冷たく、閉ざされたこの空間の中にいると、すごく押しつぶされそうになる。
両手首を固定され、鎖で縛られ、そんな全くと言っていいほど身動き出来ない状態が続く。体を苛む傷と疲労はとっくにピークを超えてもはや痛みや辛さはない。それでも恐怖がないわけではなかった。今日も誰かの断末魔が聞こえて、耳を塞ぎたくなるがその腕も自由に動かすことが出来ない。どうすることも出来ずに、ただうなだれた。


「エースさん、大丈夫か」
「ん?ああ、問題ねェよ。ちょっと眠くなってきた」
「お前さんらしいな。…また一人やられておるな」
「ひでェもんだな」


牢獄の中、隣のジンベエと話し始める。話している間に叫び声が途切れて、囚人の末路を悟った。


「もし、ここから出たら……」


ジンベエが急にそんな話をしはじめた。そんな現実味のない話をしたって、とは思わなかった。暇つぶしになるし、思考は自由だ。この牢獄で唯一枷がない。考えるだけで楽しくなる、もしも話もたまにはいい。そう思って相槌をうった。


「ここから出たらしたいこと、かあ。そうだな、まずルフィに会いてェな」
「例の弟さんか。わしもいつか会ってみたいもんじゃ」
「あともう一人、すげェ会いてえやつがいる」
「ほう」
「大好きなやつがいるんだ」


懐かしいな、元気にしてるかな、xxx。目を閉じて曖昧になりつつあるその姿を思い浮かべると、少しあった眠気がどんどん襲ってきた。ジンベエが声をかけてきた気がしたが、返事もろくにしないまま、睡魔に体を預けた。







「エースーー!!いいかげんに起きなさいってば!!」
「ぐわっ!」


ごちん、と床に頭が盛大に当たった。ベッドから蹴り落とされたようだった。あれ、ここどこだっけ、と言いそうになって頭を振った。何考えてんだ俺は、いつもの俺の部屋じゃねェか。後頭部をさすりながら体を起こす。そこには頬を膨らませたxxxが腰に手を当てて立っていた。


「どんだけ寝る気なの!?今11時!玄関の鍵も閉めないでぐうぐうと…!」
「だってお前らが入るだろ?おはよう」
「不用心なんだから!おはよう!」


怒りながらもちゃんとあいさつを返してくれるあたり、いつものxxxだ。リビングからルフィの騒ぐ声が聞こえてきた。

現役大学生の休日は楽しい。日曜日、日も高くなった頃に小さい頃からの付き合いのいわゆる幼馴染たちがやってきて、みんなでテレビゲーム。昼飯も一緒に食べて、雑談して、そして夕暮れになって解散というのが恒例になりつつあった。たまたま今日は寝坊したが、いつもなら俺がxxx達を出迎えている。


「遅えぞエース、いつまで寝てんだ!先やってるから早く来いよな!xxx、行こう」


ひょこりと顔を出したサボがそう言ってリビングへ向かった。xxxはもう機嫌が直ったのか、じゃあ行ってるねと楽しげに部屋を出て行った。
あくびを一つして、クローゼットを開いて着替える。今日の俺はなんか変な気がする。何か忘れているような、もどかしい感じだ。頭がよく働かない。寝過ぎなだけか。
顔を洗って幾分かすっきりしてリビングに向かうと、ルフィがコントローラを投げてきた。危ねえなと言いつつ危なげなくキャッチすると、ルフィはにっと無邪気に笑った。


「やろう、エース!」
「おう!」


xxxの隣、ソファに座ると、xxxは画面を見つめてわくわくしている様子だ。ゲームは得意じゃないらしく、いつも応援に回っている。つまんなくねェか、と聞いたことがあるが、楽しいよと笑って返された。
サボがはじめるぞ、とスタートボタンを押した。


「よーっし、今日は負けねェぞ!エースもサボも覚悟しろよ!」
「んなこと言っていつもバナナで転ぶじゃねェか、ルフィ」
「エースがいつもバナナ落として行くからだろー!」
「頭使わねえとサボには勝てねえよ」
「俺に勝てるのは俺だけだ」
「ぶふっ、なんだそりゃ!サボ!」
「ああほら、始まるよ三人とも!」


