ガキン、と嫌な音がして、ブレードが折れた。最後の刃だった。右も左も根元から折れてしまった。ぐりん、とこちらを見たデカい眼球。手が私を掴もうと動く。なんとか逃れようとガスを出すが、ガスはぷすんと底をついた。
ああもう無理か、なんて、大きな手のひらに握りつぶされそうになりながら冷静に考える。
目を閉じる寸前、必死な顔の愛しい人が飛んで来るのが見えた。
最後に見れて良かった。もしかして泣いてるの?大丈夫、泣かないで。きっとまた、会えるから。
今度は壁の外で。
ぱちり、と目が覚める。上半身を起こすと、めざまし時計が鳴る一時間前だった。
「…嫌な夢」
目を覚ました今となっては、一秒ごとに霞んですぐに消えていって内容なんて忘れたが、それでも気持ちの良い夢じゃなかったことは、覚えている。縁起が悪い。今日はクリスマスなのに。そして、クリスマスの今日は、恋人であるリヴァイの誕生日だ。ちゃんとプレゼントも用意している。目一杯祝ってあげよう。
リヴァイと待ち合わせしていた広場のツリーの前に、五分前に着いた。当たり前のように先にいたので早足で駆け寄る。
「遅え」
「ごめんね、寒かったでしょ」
少しだけ不満そうなリヴァイ。これでも五分前、余裕持って来たのにリヴァイってば早いんだもの。行くぞ、と歩き出そうとするリヴァイを引き止めた。
「今日は何の日でしょーかっ」
「…クリスマスだろ?」
「それもあるけど…」
ごそごそとバッグを探る。ずっと前から準備していたそれを取り出し、大切そうに両手に包んだ。
「誕生日おめでとう、リヴァイ!」
にっこりと渡すと、リヴァイは目を丸くしてから、ふっと笑って受け取った。ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。私が髪を整える間に、ラッピングを解いて開けた。小箱には、きらめく一つのリングが入っている。ちょっと恥ずかしくなって目をそらす。
何をあげるかとても迷った。形に残るものにしたいし、いつも持っていられるものがいい。それでいて、できれば私も同じものが欲しい。そう考えた結果のペアリングだ。重い、と思われたらどうしようという不安はあったが、質素だけど小さく綺麗な装飾のついたペアリングを見てこれにしようと決めた。
「ペアリングか」
「…うん」
服に隠れていたネックレスを引っ張り出す。鎖にはリヴァイにあげたリングと同じものが下がっている。
「出来れば、リヴァイもどこかにつけてくれたら…」
もごもごとつぶやく。もしかしたら、嫌かもしれないし。おそろいとか、好きじゃないかもしれないから弱気になってしまう。
すると、リヴァイは躊躇なくズボッと右手の薬指にはめた。私は拍子抜けしてぽかんと見ていた。
「何ぼーっとしてやがる…そういや、お前何してる。早くそれ外せ」
「は、外す?」
言われるままにネックレスを外す。リヴァイに渡すと、チェーンからリングを取った。
「おら、出せ」
おそるおそる右手を出すと、薬指にゆっくりとはめられた。
リヴァイを見ると、どこか満足そうだ。優しげに見つめている。嬉しいけれど、とてもとても嬉しいけれど、自分で用意したのに恥ずかしくなり右手を胸に抑える。
「な、なんで右手の薬指?」
「左はまだ先だからな」
まだ、と聞いて、ぼっと顔が熱くなる。リヴァイはニヤリと楽しそうに口角を上げた。
リングは光を反射してきらきらと輝いている。へにゃりと笑ってリヴァイに言った。
「これでずっと一緒だね!」
「…そうだな」
『ずっと一緒にいようね!』
『…ああ』
一瞬、脳内にそんな声と情景がよぎった。ピタリと笑顔が固まる。
しかしすぐになくなった。一瞬のことだった。なんなのだろうか。
「…?」
「おなまえ?」
「…ううん、なんにもな」
『おなまえ?』
まただ。リヴァイの声だ。
どうして、
『おなまえ?応えろ。…無視してんじゃねェよ。おい、おなまえ』
『無視とはいい度胸じゃねェか。躾が必要だな』
『…おい、いいかげんにしろ。目を開けろ』
『……なんでだよ…おなまえ。一緒にいるんじゃなかったのか?』
『…………また会えるだろ?ずっと、いつまででも____待ってる』
つう、と涙が頬をつたう。
「………そっか、"そう"だったんだね」
ぼろぼろ溢れ出す涙を拭うこともせず、ただ目の前の困惑するリヴァイを見つめて。
そうだったんだね。リヴァイ。
「ごめん、ね、リヴァイ……待たせてごめん、」
「何のことだ?落ち着けおなまえ。まず泣き止め」
慌てるリヴァイに抱きついた。しっかり腕を回して、その存在を確かめるように。
私はここにいて、リヴァイもここにいて。そしてまた出逢えた。
「リヴァイ、出逢えて良かった。……巡り合えて、良かった」
リヴァイが覚えていなくても、代わりに私が覚えているから。
やっと幸せになれるんだね。リヴァイ。
ロスト・メモリー最果てより愛を告ぐ
title by
レイラの初恋/
瑠璃