11月11日、ひときわ肌寒くて、冬の訪れを感じ始めた日。一人の不思議な男の人に出会った。
「おい、落としたぞ」
小麦粉やら砂糖やらがたくさん入った大きな紙袋を抱えてあるいていたら、その中の一つが落ちてしまったらしい。たまたま通りすがった緑の髪が印象的な男の人が親切にも拾ってくれた。
「あ…ありがとう!出来れば…袋の中に入れてくれると、嬉しいんだけれど」
両手は紙袋を抱えているので塞がっていた。おずおずとそうお願いすると、言われなくても、と入れてくれたうえに、紙袋を持つのを代わってくれた。
「どこまで持って行くんだ」
「あ…あの、だ、大丈夫。一人で持てるから」
「いいから、どこだ」
本当に親切な人だ、こんな人、初めてだ。少し感動しながら、ありがとう、とすみません、を言って、こっちと路地裏の通りを指をさした。
彼は軽々と紙袋を持ち、私についてくる。力持ちなんだなあ。すごい、とっても重いのに。
「私の家…すごく遠いの」
「構わねェ、道案内は頼む」
「うん、もちろん!」
私の家はここから少し行ったところの、森の一番奥にある。そこにある小さな木の家が私のすみか。街からはとても遠いから、買い物はいつもこうやってまとめ買いするのだ。
彼の前を行きながら、ちらちらと振り返ると、彼の腰に見慣れないものがあった。
「それ、何?」
「あ?これか?刀だ」
「かたな…」
「知らねえか?斬る、武器だ」
「武器なんて、そんな物騒なものなんで持ってるの?」
「俺は海賊だから」
海賊、とは、また初めて聞く言葉だ。首を捻ると、呆れながらも説明してくれた。
広い広い海の上を、お宝を求めていろんな冒険をするのだという。海、なんて、生まれてこの方見たことがない。冒険というのにもとても興味が湧いて、家につくまでいろんな冒険の話をしてもらった。
空に浮かぶ島の話、お化けばかりの島の話、海底深くの竜宮城にも行った話。どれも本当におもしろい話だった。
そんな話に夢中になっていると、いつのまにやら家に着いた。長い長いはずの道のりがとても短く感じた。こんなの初めてだ。
「ありがとう、入って」
「おう」
家に招き入れ、テーブルに紙袋から買って来た物を出す。たくさん買い物をしたな。
「こんなに買って、何か作るのか?」
「アップルパイを作って、街に売りに行くの」
「へえ、うまそうだな」
それは、彼がさらりと口にした言葉だった。
うまそうだな、その言葉を聞いて、心が晴れ渡るようだった。私は満面の笑みになり、彼の手を握って大きく頷いた。
「そう…!とってもおいしいんだよ!!」
彼は少し驚いたようで、目を見開く。その目を見つめながら、続けた。
「とってもおいしいの、いつも自信作でね…!!あ、そうだ、食べる?あるよ、昨日の売れ残りだけど」
「あ、ああ。食う」
ぱっと顔を輝かせる。走って保存用のダンボールの元へ行き、その中の一番綺麗にラッピングされたアップルパイを取り出し、彼に差し出した。彼はすぐにラッピングを解き、ぱくりと口に入れる。もぐもぐ、咀嚼する様子をじっと見つめて、飲み込むのを待った。
「うめェ」
「っでしょ!?」
彼はすぐにペロリと食べ終わり、もう一つねェか、とおかわりまで催促した。とても嬉しくて、ダンボールごと持って行った。
「このアップルパイはうめェよ、どっかのクソコックよりうめェ。たくさん売れるだろ?」
早くも三つめのアップルパイを手に取る彼がそう聞く。私は笑顔で答えた。
「ううん、一つも!」
「…………………は?」
「一つも売れないの、これ全部売れ残り!なんならあなたに全部あげる」
山盛りに積まれたアップルパイの売れ乗りを指差してにこにことそう答える。でも彼は食べるのをやめてしまった。どうしてだろう、もっと食べていいのに。
「なんでだよ」
「なんででも、だよ。仕方ないの、私、もう慣れたから」
「慣れたって」
「私ね、鬼の子なんだって」
そうして話し出す。私の毎日を。
私の母はのうりょくしゃという人らしい。
なぜだか街の人に嫌われて、追い出されて、この家に住んだ。母が病気にかかった時も、病院は母を入れてくれなくて、死んだ。父はいない。
母がよくおやつに作ってくれた、森の木になるりんごで作るアップルパイ。私は毎日それを作って、街に売りに行く。お金を得るにはそうしなさいと、母が言ったからだ。でもまだ、一つも売れたことがない。鬼の子が作ったパイなんて、誰が買うものかと。
でも大丈夫、明日は売れるかもしれない。明日がだめでも、明後日は売れるかもしれない。だって、こんなにおいしいんだもの。
「だから、あなたが初めて。私のパイを食べてくれたのは。おいしいって言ってくれたのは」
ありがとう、本当に。深く深くお辞儀をした。
そうだ、何かお礼をしなくちゃ。
「何かお礼するよ。運んでくれたお礼と、食べてくれたお礼」
無表情で聞いていた彼は、やっと表情を表した。にっと笑ってダンボールを抱える。
「じゃ、これ全部な」
「え…」
「礼くれんだろ?もらってく」
ウチには大食らいがいるからこれじゃ足りねえくれェだけどな、と言って歩き出し、足を使って器用に家の扉を開けた。私はというと、ぽかんとして突っ立っている。だって、だって、嬉しくて。涙が止まらないの。
「なあ」
「な、なに、」
「名前は?」
名前、なんて、忘れかけていた。
「おなまえ」
「俺はゾロ。おなまえ、俺と来い。アップルパイ、また俺に作ってくれねェか?」
久しぶりに呼ばれた名前は、とても柔らかく鼓膜に届いた。こんな気持ち、始めてで。嬉しくて仕方なくて、どうにかなりそうだ。夢かもしれない、と頬をつねってみても、ちゃんと痛みは感じられて、夢じゃないと証明していた。
「うん」
11月11日。ゾロに出会えたこの日のことは、きっと一生、忘れない。
林檎の紡ぐ唄
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