「バイバイ。また明日ね」




学校からいくつか伸びる道の中の1つを進み、いくつか曲がり角を曲がったら、いくつ目かの分かれ道があって。そこでいつも彼女はふにゃりと柔らかく笑う。手を振って、俺に背を向けて歩いて帰っていく。俺は少し寂しい、なんて思いながらその背中を見送って、自分も家路をまた歩き始める。


また明日ね、という優しい声音や、少し目を細める笑い方、ひらりと揺れる小さい手に、毎日毎日心臓が疼いた。勿論そんな分かりやすい胸の中の反応をしておいて、自分の気持ちに気付かないわけがなかった。表情に出さないようにするのに精一杯なくらい飛び跳ねる気持ちと一緒に、また明日も会えるんだな、だなんてこれまた暢気な安心感が胸に滲んで、今はそれでいいか、と変に満足するのだ。同時に様々な動きをする自分の胸の中が、ちゃんと把握出来ずにいる。




「一緒に帰ってるから、とっくに付き合ってるのかと思ってました」




後輩の頭を照れ隠しで殴り飛ばすのは今日が初めてだ。xxxと俺が好き合っているということがなんだか想像しにくくて。別に嫌われてるわけじゃない。友達として、好かれてると思う。だが付き合うとなれば全く別の話だ。




「適当なこと言ってっとぶん殴るぞ」

「もうぶん殴ってんじゃないっすか!!」




xxxのことが好きで、ただ俺はその感情を知った上でなにをどうすればいいのか分からなかった。誰かに相談しようという考えに至ったときに思い浮かんだ後輩に、何日も悩んでから漸く打ち明けたら「ああそれは知ってますけど、それで?」て。それで?て。なんだよなんか俺めちゃくちゃ恥ずかしいじゃねェか。




「なんか、らしくないですねー」




分かってる。自分がこんなところでこんなに、他のことを考えられなくなるくらいに切羽詰まるなんて思わなかった。普通に好きって言えばすぐにくっ付けるから安心してください、と、ペンギンに言われてもなんの確証もないじゃないか。なにが安心だ。xxxの反応の前にまず俺が「好き」と彼女に言うだけでどうにかなりそうだ。


ふとした瞬間に彼女のことを思い出して、それからいつまでもそれだけを考えてしまうのだ。授業なくてまるで耳に入ってこない。授業が終わり、掃除を適当にして、すれ違った後輩を適当にあしらって、玄関に出ると、彼女がいるのだ。


最初は、何度か帰宅時刻が被って、たまたま一緒に帰ることがあった。その内、なにがどうなったのか知らないが、俺とxxxは一緒に帰宅するものだと、xxxの中で決定してしまったらしく。いつも玄関を出るとxxxがいた。たまに俺が待つこともあった。




「ロー遅いー!!暑いから早くしてよ〜」




手でパタパタと自分の首元を扇ぎながら文句を言うxxxに気持ちの隠っていない謝罪をする。俺の肩くらいに、頭が来る。




「最近本当に暑すぎる。体育とか死ぬ。あのクソ暑い中運動しろとか」

「それは分かる」

「でしょー!?もーほら、日焼けとかさ……………ちゃんと授業前とか日焼け止め塗ってんの。でもやっぱり焼けてさァ、ほらもう腕とか真っ黒」



クシャクシャに捲り上げたシャツから伸びる2本の腕を見せ付けられた。確かに、元は白かった肌が焼けている。心底げんなりしたように自身の腕に視線を這わせていた彼女が、突然なにを思ったのか更にシャツを捲り始めた。




「……………あっ、も、無理だわ。ほらロー、見える?分かる?日焼け余計分かるでしょ?ヤバイよね」




二の腕の真ん中辺りから、いきなり色が白くなっている。体育服の袖に隠れている部分だ。しっかりと境目の分かるそれは、まるでそこだけ違う人間の腕を取り付けているみたいで。さらけ出された細い腕がだんだん直視出来ず目を背けてしまう俺はもうダメかもしれない。


焼けたばかりのときは赤くなって痛い特に風呂のとき、とかなんとかいつまでも日焼けについて話している。確かに6月初めといえどもう暑くて敵わない。これから7月8月とあると思うと俺は死にたくなる。




「毎年こんなこと言ってるわ、私」




そう言ったとき、いつもの分かれ道が視界に飛び込んできた。彼女は俺と反対の道へ行く。体を少し捻って俺を見て、日に焼けた手を振られた。




「じゃ、バイバイロー。また明日ね」




いつもの言葉を言って。俺はなんとなくああとかおおとか返事を返して、髪を揺らしながら帰っていく彼女の後ろ姿を見ていた。なんだって、この分かれ道は学校からこんなに近くにあるのか、と思う。実際は徒歩で20分程はかかる距離なのだが、それでも足りない。俺の、彼女と2人になれる時間はとてもとても短い。








「xxxが誕生日らしくて、」

「おおお!!チャンスじゃないですか!!コクれコクれ!!」

「黙れ」




xxxを交えた女子の塊から聞こえた会話の中で、xxxの誕生日を知った。




「いつなんですか?」

「明日だ」

「ワオ」




6月11日。明日が、彼女の誕生日。


だったらプレゼントもろくに選べない、と愚痴る様に言ったシャチに目を丸くした。




「なん、お前、xxxにプレゼントやんのか!?」

「は?なに言ってんすか。俺じゃないですよ」

「え、」

「アンタでしょ」




え?




