第13研究室の扉の前に来る。
ここに来るのももう何度目だろう。ドアノブに手をかけた。


「失礼しまーす!」


中では、何かの実験があっているようだった。文学部に所属する文系の私にはさっぱり分からない数式が黒板に並んでいて、テーブルの上の実験器具も見たこともないようなものばかりだ。
それを指示していた湯川先生が、私を見る。目が合って軽く頭を下げる。


「また来たのか、おなまえ君」


湯川先生は少しだけ呆れたように半目になった。はいと返事をしてバッグを置き、椅子に座った。
私がこの研究室に週3くらいのペースで通うようになってだいぶたつ。通う理由なんて特にないんだけど、変人ガリレオって言われている湯川先生が気になって興味本位でここを訪れたのがきっかけ。
ただ、なんだか居心地が良くて。


「今日は何の実験なんです?」

「これは」

「やっぱりいいです、絶対長いから」


聞かなきゃよかった、と後悔することは目に見えている。湯川先生は少し不服そうにじろりと私を見た。
喉が乾いたなと思うと、いつものインスタントコーヒーが目に入った。


「コーヒーいただきますね」

「駄目だと言っても無駄なんだろう」

「分かってるじゃないですか」


インスタントコーヒーを飲もうと置いていた私専用のコップを手に取る。


「僕のも頼む」

「はーい」


二人分。いや、三人分にしておこう。栗林さんのもしてあげないとかわいそうだ。
出来た。美味しそうな良い香りに無意識的に頷いて、テーブルに置いた。


「どうぞ」

「ああ」


そっけない返しにももう慣れた。
栗林さんにも出してあげると、ぱっと顔を輝かせた。


「いやー、悪いねおなまえちゃん!」

「いーえ。実験お疲れ様です」

「うん、美味しい!」


インスタントだけどね。
実験はもう終わりのようだ。生徒が片付けていると、湯川先生はコーヒーを一口飲んだ。
お腹すいたなあ。そういえば私は今日はお弁当を持って来たんだ。食べよう。ごそごそとバッグから小さめのお弁当を取り出す。ちなみに全て手作りだ。


「いただきますっ」

「…昼食か?」

「はい」


ちらりと湯川先生が見て来る。ふりかけごはんに卵焼き、ミートボールと昨日の夕飯の残り物である唐揚げなど、まあ定番と言えるお弁当だ。ミートボールを口に入れたとき、湯川先生の手が伸びて来て卵焼きが持って行かれた。


「ちょっと先生!勝手に!」

「ふむ。なかなか。僕はもう少し甘さ控えめでもいいな」

「知りませんよそんなの!」


褒めてるのかなんなのかよくわからない。


「おなまえ君、今度は僕の分まで作って来てくれ。実験でいそがしくて食べる間もないんだ」


まさか、湯川先生にお弁当を頼まれるなんて思っていなかった。目をぱちくりさせてから、こくりと頷く。


「いいですけど…」


湯川先生は満足そうに頷く。


「おなまえ君は良い嫁になるだろう」


嫁。
どきりとした。ぽかんと湯川先生を見つめていると、湯川先生は不思議そうに私を見た。


「…?なぜ照れる?僕は思ったことを口に出したまでだ」

「てっ照れてません!!」

「いや、顔が赤いぞ。熱でも_」

「ないです!!」


無自覚ってタチが悪い。いくらかっこいいからってなんで湯川先生にときめいてるのよ私の馬鹿!




変人ガリレオのレンアイ理論

(先生、楽しそうだね)
(おなまえさんといるときはいつもだよね)

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