#追われ始めた火曜日



「すみません、ありがとうございます…」
「いや、俺は頼まれたことをしただけだ」

校舎の影に隠れていた名前は校門の方へと走り去っていく荒北をチラリと覗く。
部活へ向かう途中、キョロキョロと周囲を見回しながら歩く荒北を発見した名前は咄嗟に校舎の影にその身を隠した。
発見される前に隠れたにも関わらず、なにかを察知したように名前の隠れる校舎に足を向けた荒北に名前は東堂の言っていた通り、逃げ切るのは容易ではないと苦笑いを零す。
だんだんと近づいてくる足音に名前は「あ、東堂さん俺もうダメかもしれない。ってか東堂さん全然助けてくれねぇ」と、若干東堂を恨みながらギュッと目をつぶる。
しかし寸前まで来ていたその足音は別の足音に阻まれてピタリと止まった。

「荒北」

低く響くその声に名前はゆっくり目を開いて顔をあげる。
隠れる名前の真横。太陽光を跳ね返し、鮮やかに輝く金をまとった男が立っていた。
男の正面に荒北はいるのだろう。正面を見据えたままの男は名前に一切意識を向けず、名前が今逃げている荒北の名を呼んでいる。

「アァ?福チャン、なにィ?」
「何をしている。部室はあっちだ」
「あー…人探してんのォ。2年の、背がこんぐらいで、ンで…あいつ特徴ねぇな。気ィ弱そーなやつ」
「…合っているかどうかはわからんが、2年で校門へ走って行ったやつはいた。まだ間に合うかもしれないぞ」
「まじィ!?アンガトね福チャン!」
「部活には遅れるなよ」
「わぁーってらァ!」

足音が遠ざかる。
名前は荒北が校門へと走っていくのをその目で確認すると隣に立つ男に礼をした。
助けてくれた、ということは東堂の知り合いなのだろう。
東堂がこの男に事情をどこまで話したかはわからないが、名前はとにかく、今日を乗り切れたことに一安心した。
男の視線が名前を貫く。
鋭く突き刺さるその視線に、手に持っていた荷物を握り締めた。

「俺は東堂に頼まれたことをしただけだ。礼はいらない」
「でも、助けてもらったので…」
「…ほんとうに助かっているのか?」

え。
耐え切れず逸らした視線は驚きでもう一度男に向かう。
意図を理解できていない名前に男は正面を向いたまま、視線だけを名前に向け続ける。

「事情は知らない。俺が口を出す権利はないが、言わせてもらおう」
「逃げるだけでは解決にはならない。時間がなんとかしてくれると思うな」
「自分にも相手にもしこりを残したままで、逃げ出したままではずっとそれに囚われることになる」
「俺は、それを学んだ。同じ想いをして欲しいとは思わない」

男の言葉に名前の胸はチクリと痛んだ。
わかっている。なんとかしなくては、きちんと向き合わなくてはいけない。それでも体は動かない。
荒北が視界に入ると、この体は自然と荒北がいる方の真逆を向き、走り出す。
ほんの少し時間が欲しいだけだ。自分の気持ちの整理と、覚悟を決める時間が。
名前から視線をそらした男は前方へと歩き出す。

「…荒北は強い。信じろ」

そう言い残して去っていく男に、名前はしばらくその場から動けなかった。



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