「い、いやそんなこといきなり言われても、」

「そー、時間なさすぎますね」

「今から雑貨屋でも行くか?」

「おい待て、やるのか、俺がアイツに」




ペンギンとシャチが顔を見合わせてから、俺を見た。こくりと頷かれる。まるでそれが当然であるといった風に。バクンと大きく心臓が鳴ったのは、緊張か戸惑いか。




「なんで俺が、」

「好きな子の誕生日は祝ってあげたいもんでしょ」

「あとポイント稼ぎ!!」




嬉しそうに言った2人にいよいよ心臓も頭も追い付かない。突然俺からxxxにプレゼントなんて。なにをどう渡せばいいんだ、なんて言って渡せばいいんだよ。思考が焦りでおかしくなってくる。


まァ落ち着いてください。と。ペンギンが困った風に笑いながら俺の肩を叩いた。こんなことしてくるペンギンにも、させている俺にも腹が立つ。だがそんな怒りはこの際どうでもいい。


xxxの趣味なんて知らない。ああ、なんかのキャラクターのストラップを鞄に付けていた気がする。甘い物が好きと言っていた。実際彼女はよく学校で買ってきた菓子を食べている。服のブランドは……………なんてヤツか忘れてしまった。


これまで目で追ってきた彼女を、彼女の言葉を思い出して、必死に考えてみる。だがなにも思い浮かばない。そもそも、なにを貰ったら女が喜ぶかなんて俺に分かるか。




「ローさん、なにかあげたいものあります?」

「……………、分からねェ」

「そうですか、じゃあいいです」

「は、」

「大事なのは、おめでとう言えるかどうかですから。プレゼントはまァ、いいんじゃないですか?」

「……………俺の葛藤は……………!!」

「はい?」

「……………いや、なんでもねェ」




本当に渡すことになれば本当に困るので、これは少し助かったと思うことにして。


『誕生日おめでとう』


言えるだろうか。たった一言、口に出せるかどうか分からない俺はなんて情けないのだろう。誰か他のヤツに言うのとまるで違って感じるのは、俺がその祝福の言葉に特別な意味を持たせてしまっているからか。他のヤツに言う以上に、なにか、特別なものを感じてしまうからか。




『おめでとう』




言ったら、自分の気持ちが溢れて彼女に届いてしまいそうだ。ずっと隠してきた気持ちが彼女に聞こえてしまいそうだ。




「取り敢えずローさん、明日ちゃんとおめでとう言ってくださいね」

「プレゼント、は、本当にいいのか」

「渡せますか?」

「……………いや」




ああ、情けない。








朝が来た。登校して授業を受けて昼飯を食って授業を受けて掃除をして玄関行ったら、やっぱり彼女がいた。


今日は、xxxの話が全然聞けなかった。昨日ペンギンとシャチに言えと言われたあのフレーズを、日常のそこら中に転がっているであろうたった5文字の言葉を、何度も何度も脳内で復唱していた。


俺より余程小さい歩幅に合わせるのは、少し難しい。なるべくゆっくりと歩くようにしている。彼女と同じスピードで歩いて、マシンガントークを聞き流しながら心臓を落ち着かせようとしている内に、いつもの分かれ道がやってくる。




「xxx!!」




帰ろうとするxxxを慌てて呼び止めたせいで大きな声が出た。少し恥ずかしい。xxxはどうしたのと、体ごとこちらを向いて俺の言葉を待っている。俺の言葉を、待っている。




「あの、」




そう、この日がなければ彼女はここにいないのか。なら俺は毎日歩くスピードに気を配ることもこんなに心を掻き乱されることも後輩に世話になるなんてこともなかったのか。彼女への想いに気付いてしまった日から、俺はずっと不調なんだ。出会わなければ、彼女がいなければ俺はもっといつも通り落ち着いて日々を消化して、自分のペースで家に帰って、後輩より一歩先で小バカにしてやれていたろう。


それはなんてつまらなくて、絶望的で、色のない世界だろう。




「誕生日、なんだよな、今日」

「あれ、ロー知ってたの?言ったっけ」

「いや、」




たった一言を紡ぐのに、こんなに体力を使うとは思わなかった。ほんとうに。




「おめでとう」




気付けば俯き加減だった。そっと、顔に目をやる。彼女は笑っている。




「ありがと」




ローが言ってくれるとは。他の子もたくさん言ってくれて、嬉しかったんだよ。


他の子も。


ぐるりぐるりと体内を巡っていた血液が止まったように思えた。他のヤツらと同じ、なんて。なんだかそれは悲しい。気に入らない。どうやら、俺が危惧してやまなかったことは起こらなかったらしい。俺の気持ちは、届いていない。


よかったはずなのに、腑に落ちない。なぜかそれは我慢ならない。


違うんだ。"他の子"より、俺はこんなにも大きくて苦しい想いを乗せた言葉をお前に言ったんだ。




「ロー?」




反射的に掴んだ手首は細く、力を入れるのを躊躇ってしまった。一時沸き上がった気持ちから思わず手首を取ってしまったが、そこで頭が冷静さを取り戻す。


だが、それでも戻りきらなかった。少し冷静になった上で、これでは止まれないと思った。今でも確かにあるこの胸の奥の気持ちを、伝えてしまわなければ。他の子と同じというのは、あまりに耐えがたいものだった。


語彙力なら他の男より少しは長けている自信があるが、この想いを伝えるのにその知識を交えるのは無理だ。伝えるのが、精一杯で。




「好きだ」
















千の想いを乗せて花束を贈ろう





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