「xxxはトラ男くんとジュース買ってきて」
はいっとナミさんは私に紙切れを渡してくれました。どうやら彼女には相手の意思を確認するという概念がないらしいです。さっさと背を向け、それはそれは美しいオレンジの髪を揺らしながら行ってしまいました。
顔を横に動かしたら、丁度トラファルガーと目が合いました。溜め息吐かれました。ちょ、心外。
近々、クラスのホームルームでお菓子パーティをするらしい。どんなお菓子がいいだのなんだの昼休みに話し合って、で、放課後突然ナミに買い出し行ってこいと言われた。因みにトラファルガーも一緒だ。
トラファルガーは、決して嫌いではないんだけど、でも仲がいいかと聞かれればそうでもない。ただのクラスメート。キッドとか交えてなら会話だって自然と出来るんだけど、2人じゃなァ。なにを話せばいいんだろうか。
ウジウジしていても仕方がない。トラファルガーに早く声かけてジュース買いに行かないと。面倒くささと気まずさで正直頭痛い。でもナミに嫌だって言うのも気が引ける。ナミの優しさは気紛れだからなァ。え、その程度で?ていうくらいのことで怒ったりえ、そんなことしたのに?ていうくらいのことを許したりするから、もうどうし「おい」
「う、わ、トラファルガー」
「行かねェのか、買い出し」
「い、行くの?」
「行かなきゃアイツうるせェだろ」
チラリと横目でナミを確認した。今は別のものの買い出しについて、ゾロとサンジを相手に交渉中らしい。あの2人に一緒に買い出しさせるなんてナミも勇者だな。
取り敢えず、重いので教科書は殆ど置き勉して、カバンを軽くした。2リットルペットボトル何本買わなきゃならないのだろうか。お金は建て替えといて、今度クラスで集めるのだとトラファルガーが教えてくれた。
「どこに買いに行くの?」
「さァ」
「んなっ」
頭の中でジュースをたくさん買えそうな所を探す。近くにコンビニがあるが、コンビニじゃ高い。スーパーだな。スーパーは、あァ、見当たらない。近くにはない。ならちょっと電車でも乗って……………。
「ちょっと遠いけど、ショッピングモールの中のスーパーでいいよね」
「………………あァ、あそこか」
「駅からは近いから、そんな歩かなくていいし」
じゃあそこでということになり、2人で最寄り駅に向かった。同じ学校の制服の子たちがいる。電車で通学する人もたくさんいるし、時間的にもそれは当然で。
「あれ、xxxじゃん」
「xxx電車だっけ?」
「んーん、ホームルームの買い出しー」
勿論その中には多少見知った顔もある。どこの駅で降りるだとか話してる内に電車はすぐに来た。人の流れに乗って電車に乗車した。小刻みに揺れる動きと同じに乗客の体も揺れる。
「なんでアンタ、ローくんと一緒なの?」
「さァ。ナミに言われたから」
「付き合ってんじゃないの?」
「んなわけないじゃん!!」
ニヤリと笑い声を潜めた彼女の肩をバシンと叩いた。女子ってやたら他人に恋をさせたがるけど、私とトラファルガーが付き合っててなにが面白いんだろうか。万一そんなことになったら私は校内にたくさんの敵を作り出していそうで登校出来ない。
後ろ辺りにいるトラファルガーを見やった。今の会話、聞こえていただろうか。だとしたらちょっと恥ずかしい。しかしヤツは相変わらずにこりともせずにケータイをいじっていた。杞憂。
「ウチのホームルームなにすんのかなー」
「こないだ絵しりとりしたよね」
「え、マジで!?」
「うん。楽しかったけどあれチョークの粉落ちてきてさ………………」
「へー。私のとこはさ、」
「おい」
会話を遮るように肩を叩かれた。私も友達も、トラファルガーを見る。
「次の駅だろ」
「ん?あ、ホントだ」
話に夢中でウッカリしてた。電車のブレーキと同時に倒れそうになるのを堪え、人の合間を縫って外に出た。友達に手を振る。さて。
「早く行って帰ろっか」
ついにトラファルガーはうんともすんとも言わなかった。私を一瞥してから、さっと体の向きを変えて広いホームへ歩を進める。買い出しが改めて億劫だ。はぐれちゃまずいので、慌ててその背中を追った。
