#エピローグ



「東堂さぁぁああああん!!」

昼食をとるために食堂へと向かっていた東堂は響く足音と呼ばれた名前に振り返った。
直後、首と腹にとつてもない衝撃が走り、そのまま勢いを殺せず突っ込んできた物体と共に倒れこむ。
突然なんだ、という戸惑いと痛いぞバカ!という怒りを織り交ぜながら東堂が己の上に蹲る物体へ目をやると、見知った顔がみっともなく己の腹へと抱きついているのが見えた。

「む、どうしたのだ名字。また荒北か?」
「そうです荒北先輩です!なんかわかりませんけど急に怒って追いかけてくるんです!」

「急に?」と東堂は首を傾げる。
東堂が知る限り、荒北という男は確かに気性が荒く、短気ではあるが急に意味もなく怒るような男ではない。
何か理由があるはずだ。
考えながらもひとまず立ち上がる為に名前に腹からどいてもらう。
倒された際に打ち付けた腰をさすりながら立ち上がると名前が小さく悲鳴を上げた。
どうしかのか。と名前が見つめる視線の先を辿るとそこには走ってきたのか、少しだけ息を切らした荒北が映る。

「おい、てめ、名字っ」
「は、はいっ!」

確かに怒っている。と形容するべき形相だった。
荒北の視界に東堂は入っていないらしく、こちらに何か言ってくる様子はない。
東堂の知る限り二人の間に衝突が起きるような出来事はなかったはずだ。
ただ、名前の勘違いや思い込みで荒北がキレることはあるけれど。
今回もそうなのだろうかと思うも、知らないことにはなにもできない。
事情もなにもわからない東堂はただ荒北が何に対して起こっているのか理解する為、二人の会話に耳を傾けることにした。

「オメーさぁ、マジで言ってるワケ?」
「マジもなにも、そうですよね…?」

恐る恐る。と言う風に名前は答える。
どうやら今日も名前の勘違いか何かが原因で荒北がキレているらしい。
この二人の痴話喧嘩にはよく巻き込まれる東堂は「またか」と呆れた風に口元を引きつらせる。
巻き込まれる自体は別に構わないのだがこうも毎回内容が似通っていると「いい加減にしろ」と言いたくなってくる。
こうも喧嘩、というか勘違いされて怒られてで一回も「別れる」という話が出ないのだから大したものだ。
とは言っても東堂と荒北も喧嘩ばかりしているが、お互い嫌いなわけではないのでそこは同じようなものなのだろうか。
荒北本人がそれを口にすることはないけれど。
ゆっくりと近寄ってくる荒北に、名前が東堂の袖を掴む。
「シワになる」と言いたかったが抱きつけれたときにしっかり掴まれたせいで既にシワになっているのを思い出してやめた。
荒北の、今にも人一人殺さんばかりの眼光が名前の隣に立つ東堂にも突き刺さる。
大きく口を開いた荒北が「『そうですよね?』じゃねーヨ!」と叫んだ。

「じゃあお前今までなんのつもりでいたのォ!?」
「……友達以上恋人未満?」
「バッカじゃねぇノォオオオオ!?」

荒北の雄叫びの最中、東堂は名前の発した言葉に「ん?」となにかが突っかかる。
「友達以上恋人未満」というのは恋人並に仲がいいし、お互い意識しているけれど一応友達的なニュアンスで使う言葉ではなかっただろうか。
しかし荒北と名前は確か付き合っているはずだ。
それは東堂だけでなく、この前の逃走事件の際に関わった部員全員がそう認識している。
何回か二人についての話題が上がったこともあったので東堂の思い込みではない。
じゃあなんで恋人未満なんだ?
東堂の頭に矛盾が生まれる。
高速回転した東堂の脳はその質問に「もしかしたら」の答えを出した。

「名字、お前は荒北と付き合ってるわけではないのか…?」
「付き合ってませんよ。当たり前じゃないですか」
「え」

さも当然かのように放たれた言葉に東堂は固まる。
もはやこれは勘違いとか、そういうレベルなのか?
東堂と名前の会話が聞こえた荒北は足早に名前の元へたどり着くと、逃げ出さないようにと名前の両肩を掴んだ。
突然肩を掴まれ、「ひっ」と悲鳴を漏らした名前は眉を下げながらもしっかり荒北を見据える。

