「例えば、一面まっしろな雪で覆われた誰の足跡もついていない道だとか、ふと見上げた夜空がいつもより綺麗な星空だとか、うろこ雲の夕焼けがグラデーションに紅く染まってゆくのとか、そういうのを見た時にさ。

瞬きさえ惜しくなるときがあるじゃない。この光景を手に入れたいって、思うときがあるじゃない。ずうっと見ていたいなあってさ。
カメラがあれば一枚撮りたい、いや一枚とは言わずに何枚でも、でも写真に撮ったら色褪せてしまいそうだからこのままスノードームとかそういう宝箱のようなものに閉じ込めて独り占めにしたい、そう思ったりとかね。

でもそんなことは当然出来なくて、ぜんぶ、過ぎて行く時間と共にぽろぽろとじわじわとなくなっていく。それがとてももったいなくて仕方ない。せっかく綺麗な光景なのに、どんどん、なくなってしまうのかなあって。
例えるなら、砂時計。一分一秒だって同じ瞬間はない。どんどん砂は落ちていって、みるみるうちに姿形は変わっていって、最後にはすべてなくなっていく。それを繰り返すの、何回も何回も。

なんだか悲しいじゃない?時間には敵わないんだなあって、叶わないんだなあって、思い知らされる。だから、時間に負けない何かを持っていたくなる。時間が過ぎても変わらない何かがちゃんと存在するんだってことを、確かめたくなるの」







「〜〜〜なっげぇぇぇ…んだよお前はァア!」


携帯ごしに伝わる銀時の声が鼓膜を揺さぶる。そんなに叫ばないでよ、と耳を塞いでため息をつきなぎら言うと、叫びたくもなるわァアとまた叫ばれた。少し耳から離してしゃべりかける。


「いきなり朝早くに電話かけて来たと思ったら、語り出しやがってお前何!?新手の嫌がらせですかこのヤロー!今何時だと思ってんだよ!四時だぞ四時!わかってんのか!?」

「そのくらい分かってるわよ」

「じゃあ電話すんなよ!」


朝早くからうるさい。新手の嫌がらせは銀時でしょうが。私が何も考えていないと思っているのだろう、心外だ。私はそれをちゃんと考えて、電話したいのをずっと耐えていたんだから。さすがに夜中だと迷惑だろうと思って。


「ハアア!?昨日の夕方からずっと外にいんの!?意味わかんねーんだけど!何がしたいのお前!」

「だから。銀時の家に遊びに行こうとしたら、グラデーションみたいな夕焼けだったのよ。だから、屋根によじ登って見てたの。そしたら、どんどん暗くなっていって、みるみるうちに夜空に変わって、なんだかよくわからないけれど悲しくなって…でも夜空も綺麗だったからずっと見てたの、そしたら今度は大雪になっちゃって、その景色も綺麗だったからそのまま見てて、朝方になったらいつのまにかあたり一面雪景色だったから電話した」

「ツッコミどころが多すぎるわ!!今お前ウチの屋根にいんの!?」

「うん」


銀時は数秒沈黙して、深い深いため息をついた。呆れてものも言えないといった様子だ。そして、ゴソゴソと布が擦れる音や物音が聞こえて来たから、布団から出たのだろう。

屋根から見下ろす景色は、本当に綺麗な雪景色で。きめ細やかな絹のような白に覆われた町。一晩でこんなにも変わってしまった。
こんな雪の世界の中にいると、まるで世界に私だけ、みたいな気がしてくる。そんなわけはないのだけれど、そんな錯覚に陥るくらい、本当に綺麗だ。
でも、この"綺麗"もこの一瞬だけなのだ。すぐに日が登って、雪をとかし、人々の足跡で景色は崩れていくのだ。
そう思うと、私は目を離せなかった。せめて瞼に焼き付けておこう。この景色が永く続かないなら、手に入らないなら、せめて。


「もしもし、おなまえ?」

「なに?」


銀時の声が耳に届いて、返事をする。


「お前さあ、長々だらだらしゃべってたけどよ、つまり結局、」

「?」

「景色みてたら俺に会いたくなったから電話しただけなんだろ?」


顔がじわじわと熱くなる。何か言い返そうと思ったが、まあ結局図星なのだった。


「おなまえの言い方だと、時間が止まればいいのに、みてェな言い方だったけどよ、俺はちげェ」

「なんで?」

「時間がなければ、その景色も生まれてなかったんだ。景色は一つに限られて来るしな。ひとつひとつの光景は___世界は生きているんだ。世界の呼吸を感じられる。そんな世界の中に、俺とお前の二人きり。それって、結局は一番、」


屋根に銀時がよじ登ってきた。ニヤッと笑って、耳には携帯を当てたまま、視線は私を見ながら。


「美しいと思わねー?」


そうだね、うん、それもそうだ。
次第に明るんでいく景色は雪が朝日に照らされてきらきらと輝いていた。







アスタリスク

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