氷が溶け切ったグラスの上に手をかざし、からりと音をたてて自身で作った氷を入れる。それを見ていた隣のおなまえが、便利なものねえと間延びした声で呟いた。


「呑気だねほんとに。この状況分かってねェ訳じゃないでしょうに」
「クザンこそ分かってないでしょ?この状況。のんびりお酒飲んでる場合じゃないのよ?」
「分かってるよ。今は仕事したくねェ気分なのよ」
「いつもでしょ?少なくとも、私といるときは」


クスクスと笑うおなまえを苦笑して小突いた。
俺は海軍大将。おなまえは指名手配中の海賊。その二人がバーで仲良くブレイクタイムとは、異様な光景だと我ながら思う。


「この前春島に行ってきたんだけど、そこのお土産屋さんでクザンのと色違いのアイマスクを見つけたの」


そんな話をし始めて、なんとなく嬉しそうにバッグからアイマスクを取り出す。それは俺が愛用しているものと色違いで、サイズが一回り小さい女物のようだった。俺は受け取ってまじまじと眺め、ふっと笑った。


「あらら…買ったわけ?これ」
「そう、でも私アイマスク使わないんだけどね。何で買ったんだろ」
「俺とお揃いが欲しかったとか?可愛いところあるじゃないの」
「帰ったら捨てとくわ」
「いや捨てんのかい」


にっこり笑ったおなまえならやりかねない。なんて思ったが、きっと大切に保管しておいてくれるんだろう。憂いやつめ。かわいいな。
急に愛しくなって、頭をがしがしと撫でてやる。そして、口を開いた。


「なァ、おなまえちゃん」
「何?」
「まだ海賊やめねェの?」


何度となく問いかけた言葉。おなまえはため息交じりに笑って言った。


「言うと思った。そうねえ、あと50年くらいしたらやめるかもね」
「そんなのオジサン生きてねェよ」
「そーね、じゃあ諦めて」
「あらら…手厳しいね」


ぼりぼりと頭をかき、グラスを揺らした。
出会ったときから、俺とおなまえの関係は海賊と海軍。こうして酒を共に飲むことだって本当は許されないことだ。会うたび俺はおなまえを捕まえないし、おなまえはそれを分かってるから逃げない。不思議なその関係は、いつまで続くのか。


「早くやめて、こっちに来れば?」
「バカね、捕まってお終いでしょ?世に憚る悪党の私の首には大層なお値段がついてるのよ」
「俺がその首買ってやるから」
「あら、お金持ちなのね大将殿は」


おなまえが悪党なら、この世の人類全員悪党だ。本当に優しい女なのだ。なのに、肩書きだけは立派に悪を背負ってるんだから困る。対して俺は正義を掲げて背負って、見にまとっている。
それに、とおなまえが続けた。


「……シャンクスが、私を離さないわ」
「……赤髪」


赤髪が一人の女を溺愛しているとは、最近ではよく聞く噂だ。船の上では片時も離さない女が、知らないところでこうして敵と何度も飲み交わしていることなんて思いもしないだろう。


「私はあの人から逃げられない、あの人は私を逃がさない」


言って、グラスを傾け唇の隙間に流し込んだ。その表情は笑顔を貼り付けてはいるが、憂いを帯びているようにも見えた。
こんな表情を見るたびに、連れ去ってしまいたくなる。それが出来ない俺は愚かだ。結局は、自分の立場を気にしてとどまってしまう。


「貴方が海軍でさえなければ____海賊なら良かったのに。」
「おなまえちゃん、それは」
「なーんて、言わないわよ。クザンが大将青雉じゃなければ、私は微塵も惹かれなかった」


それはクザンもでしょう、と微笑む。そうだ、俺はおなまえが海賊だから。絶対に手に入らないとわかっていながら、わかっていたから、欲しいと思ったんだ。


「私たちはそういうふうに出来てるのよ」


もしもおなまえと俺が憂い無く笑い合える、そんな優しい世界だったなら。なんて、考えたところで何にもならない。俺たちはきっと出会わない方が良かった。


「だから諦めて。お願いだから、金輪際。これが最後よ」


淡々とそう言い放ち、席を立つおなまえを止めることなんて出来なかった。バカなひとね、私が出会った中で一番の。そんな言葉を残して行ってしまった。持っていたグラスごと、ぱきん、と酒が凍るのを見つめていた。







あなたと共に生きられたら、と叶わぬ夢を抱いたけれど、私たち、口付けを交わすより刃を交える方がお似合いでしょう?

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