久しぶりに島に到着したこの今日という日は、サンジの誕生日である。
「サンジっ!誕生日プレゼントだぞ!肉やる!にっしっし!」
「お前が食べてェだけだろうが!ルフィ!」
「おらよ、クソコック」
「酒?…ま、ありがたく受け取っといてやるか」
「誕生日おめでとう、サンジ!これやるよ、お前この前欲しいって言ってたろ?」
「新しい鍋か!サンキューウソップ!」
「サンジくん、誕生日おめでとう!これあげるわ。あたしとロビンで選んだの!」
「ナミすわァァん!ロビンちゅわァァん!なんてセンスの良いネクタイなんだ!ありがとう!」
皆ぞろぞろと島で買ってきたプレゼントをあげている。私はそれを遠目に眺めていた。ほんの少しだけ焦りと罪悪感を感じながら。
「おなまえはサンジに何買ったんだ?」
チョッパーがとことこと歩いてきて無邪気に聞いてくる。しゃがんで、ぎゅ、とそのほっぺたを押しつぶした。
「…買ってないけど何か文句ある……!?」
「え、買ってないのか!?」
「あんたなんで買わなかったのよ?」
ナミまで聞きつけて歩いてきた。あああんまり言いたくないのだが、仕方ない。もごもごと小さく呟いた。
「何あげればいいかわかんなくて…皆みたいに長く一緒にいるんじゃないから何がいいかパッと思いつかないの!迷っちゃって、結局何にも買えなかったの…!!」
「バカね、ルフィなんて肉あげたのよ?何でもいいのよ、気持ちがこもってれば」
「そんなこと言ったって…」
サンジは紳士でおしゃれでいつも優しく(女性限定だが)、気もきく。実は私はそんなサンジを、だんだんと意識してしまうようになったのだ。
私は一味の仲間では新入りで、皆より船に乗ってからの年月は短い。だからサンジがどんなプレゼントを欲しいのかなんてあんまりわからないし、喜んで欲しいから選ぶのも慎重になってしまい、結局買えずじまいで帰って来たのだった。
「ふふ、じゃあ私にいいアイデアがあるわよ」
「何!?ロビン!教えて!」
ロビンは微笑んで、ある提案をした。
「サンジっ」
「何だい、おなまえちゅわん!」
いつもよりテンションが高いサンジは呼んだだけでくるくる回りながら近寄って来た。つばを飲み込んで、覚悟を決める。
「私からの誕生日プレゼントなんだけど」
「え!おなまえちゃんもくれるのかい?嬉しいな!」
嬉しそうに目を見開いたサンジの顔の前に、びっと三本指を立てた。
「三つだけお願いごとを聞いてあげるわ」
「お願いごと?」
「私に出来ることなら何でもいいよ。…あんまり無茶ぶりはしないで欲しいけど」
なんだかしょうもないような気がするが、これならばサンジの希望通りのプレゼントだ。なかなかいい提案だと思う。サンジはぱちくりと瞬きした後、にっと笑った。
「じゃあ、俺は今からウソップと舟番交代だから、俺の買い出しに付き合ってくれねェかな?」
「買い出しに?」
予想だにしないお願いに、今度は私がぱちくりする番だ。サンジは煙草の煙を吐きながら言う。
「ああ。食材をどっさり買い込まなくちゃならねェんだが、おなまえちゃんに着いて来て欲しいな」
「…私、そんなに重い荷物は持てないけど」
「レディに荷物は持たせねェよ。ただ一緒に来てくれるだけでいいんだ」
「…わかった」
それならば私を連れて行く意味はないんじゃ…と思ったが、とにかくお願いを叶えると約束したからには何も言わずに言われるままにするだけだ。手早く身支度をすると、サンジと島へ繰り出した。
久しぶりに着陸した島は嬉しいことにかなり栄えた島で、買い出しはとても楽しかった。
「わ!サンジ!これおいしそう!」
「へェ、珍しい食材だな。今夜はこれでソテーでもするかい?」
「いいね、そうしよう!」