トラファルガーはショッピングモールに着くまでほぼ無言を貫いた。特に話しかける為の話題もない。なので私も声をかけることなく、ただただ歩く。
(足、長)
注意して見ることなんて滅多にないのだが、この男はムカつく程にスタイルがよかった。キッドと並んだらそれこそ心配になるくらい細長く見えるのだが、実際筋肉とかもそれなりについてる(らしい)し。というか、歩幅、ね。コイツと私じゃ1歩のリーチが違うから歩けば歩くほど遠くなるのだ。だからたまに私はこっそり小走りになったりして。ローファーって意外と辛いんだ。踵痛い。
着いた。
「………………人、多くね」
「なんとかセールって、垂れ幕があった」
今日はあくまで平日なんだけど、それでもセールと聞いて駆け付けた奥様方で店内は溢れかえっていた。多分食品売り場はもっと凄いだろう。時間帯的にも。
取り敢えずジュース売り場に行ってみる。トラファルガーの足元で小さい男の子が駆けずり回ってるのにひやりとした。
「どれ買うんだ?」
「んー、詳しくは決まってないけど、ナミがメモくれたから………………」
パシリ宣告と同時にナミがくださったメモ帳の端をカバンから取り出す。
炭酸色々、コーラ、オレンジジュース、ミカンジュース、紅茶、麦茶、牛乳。
「「……………」」
他にもよさげのあったら買ってきてネ、とのメッセージ付きなメモを無言で凝視していた。
「……………こんなに飲むわけねェだろ」
「それに頷けないのがとても悲しい」
「牛乳ってなんだよふざけてんのかあのアマ」
「お、お前はナミの怖さを知らないんだ!!」
メモを親の敵同然に睨み付けてから、取り敢えず牛乳は買わないと言い切った。牛乳嫌いかお前。
買い物かごに2リットルのペットボトルをぼんぼんと入れていく。この量の買い出しに対して2人とはナミも鬼だな。まァナミってただ意地悪なわけじゃないんだけど、力仕事とかどうしてしないのだろう。可愛いからですよね分かります!!
「これでいいか?」
「うん、足りると思う。お菓子もたくさんあるだろうし」
8本。かごの中で好き勝手転がるそれらに視線を落とす。つまり、これを家に持ち帰って更に明日学校に持ってこなきゃならないわけだ。お母さんに頼んで車乗せて貰おうかな。いや、自転車で行けるかな。ホームルームが楽しみなことに間違いはないのだけど、ただちょっと、なくてもよかったかもしれない、なんて。
かごはトラファルガーがレジまで持っていってくれた。重そうだし、カートを使った方がよかっただろうか。今更持ってきても多分邪魔だろうけど。
「あ、」
「あ?」
「袋、ないね」
この大量のペットボトルを持ち帰るための袋がない。カバンに詰めるにしても、ペンケースやノートが入ったカバンに全部入るとも思えない。
「レジ袋使えばいいじゃねェか」
「最近有料なんだよ……………時代はエコだからね」
1枚5円くらいだった気がする。毎日毎日買ってちゃ馬鹿にならないので世の奥様方はエコバックなんかを持ち歩いているのだ。今、私はもちろん持っていない。買うしかないか。
3枚程レジ袋を買って、その中にペットボトルを詰めた。私が3本持って、トラファルガーが3本入りのと2本入りので計5本。持てないことはないんだけど、指が死んでしまう。
相変わらず人が多い。人混みに流されないように必死だ。なんとかトラファルガーの後ろについていたのだが、ふと私と彼の間を数人、横切った。
(あ、)
先程まで確かに見えていた藍色の髪が、見えない。見失ってしまった。思わず前に踏み出そうとする足を躊躇した。どこだろう。こんな中でケータイなんて出せないし電話かけても向こうが気付くかも危ういし。あんまりキョロキョロしたら迷子の子が母親を探す見たいで恥ずかしいので、なるべく視線だけをさ迷わせて、でも見付からなくて。
ヤバいな、私ここから駅までの道、実は知らないんだ。家までの道なら分かるけど、遠い。いつも車でくるから。
トラファルガー、