ぎゃあぎゃあ騒ぎながら一回戦を終える。勝者はサボだった。俺に勝てるのは俺だけらしい。またもバナナにやられたルフィが悔しがる横で、人事を尽くした当然の結果なのだよと言っている。何かの漫画の影響だろう。サボは漫画をたくさん持っている。

何レースか終えてふと見るとxxxがいつのまにか隣にいなかった。見渡すと、キッチンに立って何か作っているのに気がついた。昼飯だろう。いつもxxxは昼飯係だ。先やってろ、と言ってコントローラを置いて、キッチンへ向かう。


「xxx!」
「あ、エース。どうしたの?昼ご飯なら今からだよ」
「ああ、腹減った。今日はなんだ?」
「エース朝ごはん食べてないもの、そりゃお腹減るわ。オムライスだよ」


xxxの飯は本当に上手い。こんな飯が毎日食えたらいいのになと思う。少なくとも週に一度は食べられるのだが、人数分分けてあっても結局最後は主にルフィと奪い合うことになるから足りねェ。それにxxxの飯なら食べながら寝ない自信がある。
時々ルフィとサボの方を見てくすくすと笑いながら昼飯の準備を進めていくxxx。たまには手伝うか、と卵を手にとった。しかしxxxがすぐにそれを止めた。


「エースは皿を準備して?壊滅的に不器用なんだから」
「俺でも卵割るくらい出来る!」
「そう言ってこの前卵破裂したでしょ!」


言い返せない。むう、と唸って皿を棚から出す。ありがと、とxxxが卵を割りながら言った。
こうしてxxxを見ていると、急にこの細い体を抱きしめたくなる。抱きしめたら怒りそうだからやめておくが。なぜだろうか、わからない。ルフィがいて、サボがいて、xxxがいることが、こんなの日常なはずなのにすごく嬉しい。同時になぜか泣きたくなった。


「なあ、好きだ」
「………えっと、私も好きだよ?」
「なんだよ今の間は。そしてなんで疑問系なんだよ」
「いや…急にどうしたんだろうと思って。心配しなくても、ルフィもサボもエースも好きだよ」


幼い頃から何度も言ってきたこの言葉じゃ、うまく言い表せない。うまく届かない。そうじゃないんだ、違うのに。考え込んでいると、いつのまにか美味しそうなオムライスが皿に乗っていた。早い。


「…エースは、今、幸せ?」


ケチャップをかけるxxxが小さくそう聞いた。俺は間髪入れずに答える。


「幸せだ!」
「…そっか」


ならいいや、と顔をあげて満面の笑みを向ける。この笑顔を、いつまでも隣で見ていたいと思った。


「なあxxx」
「んー?」
「いつもありがとな!大好きだぞ!」


笑ってそう言い、顔を赤らめてぽかんとするxxxをキッチンに残して、皿を持ってリビングへ向かう。今言っておかなければいけない気がした。
またもや勝利したサボと今度はいつのまにか逆走していて負けたルフィが振り向き、笑顔で俺と飯を迎える。遅れてxxxが人数分のスプーンを持ってやってきた。
こんな日がずっと続けばいいのに。それを願わずにはいられなかった。





意識が浮上する。目をゆっくりと開ければ、みんなのいた賑やかなリビングではなく、寝ても覚めても変わらない無機質な監獄の中だった。
さっきまでのは____夢、か。夢にしてはリアルで鮮明で、今もしっかりと思い出せる。あの空間のあたたかさを。


「起きたか、エースさん」


ジンベエが声をかけてくる。ああ、と返事をしながら、もう一度目を閉じて俺に向かって微笑むxxxを思い出す。ぼやけかかっていた記憶のxxxは、鮮明になって蘇った。
たとえ夢でも、もう一度会えて良かった。
視線を上げて、ジンベエににかっと笑った。


「良い夢見たんだ」







愛に満ちた夢を

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