山ほど食材を買って行く。大きな袋ははち切れんばかりだ。全てサンジが一人で持っている。手伝うと何度も言っているのに、重い荷物をレディに持たせられないと一点張り。それなのにサンジは重そうな素振りは見せない。さすがだ。
街を歩いているとウインドウショッピングも楽しめる。何着か洋服も買ってしまった。私が見惚れてしまったものと、サンジが私に似合いそうだと言ったもの。それからロングブーツ。アクセサリーも少し。
「あ、ねえ、サンジ!これ見て!おいしそう!」
通りかかったスイーツ屋を窓越しに眺める。カラフルでどれもおいしそうだ。甘い匂いが店の中から香ってくる。
「んーおいしそう!どれか買って帰ろうかなあ…」
「食べたいなら今度作ってあげるよ、おなまえちゃん」
「本当?ありがとう!じゃあ我慢しようかな……あ、これ、すごい!」
一際目立つカラフルなケーキを指差す。なんと花がふんだんに飾り付けられている。美しい豪華なタルトだが、この花は食べられるのだろうか。
「エディブルフラワーのブーケタルトだって…!」
「食用花のタルトか…!すごいなそりゃ!どんな味がするんだろうなァ…!」
サンジの目がきらきらと光る。その横顔をじっと見ていた私はふと思いついて、お店の中へ入った。数分後、サンジの元へと帰ってくる。そして小さな箱をずいっと差し出した。
「はい、サンジ!お花のタルト、プレゼント」
「え…!!俺にくれるのか!?」
「うん!欲しそうだったから、二つ目のお願いごとってことで。私にも一口ちょうだいね!」
にっこりと笑うと、サンジは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう、おなまえちゃん。嬉しいよ。食べてみたいと思ったんだ」
「どういたしまして」
よし、喜んでくれた。私まで嬉しくなってスキップしたい気分になる。そこでサンジが言った。
「…そろそろ帰ろうか?日もくれて来た。夕食の用意しなくちゃいけねェからな」
もうそんな時間かと時計を見ると、あっという間に時計の針は進んでいた。楽しい時間はすぐに過ぎて行く。
「そうね、帰ろっか」
顔を上げて頷くと、サンジは眉を下げて私を撫でた。
「…そんな名残惜しそうな顔しないでくれよ。楽しかったな、ありがとう」
そんな顔してただろうか。だってあまりにも楽しくて。帰りたくないなんていうのは、我儘だ。そんなことはわかっている。でも、あと少しだけでも、まだ二人きりでいたいと思ってしまうのだ。
幸い、まだお願いごとは一つ残っている。
「じゃあ帰る前に、最後にして欲しいこと、ある?」
サンジは悩む素振りを見せて、ちらりと私を見た。
「……何でもいいんだろ?」
「うん…何?」
「じゃあ…おなまえちゃんが欲しい」
サンジの視線に射抜かれて、私の思考回路は停止した。どういう意味だ、それは。するとサンジは慌てて手を振った。
「っ、というのは冗談で…!そうだな、じゃあ、帰りにジュースを買ってくれるというので、」
サンジが言い終わらないうちに、私は動いた。ヒールのブーツで精一杯背伸びする。ちゅ、と小さくリップ音を鳴らして、頬に口付けた。
「っはい、三つ目!これで我慢して!」
早口で言い切って、思わず駆け出した。そして湯気が出そうな頭にぱっと”あること”を思い出して、くるりと振り返る。ぽかんと立ち尽くすサンジを見た。
「誕生日おめでとう!サンジ!」
すぐに向き直って駆け出す。ヒールのせいで走りにくいが、気にしていられない。あああ私ってば…!後でどんな顔して会えばいいの!
みっつのおまじないを唱えて
甘やかな午後は幕を閉じる
「………やられた。本当に、クソ可愛いプリンセスだ」
あまりのことに落としてしまった吸いかけの煙草を踏み潰して、熱を帯びた頬に手を当てた。
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