ちょっと、泣きそうになった。
「おい!!」
本日3回目の「おい」は、彼のイメージに似合わず焦りと、それを上回る怒気的なものを含んでいた。割りと近い距離での怒号だったので耳が痛い。そんなことより、慌ててそちらを向いた。
「なに迷子になってんだ。てめェいくつだ」
「だって、トラファルガーが、」
「るせェ」
不機嫌そうに顔を歪めつつ、トラファルガーは私の手からレジ袋を取り上げて全部左手で持った。ほら、手、と言われて左手を宙に浮かべたら、トラファルガーの右手がそれを掴んだ。
「俺から離れんな」
雑音としか聞き取れない周囲の話し声と店内に響く明るいBGMに紛れてトラファルガーの声がした。ぎゅっと私の手を握る力が強くなる。
歩幅は相変わらず私に合わせてくれない。手を繋いでるというより引っ張られてる感じだ。それでも、
「………………、」
それでも、トラファルガーがたまにこちらを確認するように振り向いてくれるのが、ちょっと、心配してくれてるみたいで、なんだか嬉しい。
心配といえば彼の左手は、大丈夫だろうか。2リットルのペットボトルを8本、片手でぶら下げて。男子の力量がどれ程のものかは知らないのだけど、かなり心配。トラファルガーが耐えれてもレジ袋が千切れそうだ。
手を繋いだままやっと店を出た。外の空気はいくらか清んでいて呼吸がしやすい。しかし休憩もなしにトラファルガーは駅へと直行。手は、握られたままだった。
ホームに着いて漸く手が解放された。ちょっと熱いのはずっと握られっぱなしだったからか、それとも。それとも、なんでだろう。
「……………トラファルガー、」
「ん?」
「ジュース、ありがと。貸して」
「いい。重いだろ」
「いやトラファルガーも重いでしょ」
「うるせェ」
何回言っても、うるせェだの黙れだのしか言ってくれず、そのまま電車に乗り込んでしまった。さっきとは違いサラリーマンとかOLとかが乗車している。やっぱり、トラファルガーはなにも話さないで電車に揺られていた。
来たときよりも暗くなった駅のホームに降りて、私はもう一度トラファルガーの手に自分の手を伸ばした。8本のペットボトルを持った手がひょいとそれを避けた。なぜ。
「もう、マジで。頼むから頂戴よ」
「別にいいっつってんだろ。持たせて怪我でもされたら俺が困る」
「……………でも、申し訳ないし」
それ、明日の朝も持ってこなきゃダメなんだよ?確認するように問うたら、別に問題ないし最悪ユースタス屋を使う、らしい。
「えーっ、でもそれキッドにも悪いよ」
「文化祭のとき材料運ぶの手伝ってやったんだからこれくらい訳ねェよ」
「……………お前ら仲良しか」
「うるせェ」
そしたら、私は一体どんな顔をしていたのだろうね、トラファルガーはじとりと私を睨む。
「いつまで不満気な顔してんだよ」
「いや、だってそりゃあ、」
「大丈夫だ」
この程度で深刻そうな顔をするなと言われた。無理だ。ナミをも唸らせる私の心配性をナメるな。
「ねェ」
「しつけェな、大丈夫だっつってんだろ」
「………………嫌だ!!持ちたい!!」
「我儘聞いてやるほど俺優しくねェ」
じゃあなと、とうとうお別れの言葉が彼の口を付いた。おいおいマジか。正気か。
「ちょっと、トラファルガー!!」
「ローでいい」
「はァ?」
「長いだろうが。ユースタス屋はキッドの癖に」
「………………」
「じゃあなxxx」
私から体を背けて、目を合わさずにぽつりとトラファルガーが呟く。
「………………ありがとうな、また明日」
そっぽを向いたまま、なにに対してかは知らないがお礼を述べて(しつこすぎる心配に対して、か)、足早に去っていってしまった。ただ1人私は、その場に立ち竦む。
私はお礼言えてないなァ。
「……………」
まァ、荷物持たせてしまったし、迷惑もかけたようだし、家に着いたらメールでも入れておこう。
小指くらいなら掴んでくれる
(今日はありがとう、ロー)
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