#やり過ごした水曜日



「ア」
「あ」

目があった瞬間に駆け出す。
距離にして約200m。チェレステカラーの自転車を発見した名前はその人物が荒北だと確認するまでもなく校舎へと滑り込んだ。
自転車を持っていたということは朝練終わりだということだ。
集まりもあるだろうし、すぐには追ってこれないだろう。
そう考えて、けれど急いで靴を靴箱へと投げ込む。見つかる前にトイレにでも逃げ込めばこちらのものだ。教室に逃げ込めば最後袋小路になってしまう。クラスメイト全員が敵と化すのだ。
しかしそんな名前の考えは外れた。
靴箱から上履きを取り出していた名前は耳に届いた小さな足音に耳を澄ませる。
次第に近づいてくる足音に名前がおそるおそる顔を向けると、着ていたサイクルジャージをそのままに、凄まじい勢いでこちらへと走る荒北を視界に捉えた。

「うそでしょまじか、ちょ、ま」

上履きを履くことなく名前はその場から立ち去るべく廊下をかける。
一階は一年の教室が並ぶ。上履きを片手に靴下で駆ける上級生に1年は驚いているが、気にしている暇はない。
背後からは「待てや名字オラァア!!」と怒声が響く。想い人ながら怖い、怖すぎる。
1年の教室を走り抜けようとした名前は突然伸びてきた手により、勢いよく引っ張られ、更に押しやられて床へと倒れ込んだ。
何事かと己を引っ張ったの方へ視線を向けると同時に荒北の声が廊下へ響き渡る。
名前を引っ張った男は一歩廊下へ踏み出すと荒北へと声をかけた。

「あれぇ、荒北さん、何してるんですか?ここ1年生の教室ですよ?」
「真波てめッ!なに朝練サボってんだ!」
「それでそんなに怒ってるんですか?明日はちゃんと行きますって」
「おめーは信用ならねぇんだヨ!…そうだ真波、さっきここ2年が通らなかったァ?」
「2年生?あー、あっちに走って行きましたよ」
「……嘘ついてねぇだろーな」
「あれ、ほんとに信用されてないや。っていうか荒北さん着替えてませんけど、もうすぐHR始まっちゃいますよ?」
「わかってるよ、ったくあのヤロー…」

遠ざかる足音にホッと息を息を吐くと廊下から戻ってきた男と目があった。
青い髪を揺らした男は名前に微笑みかけると「大丈夫ですか?」と名前の手を取る。
名前は立ち上がって注がれる視線を気にしないように、ホコリを払った。

「ごめん、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそすみません。思っきり倒れてましたね。どこも痛くありません?」
「大丈夫だよ」

後ろで手を組んだ男は「ならよかった」とニコニコと笑う。

「東堂さんが言ってた荒北さんを怒らせた2年生って、先輩であってますよね」
「…たぶん合ってるよ」

一応いろいろとごまかして紹介してくれているらしい。
したり顔の東堂を思い浮かべ、名前が引きつった笑みを浮かべると、HR前の予鈴が鳴った。
「あっ」と声を漏らす名前は上履きを履いてカバンを持ち直した。

「じゃあ、ありがとね、今度何かお礼するよ」
「やったぁ。待ってますね」

嬉しそうに笑う男を数回撫でた名前は扉を抜けて2年の教室を目指す。
階段の直前、曲がり角を曲がると後ろからかかった声に振り返る。
男はひとつ飛び出た髪を揺らして扉から顔だけを出すとこちらを見ている。

「俺、応援してますからね。先輩と荒北さんのこと」

名前がその言葉に思わず立ち止まると、男は「それじゃあ」と言って教室の中へと入っていった。




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