ざあざあと降り注ぐ雨は、今年のこの日も例年通りの雨である。止まない雨を見つめてはあとため息を零す。空は今年もさめざめと泣いていた。


「何やってんでィ、んなとこで」


顔を向けると、ビニール傘を差した沖田さんが団子の串を噛みながら通りすがった。見廻りのようだが警備しているようにはとてもじゃないが見えないし、そもそも隊服を着てさえいなければ全く警察には見えない。まあいつものことだが。


「見てわからない?雨宿りしてるの。そっちこそ何、またサボり?」
「雨宿り?何で傘持って来てないんでィ、バカか。俺は見廻りに決まってんだろィ。えらいからねィ」


見下したように目を細め、そしてニヤリと口角を上げる。見廻りと言いつつ、そのくわえた団子の串がいつものサボタージュであることを物語っている。私は呆れたように相槌を打った。


「はいはい。えらいえらーい」
「何でィその言い方、斬られてェのか。で、お前は何で傘ないんだよ」
「違うのよ。傘はもちろん持って来てたわよ。でも、さっき傘が壊れたって泣いてた子供にあげちゃって」
「……バカか。傘あげちまって、お前どうする気だったんでィ」
「だから、雨宿りしてんの」
「バカだな」
「バカバカ言うな」


心外だ、良いことをしたと思って自分を褒めていたのだが。呆れられてむうと頬を膨らませる。視線を背けてまた雨の風景を見つめた。ああ、今年も雨かあ。


「沖田さん。今年の七夕も雨だねえ」


話しかけたつもりだったが沖田さんから返事がなく、顔を見ると目をぱちくりしていた。


「そういや…今日、七夕だったか」
「今気づいたの?遅いよ」
「うるせェな。興味ねェんで」
「ひどいなー。毎年雨なんだよ、七夕。ちょうど梅雨でさ。織姫さまも彦星さまも、ずーっと逢えないじゃん。天の川も見れないし。今年こそと、思ってたんだけどなあ」


言いながら屋根の下から手を伸ばし、雨を手に受ける。冷たい雨が指を濡らした。


「……ロマンチストみてェなこと言ってんじゃねェや」
「そんなんじゃないけどさ」


言い返しながら、帰りのことを考えた。ここからそう遠い距離ではないが、冷たい雨に濡れながら帰るのは少々堪える。止むのを待つと言っても、この様子では止む気配はない。どうしたものか。
七夕ならばお願いごとが叶うと言う。それならば、傘が都合良く落ちて来たりなんかして、雨に濡れずに帰れたりしないかなあ、などと都合のいいことを思っていると、沖田さんがぼりぼりと頭をかいた。


「それで、お前、これからどうすんでィ。雨止まねェぞ」
「んー、まあ、走って帰るしかないかなあ…」


そう呟くと、沖田さんが数秒してから言った。


「…そこまで言うなら、俺の傘に入れてやらねェこともない」


ばっと顔を見ると、沖田さんはそっぽを向いていた。じろりとこちらを横目に見た。
そこまでも何も、傘に入れて欲しいなんて一言も言ってないけれど。ツンデレか。この人Sなんじゃなかったっけ。くすりと笑う。


「じゃあ、入れて」
「…仕方ねェな。あんまこっちくんなよ、俺が濡れるだろィ」
「はいはい。ていうか、すごいね。七夕のお願いごと叶っちゃった」
「は?」
「濡れないで帰れたらいいなって、さっきお願いしてみたの」


七夕の力すごいね、本当に叶うんだねと傘に入れてもらいながらにこにこすると、沖田さんはふいと違う方を向いた。なんだなんだ照れてるのか。違うか。照れる要素ないしな。
歩き出すと、意外と沖田さんの歩幅が大きいということに気がついた。早歩きになってしまう。至近距離に並ぶと、身長の差も浮き彫りになってくる。あまり意識してなかったけれど、沖田さんもちゃんと男の人なんだなあと実感した。


「おい」
「はい?」
「お前、俺のおかげで願い事叶ったんだろィ。じゃあ今度は俺の願い事叶えろ」


言っとくが拒否権はねェんで、と言われた。この人のことだ、何をお願いされるか分かったものではない。サディスティック星の王子と呼ばれるくらいなのだから、一週間俺の奴隷、などと言い出すかもしれない。びくびくしながら何なのよと聞いてみた。


「俺の誕生日を祝え」
「なーんだそんなこと、………え?」


沖田さんを凝視するとじろりと見下ろされた。拍子抜けどころではない。


「沖田さん誕生日いつ!?」
「明日」
「明日ァ!?」


素っ頓狂な声を出してうるせェと言われたが、気にしていられない。明日。まさかの。で、それを祝えと。


「明日、俺オフなんで。全力で俺を喜ばせねェと承知しねェからな」


まっすぐ前を向いて歩きながら言う。あなたはオフでも私はオフではないんですが。バリバリ仕事あるんですが。
だがしかし、せっかくの沖田さんの誕生日だ。なんだかんだ沖田さんにはお世話になっているし、この傘の礼もしなくてはならない。急だが一日休みをもらおう。それで、全力でお祝いしよう。意地でも喜ばせてやる。


「分かった、覚悟しといてね?全力でお祝いするんだから」
「…ふん。受けて立ってやらァ」


こちらに顔を向けた沖田さんはどこか嬉しそうだったので、お願い事が叶って嬉しいのだろう。せっかくの誕生日を私と過ごすのはいささかもったいないような気がするが、こうなったら最高の一日にしてやろう。まずはケーキを作ろう。それから、クラッカーを準備して、それから。なんだか楽しくなってきた。


「誕生日が七夕の次の日って、楽しくて素敵だね!」


にっこりと笑ってそう言うと、沖田さんはそんな私を見てふっと笑った。


「んなこと、初めて言われた」


沖田さんには珍しく、あんまり楽しそうに笑うので、私もつられてえへへと笑うと、気持ち悪ィと小突かれた。やっぱりいつもの沖田さんだ。
例年通りの雨の七夕。でもきっと、明日は晴れる。そんな気がする。






ふりそそぐ天の下

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