xxxは静かに目を伏せていた。俯いて、じぃっと固まったまま動けない。周りのクルーはみんな昼食を食べ終え、空の食器を片付け始めている。


原因は船長ローが、半分近く残ったピラフに突然一切手を付けず、xxxをガン見しているからである。スプーンに歯を立てながらくわえて。きっと近くで聞いたらカチカチ、て音が聞こえそうな感じで。


やがて食堂はローとxxxだけとなった。xxxは頭の中でここ数日から今現在の中で自分が船長にしてしまった過ちをひたすら探している。なにか気に食わないことでもしてしまったのか。残念ながら心当たりはまだない。


カチャリと、静かな食堂に硬い音が響く。ローがスプーンを置いた。おいxxx、ローに名前を呼ばれてずっと下げていた顔を上げてしまった。パチリと目が合う。息を飲むxxxに対し、ローは静かに告げた。




「お前、髪縛るの下手くそか」

「………………………………え?」












この男はなにを言っているんだ。その一言に尽きる。あれだけ長時間穴が開くんじゃないかというくらい睨み付けて、これだけ自分を追い詰めておいて、なんだか訳のわからないことを言い出した。


ちなみにxxxは動きやすいというありふれた理由で、長い髪を後ろで1つに纏めている。ポニーテールでもない。ただ、縛っているだけだ。




「なに、なんの話ですか」

「だからてめェの髪もまともに縛れないって女としてどうなんだと言ってる」

「なんか言い方キツくなってません!?」




ツッコミはするが、先程までの緊迫から解き放たれたは変に脱力し、溜め息ばかりが洩れる。こんなしょうもない話なら、温かい内にピラフを食べてシャチたちと遊べばよかった。


そんな風に思っているxxxの首筋に、突如ローの手が伸びた。擽ったさに思わず首をすくめる。




「船長、なにっ、擽った―――痛い痛い痛いィィィ!!」

「これ」

「分かったっ分かった痛いから!!船長痛い!!ねェ………………ああんもうしつこいな!!」




バチンとその手を叩くと、やっとローは手を引っ込めた。




「お前、ほぼ毎日縛りきれてねェんだよ」

「はァ?」

「耳の後ろから絶対に髪が落ちてる」




ローがギリギリと引っ張っていたのはその髪だ。一筋、必ずと言っていいほど首にそって流れているのだ。


それだけであんなにも凝視していたのかとxxxは口をあんぐりと開けることしか出来ない。




「髪纏めるんならちゃんとしろよ。気持ち悪くねェのか」

「いや、気付かなかったし」

「あと女なんだから少しはそれらしくしようとかねェのか?」

「ほっといてくださいー!!」




漸くスプーンを握り直しxxxはピラフの続きを食べ始めた。ローもまたそれを見て思い出したようにスプーンにピラフを掬う。今日は気候がいいのでベポは絶対に昼寝するだろう、だから自分はその腹を枕にしながら読みかけの書物でも読もうと考えていたのにxxxのせいで、などと理不尽極まりない苛立ちを心の中でぼやいてみたり。


xxxはこの男所帯の中の唯一の女のクルーだ。決して男勝りというわけじゃないんだけど、それと同時に女らしさも欠けてる様に思う。少なくとも、町を歩く彼女と同じくらいの女たちよりは。




