「ねえ、おなまえちゃん」


クザンはそう言っておなまえに声をかけた。いつも通りに、めんどくさそうに机に足を乗せて、頭にはアイマスクをかけて。おなまえはいつも通りに、振り向いて首を傾げた。


「なんですか、大将。仕事してください」
「わーかってるって。あと五分したらやる」
「そう言ってもう三十分ですからね」
「あらら、そうだっけ。じゃなくてさ、」


話を変えようと手をひらひらと振る。おなまえはもう一度首をことりと傾けた。


「あのさー、おなまえちゃんはあいつと仲いいけど、どうなの」
「あいつ…ああ、スモーカー大佐ですか?」


なぜこんなことを聞かれるのかわからないが、クザンはじっと答えを待っている。どうなの、と聞かれても困るなあと思いつつ、答えた。


「えーと…仲が良いのかはわかりませんが、変わりなくお付き合いさせていただいてますが」
「お付き合い?え、まさかおなまえちゃん付き合ってたの?」
「いえ、そうではなく!普通に、仲良くさせていただいているという意味です」
「あ、そう」


仲が良いのかはわからないが、確かに、上司と部下の関係にしてはそれなりに親しく接している。煙草の匂いはあまり好きではないが、コーヒーの好みが一緒なので行きつけの喫茶店で二人で息抜きすることもある。その上たしぎとおなまえは同年代の同性ということでとても仲が良い。それもあり、スモーカーと接することも多いのだった。
それが何だというのか。おなまえは腕を組むクザンの次の言葉を待った。


「あー、じゃあさ、仲良しの新兵がいるじゃない。何だっけ名前、あの男の子二人」
「コビーくんとヘルメッポくん、ですか?」
「あ、そいつ。とは、どうなの」


次はこのごろ入って来た海兵の話に移る。コビーとヘルメッポとは、夜二人が訓練をしている時に出会った。夜中なのに飽きもせずトレーニングに励む様子を見て感心し、差し入れとしてほんの少しの手作りお菓子をあげたことがきっかけで、仲良くなった。


「がんばっているなあと…すごいなと思います」
「そんだけ?」
「はあ、まあ…何なんですか、さっきから」


おなまえはじとりとクザンを見た。既に五分は経っている。クザンは机から足を下ろし、立ち上がる。見下ろしていたのにすぐに見上げる位置になり、くそ身長高すぎなんだよとひっそりと心の中で思った。


「…おなまえちゃん」
「はい?」
「じゃあ、俺のことは、どうなの」


思わず目を丸くし、ぱちくりとする。クザンは無表情でじっと見つめている。


「大将の、ことですか」
「そう」
「えーと……」


少し考える。何でこんなことを聞くのか、本当にわからない。クザンとの今までの日々を思い返すと、なぜか鼓動がほんの少し速くなっていた。


「仕事しないし人のことコキ使うしだらけすぎだし身長高すぎだけど、」
「悪いとこしか聞こえないんだけど」
「だけど、たまにいいとこもある、自慢の海軍大将です」


ちょっと恥ずかしかったかな、とふらりと目線を外す。するとクザンは一歩距離を詰めてきた。歩幅が大きいので、かなり近い。おなまえは一歩下がる。しかしまた一歩詰められた。


「なんで遠ざかるの、おなまえちゃん」
「だって近いんですよ!なんで近づくんですか!」
「いいじゃん」


そのまま数歩下がると、壁に当たった。クザンは不満気に見上げてくるおなまえをじっと見つめて、口を開いた。


「俺、おなまえちゃんのことが好きだ」


おなまえは頭をフル回転させた。なぜこんなことになっているのか。普段のクザンではない。おかしい、と考えた末、今日の日付けを思い出した。
おなまえは拳を握りしめ、どすっとクザンの腹にパンチを決めた。と言っても、クザンには全く効いておらず、ぽすんと受け止められたが。


「嘘、ですよね?」
「………あらら…気づかれちゃったか」


クザンはぽりぽりと頭をかいて、椅子に座り直した。おなまえはじろりと見下ろして言う。


「今日、エイプリルフールでしたね。すっかり忘れてました」
「うまかったろ、迫真の演技」
「はい、うっかり騙されるとこでしたよ!」


少し怒った様子のおなまえは出来上がった少量の書類をまとめ、抱えて扉を開けた。


「これ、センゴクさんに渡して来ますから。残りの仕事しててくださいよ」


ぱたん。閉じた扉を見つめて、クザンはぎしりと椅子に寄りかかった。
ため息をひとつつく。そしてぼそりとつぶやいた。


「嘘、ねえ………」


年も、地位も、身長も。全てかけ離れている。実るはずがないことはとっくに分かっている。だから嘘でいい。この想いが全部嘘ということになっても、せめて言葉にはしたかった。






嘘しか知らない少女のはなし



title by魔法瓶

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