魔がオロバスだったのだ。
契約した当初は、イケメンで誠実な執事と契約出来てラッキー☆と浮かれていたのだが、本性を表してからは大変だった。根は優しく、忠実な執事だから、信頼しているのだが。
「おい、セシリアよ…説明しろ」
「えっと…この男、私の専属執事のオロバス。これでも悪魔よ、一応」
悪魔と聞いて怪訝そうにするリヴァイさん。オロバスを疑いの眼差しで見ている。
「セシリア嬢の執事、オロバスと申します。セシリア嬢は阿呆なのでご迷惑おかけしているかと」
「ああ、よく分かってるじゃねェか」
「もう、オロバス!いいから早く掃除して!」
「…かしこまりました」
やっと掃除を始めたオロバス。それをリヴァイさんと遠巻きに見ながら話す。
「いい加減にしたらやり直させろよ」
「大丈夫、オロバスはなんだかんだ言いながらきっちりやる奴だから」
きっとオロバスなら埃一つ残さないくらいやってくれるはずだ。いつもそのくらいしてくれるからだ。あの暴言と態度さえなければ、文句なしなのに。
そう思いながらオロバスを眺める私に、リヴァイさんがつぶやいた。
「あの執事、動きに無駄がねェ…」
「でしょ?とっても頼りになるんだよ」
「あんなやつも呼び出せるなんて、やるじゃねェかセシリア」
ニヤリと笑うリヴァイさんを見てぱちくりと瞬く。まさかリヴァイさんが褒めるなんて。
ふふ、と笑みがこぼれる。視線をオロバスに戻すと目があって、上機嫌で塵一つ落とさないでと声をかけた。
しばらくして。
オロバスは、無駄のないてきぱきした動きで、潔癖性のリヴァイさんも認めるほど見事にこなした。
「いかがでしょうかセシリア嬢」
「すっごーい!床も窓もピカピカ、本当に塵一つ残ってない!」
「ほぅ…」
オロバスすごい、と褒めると、少しだけ満足そうに口角を上げた。…しかし。
「…私の部屋はこんなにはならないけど?」
「セシリア嬢の部屋を掃除するときは本気を出しておりませんので」
「なんですと」
そりゃそうでしょうと言わんばかりにえらそうな態度。それでも執事かこのやろー。
「なかなかやるじゃねェか執事」
リヴァイさんが三角巾をとりながら満足気にオロバスに言うと、オロバスは丁寧な姿勢のままあからさまに眉間をしかめた。
「貴様に褒められても何も嬉しくない、下等種族が」
「おっ、オロバス!?」
「…ああ?」
急にオロバスの様子がおかしい。視線が鋭く、威嚇しているようだ。心なしか殺気まで放っている。
「セシリア嬢の満面の笑みなどもらいおって、私でもなかなかお目にかかれないというのに。下等種族のくせに良い気にならないでいただきたい」
「ああ?意味が分からねえな悪魔野郎が」
視線でばちばちと火花が飛んでいる気がする。怖いよ二人とも!挟まれてる私の身にもなって!
満面の笑みとか向けたっけ、と思い返すと、そういえばさっき珍しく褒められたときか。でもあれって満面じゃないよ?というか、あのくだりを見ていたのかこやつ。
とかなんとか考えていると、オロバスが私に言った。
「セシリア嬢、この男にあまり近づいてはなりません。手を出されたらすぐに私をお呼びください」
「出さねェよ、何を考えてんだ悪魔野郎」
「あんたは父親か。心配しなくてもそんなことにはならないからね。急にどうしたの、オロバス」
少し引きぎみに言うと、オロバスは胸に手を当て敬礼した。
「私はセシリア嬢にお仕えするのが役目。セシリア嬢に近づく男は敵でございます故」
「リヴァイさんはそんな人じゃないよっ」
「そろそろ削いでいいか」
「落ち着いてリヴァイさん!!」
二人が険悪なムードになっていると、ガチャリとドアが開いた。
「掃除終わりました…ってうわ、すげえ!」
「どうしたエレン…ってなんだこりゃ"っ」
「わあ、すごい!いつもよりキレイ!」
エレンとペトラとオルオが入って来て、どこもかしこもピカピカな部屋に驚いている。てかオルオ盛大に舌噛んだけどあれ大丈夫?
部屋を見渡してから、オロバスに気づいて、ずざっと後ずさる。
「だっ、誰だてめえは!」
「私の執事よ、不審者じゃないから大丈夫」
「…オロバスと申します」
以後お見知りおきを、と丁寧にお辞儀をするオロバス。不審者じゃないと言われ、警戒体制をしぶしぶとく。
あれ、ペトラの顔が赤いんだけどどうかしたのかな。
「それでは私はこれで」
「あ、うん。ありがとうオロバス」
「いえ、セシリア嬢のためならば」
「早く帰れ、そして二度と来るな悪魔野郎」
「言われなくても帰ると言っているだろう下等種族」
リヴァイを睨んでからまた丁寧にお辞儀をして、ふっと光と共に消え去った。
「オロバス、あんなキャラだったっけ…」
「掃除だけは頼みたいが、あいつのツラは二度と見たくねェな」
なぜかオロバスとリヴァイさんは相性があわないらしい。
とにかく掃除が終わり、無駄な疲労感を感じながらソファに沈んだのだった。
そういえばペトラは顔を赤くしたまま消えたオロバスの姿を見続けていたのだけど、どうしたんだろう。
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