困った。とても困った。すたすたと歩いていたが立ち止まり、振り向いて下を見下ろす。やはり見つけたその姿に、ゾロは眉間を抑えた。
見たところ5歳ばかりの幼女が、先程から何故かゾロの後を着いてくる。とことこ、という効果音が似合いそうな歩く様子はとても可愛らしい。しかし、ゾロは子供が苦手だった。子供の扱いなんてこれっぽっちも心得ていないゾロは、大抵の子供は顔を合わせるだけで泣くか逃げるかの二択だ。こんなに幼い少女ならばなおさらだ。
なのに、この少女だけは違った。ゾロが睨むように見下ろしても怯むことなく、きょとんとしてまん丸の瞳で見つめ返し、逃げるどころか早歩きしたって精いっぱい走ってついてくる。日も暮れだす頃、島を探索し終えて少し眠くなってきたところだったので船に戻る帰り道だというのに、船までついて来られてはたまったものではない。ゾロは話しかけてみることにした。
「あー…お前、」
「!」
「何か俺に用があんのか?」
「……」
「親が心配すんだろ、そろそろ家に帰ったらどうだ」
出来るだけ、荒い言葉は投げかけないよう、言葉を選びながら言う。話しかけられた少女は、こてんと首を傾げた。
「みどりのおにーちゃんはどこにいってるの?」
「………」
会話のキャッチボールが出来ない。その上なんだよその、みどりのおにーちゃんって。これだからガキは。ため息交じりに答えた。
「船に帰る。俺は海賊なんだ。言うこと聞かねェガキは、お仕置きすんぞ」
「おふね?」
「そうだ、だからこれから先は着いて来るんじゃねェ」
くいっと親指を船のある方向に向ける。眼光は鋭く、脅す勢いである。さすがにこれには怯えたように顔を強張らせたが、少女はすっと手を伸ばした。人差し指を、反対方向に向けて。
「ふなつきば、はんたいだよ」
「………」
「こっち」
おいでおいで、と手で招き、全く違う方向に歩き始める少女。ゾロはというと、ばつが悪そうに頭をがりがりとかいてから、不服ではあるが少女の後を見失わないようにしてついていくことにした。
少女はとことこと歩き続け、時折ゾロを振り向いて確認する。ゾロはそのたびに、むすっとした顔で前を見ろと手で払う動作をする。
旗から見れば、いかつい男が可愛らしい幼女の後をずっとついていく様子はなんとも異様で、一歩間違えば犯罪である。道行く人々の視線を受け、ゾロは舌打ちをした。それに反応して少女が立ち止まり、振り向いた。
「どうしたの?みどりのおにーちゃん」
「どうもしねェよ。で、次はどっちだ。教えてくれりゃあ一人でも行けるから、もういい」
「だめ、またちがうとこいっちゃうもん」
「……お前な」
バカにしてんのかと言い返したかったが、ここで泣かれて放り出されても困るのは自分だ。ここは大人しくしといてやるかと広い心を持って、黙っておいた。
しかし周囲からストーカーだと思われるのは避けたい。海軍でも呼ばれれば面倒だ。そう思ったゾロは、前を歩く少女に早歩きで追いつき、その体を軽々と持ち上げた。
「ふえっ!?」
「大人しくしろ、肩車してやるから。こっちの方が怪しまれないだろうが」
子供を肩車するのはもちろん初めてだ。落とさないように細心の注意を払いながら、細くて小さい体を肩に乗せた。これで一見仲のいい兄妹に見えないこともない、ような気もする。
「ふおー!たかい!みどりのおにーちゃん!たかーい!」
「そうかよ、良かったな。暴れんな落とすぞ」
「いけー、おにーちゃん号!はっしーん!」
いきなりテンションが上がってはしゃぎ出した少女に頭をぺしぺしと叩かれ、ゾロはうるせえと言いながらも歩き出す。きゃっきゃと楽しそうな声が頭上から聞こえてきて、肩車ごときでこんなに喜ぶもんなのかと思っていた。うるささは増したが、悪い気はしない。ずっと不満そうな表情だったのを少しだけ緩めた。
そのまま案内してもらいながら歩き続け、しばらくするとやっと船についた。もう日も暮れてきていて、サニー号には皆帰ってきていた。
「ついた!」
「おう。…案内、助かった」
一応礼は言っておかないと、と思ってそう言うと、うふふと笑って頭を小さな手で撫でられた。
それよりも、早いところこいつを帰らせねば、子どもを肩車しているところを見られたら後で何とからかわれるかわからない。それに夜になると暗くなって何かと危険だ。肩車から降ろそうと腰を下ろして手を伸ばすと、少女は頭を掴んで離さない。
「おい、そろそろ降りろ。もう帰って良いんだぞ」
「わたしもいく、おふねのる!」
「何言ってやがんだ、誘拐犯にはなりたかねェんだよ!親が心配してるぞ」
「おとうさんもおかあさんもいないもん、おじちゃんはいるけど、たたいてくるもん!みどりのおにーちゃんといっしょにいく!」
そう叫ぶのを聞いて、ぴたりと固まる。そんな境遇にあったなんて。かと言って、誘拐していい理由にはならない。なんとか降ろそうと躍起になっていたが、少女の落ち着いた声が降ってきた。
「みどりのおにーちゃんは、わたしにかえってほしいの?」
「そりゃそうだろ」
「わたし、あんないしてあげたのに?」
「……それとこれとは別だ」
「………、かえりたくない」
ぽつり、漏らしたそれは、本音としか思えなかった。ゾロは深いため息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。肩車をしたまま。
「みどりのおにーちゃん?」
返事をせず、すたすたと歩き、船に近づく。すると、ルフィがゾロに気付き、声をかけてきた。他のメンバーもそれに気付き、船の縁から身を乗り出してくる。
「お!ゾロが帰ってきた!……って、えええ!?がきんちょ肩車してるぞ!!!」
「はぁあ!?ゾロ!?あんた、そのコどうしたのよ!!」
「ちっちゃくてかわいいなー!!」
「いつの間に、隠し子かしら」
「いやちげェだろ!?…違うよな!?」
「つか…似合わねェ構図だなオイ」
言いたい放題言われ、ぴきりと青筋が立つ。きょとんと目をぱちくりさせる少女を乗せたまま、そして堂々と言い放った。
「攫ってきた」
マシュマロみたいなおんなのこ数秒後、船内に絶叫が響き渡った。
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魔女