「お前、ずっとそんな頭なのか?」

「へ?」

「アレンジとかもっとあるだろ」

「いや船長なに言い出してんの」

「なんか幸薄そうに見えてきてな」

「幸薄そうな髪型ってなに!?」




いいんですこれ楽だからと鼻を鳴らしまたピラフを掻き込む。しかしローはまたスプーンを置いた。そのまま腰を上げるともう殆ど空の皿を手に持つxxxの背後に来た。




「ごちそうさまでした。よし、シャチたちと遊ぼ、ぐえっ」

「まァ待て」




立ち上がろうとした瞬間上からかなり強い力で頭を押さえ付けられた。これを彼は自分の頭に乗せた腕1本でやっていると思うとなんだか非常に悔しい。


何度か抵抗して立とうと試みたものの、ローに敵わず結局は押し戻されてしまった。xxxが大人しくすればローもその場に座る。


するりと、ローの指がxxxのヘアゴムを取った。




「船長?」

「縛る位置高くするだけでも変わるだろ」

「ポニーテールとか?ていやいや、せ、船長なにやってるんですか?」

「髪縛ってやる」

「えェっ!?船長が!?えーーーっ!!船長が女の子の髪縛るとか………………!!」

「誰が女の子だ。うるせェから静かにしとけ」




そう言い合っている内にもローはxxxの髪を手櫛で軽くとかしている。xxxの髪は思いの外指通りがよく、日頃潮風に晒されてる為多少傷んではいるものの、普通に綺麗な髪だった。それに少し驚いて、それから癖のない真っ直ぐな髪をちょっとだけ羨ましく思ってその気持ちを慌てて掻き消したりして。




「ポニーテールは、たまにやってみようと思うんですけど……………後ろのところとかボコボコってなっちゃうから」

「とどのつまりお前が不器用なんだな」

「別にそんなんじゃ!!」

「こら、暴れんな」




こちらを振り向きかけたxxxを軽くいなして、またしっかりと前を向かせた。ローが手首から黒のヘアゴムを取ろうとしたとき、食堂の扉が開いた。




「キャプンテンまだご飯食べて――、あれ?xxxなにしてるの?」

「あ、ベポ!!ねーねー今みんなで甲板で遊んでるの?」

「うん、釣りとか昼寝とか。xxxたちなにしてるの?」

「船長が奇行に出た」




食堂にポツンとある2人の光景に白くまはパチリとつぶらな目を瞬きさせる。釣りしたいなァとどこか皮肉っぽく呟くxxxの後ろでローは真剣な面持ちを崩すことなくxxxの髪を纏めている。


ベポは大人しくローの隣に座った。刺青だらけの指がxxxの黒髪をとかしていく。ヘアゴムを当てて一度通せば、するりと纏まった髪が揺れる。本当に馬のしっぽみたいだと思った。




「キャプテン上手だね!!」

「なんか上手すぎると笑えない」

「黙ってろ。カッチャカチャにするぞ頭の中」

「え!?中!?」




ローの一語一句にオーバーアクションを返してくるxxxの髪がいちいちローの横っ面を叩く。xxxは気付いてないしローはなにも言わないがベポはさっきから不安で仕方ない。その内怒ったローがxxxの髪を切り落としてしまいそう。


ヘアゴムがパチンと音をたてた。また髪が揺れる。





「出来たぞ」

「わァ!!なんかxxxいつもと違う!!可愛い!!」

「え……………可愛い?」

「うん!!似合ってる!!」




自分が出来ないポニーテールをローがやってのけたからか、それとも単にポニーテールが好きじゃなかったからか、xxxはずっと乗り気じゃなかった。しかしベポに褒められた瞬間嬉しさが滲み出始めた。満更でもなくなったようににやけてる。


自分の髪を柔らかく握って手を下に引くと、癖のない髪はするんと跳ねる。後頭部も自分がしたときの様にガタガタしてない。それに少し嬉しくなったのは事実で。




「みんなに自慢してくる!!」




楽しそうに甲板に出たxxxにローとベポも続いた。太陽の光に反射した海がキラキラと眩しく輝いている。




「ペンギン見て見て!!可愛くない?可愛くない?」

「どうしたその頭」

「船長がやってくれたの!!」

「船長すげー!!」

「器用だよな船長ー」

「いいなァxxx!!俺もやってもらいたい!!」

「シャチが髪縛っても気持ち悪ィよ」




集まってきたクルーの真ん中でxxxは自慢気に笑いながらクルクルと回って見せている。最初から最後まで褒められていたのはxxxよりローの手先だったけれど。




「よかったねキャプテン、みんな上手だって」

「………………ベポ、寝るぞ」

「キャプテン眠いの?」

「あァ」




くわっと欠伸をして、ざわざわと騒ぐクルーたちに背を向ける。読書はまた今度にして、この暖かい中でゆっくりと眠ろう。見張りまで怠って楽しそうにxxxを囲んでいるのは多目に見よう。その後「船長は癖っ毛だからxxxの髪羨ましいだろうな」というシャチの言葉にローは結局その騒ぎに突っ込むことになる。

















ディベルティメント
(………………ごめんなさいは?)
(ごめんなさい)

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