#隠れた木曜日



「塔一郎!ちょ、匿って!」
「え?名前どうし…あぁ…」

昼休み。
名前は隣のクラスの友人の元へ駆け込んでいた。
弁当を広げクラスメイトと談笑していた泉田は焦った様子の名前の突然の訪問に驚くも、思い当たる節があるのか箸を止めて名前を見た。

「荒北さん?まさか2年のとこまで来たの?」
「そ、そう、電話が、どうしよう、教室隠れるとこなんてないって!逃げるにも、階段の方に荒北先輩いるしっ!」

授業が終わり、名前が購買へ昼食を買いに向かおうと教室を出た直後、東堂から名前へ着信があった。
東堂とは3日前に連絡先を交換したばかりである。
荒北から逃げる手助けの為に交換されたその電話番号が表示されるということは、つまりは逃げたほうがいい状況になっているということだ。
周囲を確認した名前は、情けない顔になりながらも携帯に耳を当てる。
「もしもし」と震えた声で言った名前の耳に飛び込んできたのは、焦ったわけでもない、いつも通りの東堂の声だった。

『名字か?俺だ、東堂だ』
「はい、名字です。えっと、何かご用ですか?」
『いや、聞きたいことがあってな。そろそろ覚悟は決められたか?』
「…いえ、すみません、もう少し時間をください…」
『ふむ、そうか。ならはやくどこかへ逃げたほうがいいな』
「……へ?」
『さっき荒北が「ちょっと用済ませてくるワ」と言って出て行ったんでな。財布もなにも持ってなかったし、君の元へ行ったのかもしれん』

携帯越しの東堂の声に安堵で緩んでいた名前の表情が青ざめる。
箱根学園の教室は1年が一階、2年が2階、と階層別に分かれている。
東堂達3年がいる3階から2年の教室やその他科学室等が並ぶ2階へ降りる階段は二つしかない。
そのうち1つは一番端の教室の斜め向かいにある。3年の教室は2年の教室の真上なので、下りてくるならその階段だろう。
行き止まりか、階段かの2択。名前は咄嗟に行き止まりの方にある隣の教室に入り込んだ。
「あー、どうしようか」と困り顔の泉田の肩を掴んで揺らす。

「どうしよう。塔一郎、アンディ、フランク!さ、最悪窓から逃げられないかな…」
「そこまで追い詰められてるの!?えぇっと…えぇ…」

青ざめたまま俯く名前に泉田は教室を見回した。
学食に行く人数が多いからか、教室にはまばらに人がいるだけだ。紛れ込むのは難しいだろう。
耳を澄ませば小さくだが「名字ってやついるゥ?」と問う荒北の声が聞こえる。
時間はない。東堂に頼まれている手前、必死に打開策を考えているとチョンチョンと腕をつつかれた。
顔をあげるとクラスメイトがどこかを指差している。
泉田がその方向へ視線を向けると掃除用具入れがある。
「無理だろ」と否定した泉田にクラスメイトは口を開いた。

「いや、なんか用具一式交換するとかであそこ今なんにも入ってねぇよ。空っぽ。隠れられるんじゃねぇの?」
「え、そうなの?」
「おう、俺、朝用具倉庫に持ってったし」

荒北の声は徐々に近づいてくる。
泉田は「ごめん」と謝りながら掃除用具入れを開き、そこに名前の体を押し込んだ。
キョトンとする名前の顔が見えなくなり、用具入れの扉が閉まったところで荒北が顔を出した。

「ア、泉田ァ。名字っているゥ?」
「い、いえ、見てませんね」
「見てねェ?こっち来たって聞いたんだケド」

荒北は訝しげに眉を寄せて教室を見回した。
泉田はバクバクと波打つ心臓の音を聞かないように、平然を装う。

「さ、さぁ…。…すみません、お力になれず…」
「…まぁいいわ、ンじゃな」

荒北はヒラリと手を振ると来た道をもどる。
追うように教室から顔を出した泉田は荒北が階段を登っていく姿を確認して、ホッと息を吐いた。
掃除用具を開き、鼻をつまむ名前を外へと出す。
軽く咳き込んだ名前は泉田を見て苦笑いを浮かべた。

「いや、まさか掃除用具入れに押し込まれるとは思わなかった。…でもありがとう、塔一郎」
「気にしないで。…にしても一体なにをしたんだい?荒北さんを怒らせるなんて」

泉田の返答に名前は曖昧に笑う。
何をしたかなんて言えるわけがなかった。理由を話しても泉田は拒絶なんてしないと思っている名前だが、それとこれとは話が別なのだ。
いっそ言伝でもいいから「気持ち悪い」と言ってくれればと思う。
そうすればおとなしく謝りにいける。
もしかしたら直接言うために名前を探し構っているのかもしれないが、それでもあのノートのことを、あの日のことを誰にも言っていないことが、名前を混乱させた。
まだ言い訳できるかもしれない。今度はきちんと告白できるかもしれない。
そんな考えが頭をちらつく。
なによりたとえどんな形だとしても荒北と関われている現状が、ほんの少しだけ嬉しかったからかも知れない。
フラれるにしても、言い訳が通ったとしても、そこで名前と荒北の関わりは終わるだろう。
あと少しだけでいい、関わっていたい。
そんな名前の考えに従うように、体は荒北を避けるように走り出すのだ。



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