「ちょっとオメーなんでそう思ったのか言ってみろ」
「荒北、顔が怖いぞ」
「元からだヨ。で、ンでそう思ったんだよ」

睨みつけるように荒北に見つめられた名前は「だって」と小さく呟く。
昼時の騒音にかき消されそうなその声を拾おうと、東堂と荒北は耳を澄ました。

「俺、付き合って、とか、言った覚えも言われた覚えもないです」
「……」
「……」

呆然とする二人に構わず、名前は言葉を続ける。

「俺は、できればお付き合いしたかったんですけど。荒北先輩に告白されたとき、すげぇ嬉しくて、でも俺と付き合って部活に支障とか出たら嫌だし、荒北先輩も何も言ってこないし、だから、まぁ、そういうことなんだろうなって」
「だからさっきキスしようとしたら逃げ出したノォ?」
「そう、です」

「はぁああ」と腕で頭を覆い隠すようにしてしゃがみこんだ荒北に東堂は慰めの視線を送る。
あんなに堂々といちゃついておいて付き合ってないと思っている名前も名前だが、今回は荒北が勘違いしていたということでいいのだろうか。
考えてみればそれもそうなのだ。
3歩後を歩くレベルじゃないくらい消極的で何かと否定的に物事を捉える傾向のある名前が、あんなに毎回怒鳴られ、逃げ出していて「別れる」と言い出さない方がおかしかったのだ。
東堂はなんだかんだ仲直りする二人に「やっぱり好きなんだな」と感心していたのだが、あれは荒北に怒られても「好きだから別れない」とかではなく、そもそも付き合っていないのだから「別れる」という発想がなかっただけなのだ。
そうでなければ少しでも荒北が自分のことを好きではないと思ったり、自分が荒北の負担になっていると考えた時点で別れると言い出すのが名前だった。
「ってかさァ」と腕の隙間から瞳をのぞかせた荒北が名前へ声をかける。

「部活に支障出すとか、オレがそんなことするように見えんの?」
「えっ、しないんですか?」
「しねーヨ」
「そ、うですか…。でも、やっぱり付き合うってなったらそういうことすることになりますよね…?」
「ハ?つか部活に支障出るレベルってどんなだヨ。今と対して変わんねーだろ」
「え?変わらないって………」

わけがわからないとでも言うように言葉を詰まらせていた名前は少し悩むと、突然顔を真っ赤に染め上げ、「そ、そうですよね!今と変わりませんね!ア、アハハ!」と視線を泳がせる。
突然のことに困惑した荒北だったが、何か思いついたらしく、意地悪そうに目を細め、口元に弧を描くと立ち上がって名前へ詰め寄った。

「ナァニィ?名前チャン、エッチィことでも考えてたのォ?」
「エッ!?チ…ち、違います違います!考えてないです!ほんとに!ほんとに考えてないです!」
「じゃあなんで顔赤いのか教えてくんねェ?」
「あぁぁぁああ!近いっ、近いです!やめてください!すみません!考えてました!考えてましたからやめてください!」

やめろ。お前らのことは応援してるが生々しい話は聞きたくない。
東堂はその場から逃げるように寸前まで迫っていた食堂に背を向け購買を目指す。
途中、新開からの「セクハラ親父と絡まれる女子高生(男)みたいなカップルがいたんだけど、どうしたんだ?」というメールに「まだカップルじゃないぞ」と返す。
直後詳細を求める新開からのメールを後回しにしてメール作成画面を開くと連絡先から「荒北靖友」の文字を見つけ出し、「ちゃんと交際申し込んでからにしろよ」と打ち込んで送信ボタンを押した。
荒北はまだしも、名前からソッチの相談を持ちかけられたらどうしようかと頭を悩ませた東堂は「俺だけが被害者なのは理不尽だ」とこれまた理不尽に新開を巻き込むため、呼び出しのメールを送る。
購買にたどり着くと同時に「なんすかこれ!?」と黒田に突きつけられた画面を覗くと、大声で告白する荒北とそれに大声で答える名前の動画が再生されており、東堂は「これはミーティングを開かなくちゃいけないんじゃないか?」と苦笑いを漏らした。



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