ファミレス一大事件
「手をあげろ!」
いつものようにバイトに勤しんでいたある日のことだった。突然、覆面マスクの男が刀を持って怒鳴り込んできた。本日のお客様は、強盗だったのだ。
「いやあ、参った」
「そんなのんきな…!!どうするんですか店長!!」
強盗が去った後、店長がぼりぼりと頭をかいた。震えがやっと止まった足を動かして店長のもとへと駆け寄る。
レジの金はもちろん、金庫の金までありったけ渡してしまった。電話まで距離があり、強盗は刀という凶器を持っていたからどうすることも出来ず、ほんの数分の出来事で、店長は一文無しになってしまった。
「まあ、財布は取られてないからな。無一文なわけでもないさ。材料もあるから、食べるもんにはしばらく困らないが、ファミレス経営は無理だなあ」
「そんなあ…」
「そんなわけで、悪いな。今日でお前は解雇ってことだ」
眉を下げて申し訳なさそうに笑った店長は、青ざめた私を見てごそごそとポケットを探り、お土産用にラッピングした手のひらほどのサイズのマドレーヌを差し出した。
「こんなもんで悪いが、今まで短い間だったが感謝のしるしだ」
「店長……」
じわりと涙が滲んで来る。泣くなよ、俺が泣きたいんだぞと店長が慌てる。
嫌だ、こんな終わり方。私は今まで私なりにバイトをまじめにがんばってきたし、このファミレスにも愛着が湧いている。私の第二の家のようなこのファミレスが、こんなにあっけなく閉店してしまうなんて、嫌だ。
あの強盗のせいだ。金を詰めたボストンバッグを担ぐには邪魔だったのだろう、強盗が置いて行った刀を拾い上げて握りしめる。あの強盗さえ来なければこんなことには。
「とりあえず、警察に通報するか。もしかしたら、逮捕してくれるかもしれねえしな」
店長が電話に向かう。そこでハッとした。
「て、店長!私が通報します。警察に知り合いがいるんです!」
「はあ?お前…警察に知り合いなんているのか、すごいな」
店長も知っている、あのマヨラーお兄さんですよ!!と思いながら、エプロンのポケットに入れたままだったメモに書かれた番号へ、電話をかけた。
『もしもし』
土方さんの声だ。よかった、出てくれた。
「あの、もしもし…!私です!」
『その声、ファミレスのバイトか。本当に電話かけてくるとはな…どうした、何の用だ?』
「私のバイト先のファミレスが、強盗にお金を根こそぎとられてしまって…!さっき逃げたばかりなんです!捕まえてください!!」
『強盗!?待ってろ、今すぐそっちに向かうから!すぐに逮捕は難しいが、とにかく、話は事情を聞いてからだ…っておい、総悟てめっ!』
ガチャガチャと雑音が聞こえて、すぐ声が変わった。誰か違う人に代わったのだろう。
『ファミレスのバイトか。強盗だって?俺も今から行きやすから』
山崎さんのサディスティック上司の、沖田さんの声だ。隣から土方さんの怒鳴る声がする。
『おい総悟、返せ!』
「ええ、沖田さん?あの…」
『何でィ、俺が行ったら悪いのかよ』
「いえ、心強いです!お願いします!奪い返したいんです、お金がないとファミレス閉店しないといけないんです!!」
心からの叫びを言うと、また雑音があってから、土方さんに代わった。
『それは困るな。お前のとこのマヨ丼は気に入ってんだ』
『俺もまたお前をいじりに行きてェしな』
「お二人とも…!」
店長が私ににっと笑った。私が手に握りしめている刀を指さす。はっとして慌てて付け足す。
「あの、証拠品ならあります!あの強盗、凶器を置いて行ったんです」
『よし、分かった。今から向かうから、それ持って待ってろ』
ぶち、と通話が切れた。受話器を置いて、ふうと息を吐き出す。これで何とかなるだろうか。店長が感心したような声を出した。
「警察に知り合い、本当にいたんだなあ、お前」
「ええ、まあ」
マヨラーお兄さんだということは言わなくてもいいか、どうせ後でわかることだし。
「だが、いくら警察でもちょっと無理なんじゃないか?防犯カメラなんてないし、犯人の写真があるわけでも、名前が分かっているわけでもないぞ。あるのはこの刀だけなんだ」
「そこなんですよね…」
そこなのだ。警察に通報したからと言って、犯人が逮捕されると決まったわけではないし、逮捕されてももしお金を使った後ならばどうにもならない。
不安なまま、エプロンのポケットにメモを戻すと、かさっと手に違う感触がした。何だろう、と取り出すと、それはもう一つの希望だった。
もう一度受話器をとる。呼び出し音が十回ほど鳴った後、もしもし、と聞こえた。
「もしもし、銀さん!?依頼があるの…!!」
ファミレス一大事件
(警察に万事屋に…全面協力だな)
(何が何でも閉店なんかさせません!)
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