ボーダー本部のオペレーター、三上歌穂が腕を骨折した。
オペレーターにとって手とは何にも代え難い大切な武器である。手が使えなければパソコンも弄れない。運が悪いことに骨折したのは利き腕で、全治1ヶ月。オペレーターの仕事はほとんど全て放棄せざるを得ない状況だった。
それに困ったのは三上がオペレーターを務める風間隊だった。オペレーターがいなければ部隊として機能しない。かといって一ヶ月もの間任務を交代することもできない。止むを得ず、三上の代わりのオペレーターをつけることにした。
その代わりのオペレーターこそが、この私である。

「改めまして、おなまえです。これから一ヶ月、みかみかの代わりとしてオペレーターを務め……ることが出来るのかどうか」
「何故そこで弱気になるんだ」

風間さんにすぐさまツッコミをくらったが、無理もないことだと思う。みかみかは数あるオペレーターの中でも優秀なオペレーターなのだ。その代理が私で良いのだろうか。みかみかと仲良しというだけで選ばれたのではなかろうか。声をかけてきたのが他でもない風間さんだったので、断るという選択肢はほぼなかったし、あったとしてもそんな勇気もなかったので今ここに至るわけだが。

「いやだって、あのみかみかですよ、風間さん。みかみかほど優秀なオペレーターの代わりなんて、私なんかには…」
「謙遜するな。おなまえの技術も負けていない。おなまえのオペレーターとしての素質は一役買っている」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど…!」
「とにかく、よろしく頼む。知っていると思うが、あらためて自己紹介といこう。隊長の風間蒼也だ」
「…菊地原士郎です」
「歌川遼です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!」

見知った顔が並んでぺこりとお辞儀をする。菊地原くんと歌川くんは同い年だが、風間隊が有名すぎて一方的に知っている程度で、あまり話したことはなくほとんど初対面状態だ。爽やかそうな歌川くんはともかく、菊地原くんは明らかに友好的でない様子だ。じとりと私を見定めるように見て、目があうとそっぽを向いてしまった。すかさず歌川くんが、こういう奴だから気にしないでくれとフォローをいれるが、私やっていけるのかなと不安が湧いてはむくむくと育っていく。
これからこの風間隊の仮オペレーターとなったからには、とにかく、足を引っ張らないように頑張らなくては。たった一ヶ月だ、なるようになる。



と思ったのだが、実際はそうも上手くはいかないのだった。

「えええ待って待って隠密連携速すぎ!処理追いつかない!!」
「うるさい、おなまえさん。ていうかまだ序盤なんだけど」
「わかってる!だからすごく焦ってる!」

三上の代理を務める初任務は序盤からゲートが開いた。隠密トリガーのカメレオンを駆使したアタッカー3人による連携攻撃は、覚悟はしていたが噂通り、いやそれ以上の速さ。一瞬も気が緩められない。あっという間にモールモッドを倒すと、風間さんが無線で言った。

「おなまえ、次だ」
「ああっはい!50メートル先、T字路を右折。近界民が接近中!バンダー1体です!」
「よし、すぐ向かうぞ」
「了解」

しかしこんなときに限ってゲートが開く。画面に点滅するそれを見て、慌てて伝える。なぜ今日に限って近界民がこうも現れるのか。運が悪いとしか言えない。

「…!イレギュラーゲート発生!バムスター2体!」
「…そうか。二人とも、行ってこい。俺はバンダーをやる」
「了解」
「おなまえ、菊地原の聴覚を」
「あっ了解、聴覚情報を共有します!」
「バムスター2体を捕捉。戦闘に入ります」

何この部隊、大変すぎ!!叫びたくなるのもしょうがないと思う。どうにかこうにかついていき、半泣きで画面と戦った。


任務が終わり、次の部隊と交代した後、私はぐたーっとデスクに突っ伏していた。疲労感が凄い。風間さんが背中をたたいてお疲れ、と言ってくれる。歌川くんもお疲れ様ですと労ってくれた。実際動いて近界民を倒していたのは三人なので私がお疲れ様ですという立場のはずなのに。情けない。すると菊地原くんがあからさまにため息をつく。

「もっとスピーディーに出来ないの?いちいちうるさいし」

さすがにぐさっときた。返す言葉もありません。しゅんとして俯く。

「ご、ごめん菊地原くん。君たちの凄さは知ってはいたけど、甘く見てたよ…」
「まあ、それほどでもあるけど。…でも、一発目にしてはマシな方なんじゃない。あんまり支障はなかったし、慣れの問題でしょ」

思わぬ言葉にぱっと顔をあげると、菊地原くんはたじろいだように私を見て、何?と嫌そうな顔をした。ものすごく、もんのすごく分かりにくいけど、励ましてくれていると受け取っても良いのだろうか。そうか、なるほど、なかなか可愛いやつじゃないか。思わずくすりと笑みが漏れる。

「ふふ、」
「…何笑ってんの」
「いや、優しいなーと思って。ありがとう」

そう言うと、菊地原くんは面食らったような表情を見せたが、別にとつれなく視線を逸らされた。めげずに話しかける。

「ねえ、菊地原くんのサイドエフェクトすごいね!感動しちゃった。聴覚からの情報量ってこんなに多いんだ、って!聞いてはいたけど、本当にすごい才能だよ!」
「…うるさいなあ、もう少し静かに喋ってくれない?」
「あ、ごめん。話し言葉もうるさく聞こえるのか、ただでさえ音量大きいもんなあ、私。気をつけるね」
「…まあ、別にいいけど。慣れてるし」
「いやどっち?」

くすくす笑うと、いつのまにか元気を取り直した自分に気づいた。菊地原くんのお陰だな。その様子を見ていた風間さんが、いきなりふっと微笑んだ。風間さんの笑顔なんて初めて見た。驚いて見つめる。

「ど、どうかしましたか?」
「いや、俺の見込み通りだったなと思ってな。お前ならこのチームでうまくやっていけそうだ」
「!期待に応えられるよう、頑張りますね!」
「ああ、期待している」

あの風間さんから激励の言葉を頂いたからには、とにかくまた明日から頑張ろう。後でみかみかに、一ヶ月間あなたの代わりはちゃんと務めてみせるから心配しないでね、とメールを送っておこうと決めた。






ピンチヒッター・メランコリア
「楽しそうだな、菊地原」
「はあ?どこが楽しそうに見えるんですか。あいつうるさすぎ」
「やはりあいつを呼んでよかった」
「そうですね」
「歌川まで何なの、僕の話聞いてる?」


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