しんしんと降り積もる雪。辺り一面雪景色、いつも人で賑やかなメインストリートも、こんな雪の中、それも夜中とあっては、誰も外に出てはいなかった。ほんのりと灯る家々の明かりは暖かそうで、あと数分歩けば待っている自宅が恋しくなる。手に息を吐いて寒さを少しでも和らげようとするが、あまり効果はない。手をポケットに突っ込んで、ぐるぐると何重にも巻いたマフラーに顔を埋める。さむい、と呟いてみると、白い息となって宙へ消えた。


「そこのお嬢さん、ちょっといいか?」


振り向くと、暖かそうなコートに身を包み、深くかぶった帽子とマフラーで顔は見えないが顎髭を生やした男性が立っていた。私以外に今ここには誰もいないと思っていたので、少しだけ驚いて目を見開く。


「煙草を売ってる店を探してんだ」


ぱちぱち、と瞬きを繰り返した。いくつか思い出す店はどこも、とっくに閉まっている時間だった。


「こんな時間ではどこも開いていませんよ」
「やっぱそうだよなあ。タイミング悪く切らしちまってよォ…あー、仕方ねえな。我慢するか」


頭をボリボリとかいて、ため息を一つ。寒いとこ引き止めて悪かったな、と言って、来た道を引き返そうと振り返る彼の横顔が、何処かで見覚えがあったような気がしたから。思わず、待って、と声をかけた。


「ん?」


すぐに振り向いた彼に、雪を踏みしめて近づいて、コートのポケットの中から手を出した。


「…煙草はありませんけど」


ポケットにたまたま入っていた棒付きキャンディ。お気に入りのアップル味。それを差し出して、すぐに何をしてるんだろうと恥ずかしくなった。煙草の代わりにキャンディなんて、馬鹿なことを。その上初対面なのに。すみません、冗談ですとすぐに手を引っ込めようとすると、彼は急にククッ、と笑った。


「これを、俺にか?」
「す、すみません、ほんの出来心で…手元にあったので」
「キャンディなんて、初めてもらったぜ」
「甘いものはお嫌いでしたか?」
「好んでは食べねェが、たまにゃいいだろ。お言葉に甘えて、いただくよ」


そう言ってキャンディを受け取ってしげしげと見つめる。それから、おかしそうに笑った。この人の笑い方好きだな、なんてふと思った。


「ありがとよ、寒い中歩いたかいがあったってモンだ」
「いえ、こちらこそ受け取って下さってありがとうございます」
「おう。じゃあな」


今度こそ去っていく途中、ひらひらと手を振る。私はその姿を見つめていた。
もう出会うことはないだろうが、雪の夜の素敵な出会いだった。




「おかえりィ、次元ちゃーん。お、煙草売ってたのかァ?」
「いや、キャンディだこれ」
「キャンディ!?なんでんな甘いモン…お前が買ったのか!?」
「貰いもんだ」
「次元が煙草の代わりにキャンディなんて、珍しいこともあるもんだ」
「うるせー」


ルパンが物珍しそうに俺を見る。たまには甘いモンもいいもんだ、何か口に入れとかないと口淋しくていけねェ。まあ、煙草の代わりにキャンディなんざ、考えたことはなかったが。女は嫌いだが、あいつはおもしれェ奴だったな。またいつか出会えるだろうか。なんて、考える。
それにしても、甘ェ。






夜が明けた。昨晩の静けさはどこへやら、日が昇ればまたいつも通りの賑やかさを取り戻したメインストリートを駆け抜け、足早に仕事場へ向かう。今日はせっかく貴重なオフの日だったというのに、出勤命令が出てしまったのだ。というのも、早朝に上司からメールが届いていたからだ。ルパン三世の予告状が届いたのだという。世紀の大泥棒には、この真冬の寒さも関係ないらしい。今日くらいは暖炉でぬくぬくと映画でも見ようかと思っていたというのに、全く迷惑な話である。


「おはようございます銭形警部」
「オウ、やっと来たか。遅かったじゃねェか、すぐ行くぞ!張り込みだ!」
「了解しました!」
「今度という今度こそは捕まえてやるぞルパァ〜〜ン!」


つい先日私が配属された上司の銭形警部はいつもルパン三世の逮捕に燃えている。そんな警部の部下になってしまったからには、振り回されるのは避けられない運命だ。あのルパン三世をこの手で捕まえるチャンスをもらったと思えば嬉しいくらいだ。敬礼を一つして、車に乗り込んだ。


張り込みをしている最中、宣言通りにルパンが現れ、お宝を奪う。鮮やかなテクニックを見せつけられ、瞬きをするのさえ忘れてしまった。もちろん私も課せられた任務を遂行しようと愛用の拳銃を駆使しつつ追うが、そのとき目に入った黒のスーツに身を包んだ男性に気づき、足を止めた。


「ルパン、こっちだ!!」


昨晩煙草の代わりにキャンディを渡した彼が、そこにはいた。私は昨晩どうして気がつかなかったんだろう。彼の名は、次元大介。よくよく、知っている人物だったのに。
私を視界に捉えると、口をポカンとあけて立ち止まった。帽子の下では、きっと目を見開いていることだろう。そうしている間にも、他の警察たちが迫ってくる。ルパンが彼を急かすが、曖昧に返事をした。


「お前、………警察だったのか」
「……あなたこそ、まさかあの次元大介だったとは……」


次の瞬間には、お互いが拳銃を向けあった。いつ引き金を引いてもいいように、指をかけて。


「ったくこれだから女は嫌いだよ、せっかく面白そうな奴に会ったと思ったのに裏切られた気分だぜ」
「私のセリフですよ、あなたにこんな物騒なもの向けることになるなんて」


どちらともなく、ふっと笑いが漏れた。しかし、そう談笑している暇もないようだった。私は引き金にかけた指にぐっと力を込めた。
ドォン、と耳をつんざく音がなる。彼が引き金を引いたのはほぼ同時で、二発の銃声が重なって聞こえた。


「もっと違う再会の仕方をしたかったです、あなたとは気が合いそうだったのに残念」
「同じ気分だよ、まあ今日はこれでお開きってことにしようぜ。キャンディの礼はまた今度だ」
「望むところです」


ニヤリと笑った彼の撃った銃弾が私のよりも寸分先で、的確に私の持つ拳銃を弾いた。対して私の撃った銃弾は、彼の顔の頬をかすめた。考えることが似ているようだ。落とした拳銃を拾い上げるが、もう使い物にはならなさそうだ。彼の去り際、私はその後ろ姿に叫んだ。


「あなたは必ず私が捕まえます!」


出来るもんならやってみろ、とでも言いたげな不敵な笑みを残して、彼は身を翻した。
またもや逃げられたと地団駄を踏んでいる銭形警部の声が聞こえる。銭形警部のもとで、いつか必ず彼を捕まえる。覚悟していなさい、次元大介。
心の中でちくりと刺すような痛みを感じたのは、気の所為だと思い込んだ。






残念ながら運命とは、得てしてそういうものなのです

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