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共犯者


※殺人表現
※ヤンデレ注意
※一応大学生設定



「な、な……え?」

身を貫くような寒さに目を覚ました。
あぁ、寝ちゃったのか。と開かない目蓋を必死にこじ開けると、目の前に広がった光景に尻餅をつく。
転んだ拍子に手に触れ、カランと音を立てたそれに視線を移すと映ったのは赤い液体で塗れた銀色のナイフだった。
思わず悲鳴をあげて、自分の足元に転がる物体から逃げるように部屋の外へ駆け出す。
12月も後半に入った静岡はやはり寒い。
起きてそのまま、スウェットに冷たい風は酷く堪えたが、そんなこと気にしている場合ではなかった。
震える手でポケットから携帯を取り出してダイヤルを押す。
3コール目で切れたコール音に続いて「もしもしィ」と間の抜けた声が聞こえた。
寒さと恐怖で出ない声を無理やり絞り出す。

「あ、ら、きた?」
『アー?オメー、オレに電話かけたんじゃねーのかヨ』

課題をやっていたのか、電話越しに聞こえる荒北の声は少し疲れ気味だった。
いつもの声に、態度に安心する。
それでも、むしろそれは先ほどの光景の異常さを際立たせていて、果てしない恐怖が襲いかかってきた。
誰もいない公園の中、立つことさえままならなくなってくる。

『……ンだよ、なんか言え。もしかしてマジで間違ったァ?』
「あらきた…おれ、おれ、どうしよう……」
『……オイ、何があった』

震える声が勝手に言葉を紡ぐ。
巻き込んじゃいけない、こわい、どうすればいい、けいさつ、だれが?こわい、ちがう、あらきた

「たす、けて……」

違う、ダメだ、荒北は関係ない、アイツは優しいから巻き込んじゃダメだ
僅かに残る理性で、電話越しになにかを叫ぶ荒北の声を無視して電話を切るとその場にしゃがみこむ。
自分の体を抱き込むように腕で膝を抱えると寒さのせいか、恐怖のせいかわからないくらい体が震えていた。
どこからか聴き慣れた定番曲が聞こえてくる。
その曲に「あぁ、そういえば今日はクリスマスか」なんて思い出すと、目の奥に赤い液体に塗れたあの光景がフラッシュバックして、ぐっと吐き気を押さえ込んだ。









「名前っ!」

呼びかけられた自分の名前に顔をあげる。
ぼんやりとする視界の中で見えたのは見慣れた黒髪と最近よく着ているコート。それに綺麗な水色の自転車。
いつも大事にしているそれを乗り捨てるように降りると、同じようにしゃがみこんだ荒北はコートを脱いで俺の肩へとかけた。
じんわりと暖かいそれにやっと「あらきた」と名前を呼ぶと荒北は眉をつりあげる。

「バッカてめぇ何してんだ!凍え死にてーのか!」
「荒北チャリで来たの、さみぃのに」
「オメーにだけは言われたくねぇよバァカ!……つか、マジでどうしたんだヨ」

急に低くなった声に言葉を飲み込む。
言ってはいけない。優しいコイツのことだから、知ったらきっとなんとかしようとする。
そういえば、俺の服に何もついてないのかな。とも思ったけど、荒北の反応を見る限り何もついてないらしい。
今ならまだ誤魔化せる。コイツを帰さないと。
働かない脳みそをできる限り回転させて言い訳を考えた。

「あ、あはは、ごめん、荒北、俺ちょっと酔ってたみたいで、もう大丈夫だから、だから、帰っていいよ。せっかく来てくれたのに、ごめん。今度なんか奢るから、コートも、ほら、返す、し」

そう言って肩にかけられたコートを取ろうとするとその手を荒北に掴まれる。
掴まれた自分の手を見て床に転がったナイフを思い出してしまい、勢いよく荒北の手を振り払った。
突然払われた手に目を見開く荒北に「ご、ごめん」と謝る。
様子がおかしいと思ったのか、荒北の目が細められる。

「……マジで酔ってるワケ?顔むしろ青ざめてっけど」
「も、もう酔い醒めてるから、寒いだけ、だから大丈夫、帰っていいよ」
「……あっそ」

そう言って立ち上がった荒北にほっと息を吐く。
よかった、巻き込まずに済む。
そう思うと同時に収まっていた震えが戻ってきて、「やっぱりこわい、いかないで」と言いそうになるのを唇を噛んで抑えた。
しかし荒北は立ち上がったまま歩き出そうとしない。
なんで行かないのかと視線をあげるとグイッと腕を持ち上げられて立たされた。
「え」と声を漏らす俺を荒北はじっと見つめる。

「送ってく」

その言葉に俺は反射的に「ダメだ!」と叫んでいた。
「あっ」と口を押さえるも、既に遅く、荒北は不審そうな目でこちらを見ている。

「なんでェ?いいだろ。さみーし、暖取らせろよ」
「だ、ダメなんだって。い、今家汚いし、あ、ほら、暖房とか、壊れてて全然暖取れないから、だから」
「オメーんちこたつあんだろ」
「こ、たつも……壊れてて……」
「そんなに一気に壊れるのォ?」

だんだんと低さを増していく荒北の声にたじろぐ。
何も返さなくなった俺に何か確信を得たのか、荒北は妙に真剣な声で「家、行くぞ」と言うと片手で俺の腕を掴んだままもう片方の手で自転車を持ち上げた。
だめだ、だめなのに、なんで
頭の中には否定ばかりが浮かぶのに、俺自身は安堵に包まれていて、「俺ってどうしようもないな」と自虐的に笑った。

それからの荒北はとても冷静だった。
部屋に入って、あの惨状を見ると「オメーはあっち行ってろ」と俺を部屋から追い出した。
絶対出てくるなと言われたため、一人寝室で呆然としていると、どれくらい経ったかわからない頃に荒北が扉から顔をのぞかせた。
何事もなかったかのように綺麗に、元通りになった部屋を見て、俺が声をかけるより先に荒北に座るように促されて出してあるこたつへと身を潜らす。
荒北がつけたであろう暖かいそれは俺の緊張を溶かしていった。
同じように隣に潜り込んだ荒北は何も喋らない俺の頭に手をやると、自分の方へと引き寄せる。
頭を荒北の肩に乗せ、上半身を預けるようにしていると暖かい荒北の手がポンポンと頭を撫でる。
思わずスン、と鼻をすすると、先ほどまであんなに血に塗れていたのにも関わらず、鉄錆の匂いが一切しないのに驚く。
荒北が何をしたのか気になったが、口にできる元気は残されていなかった。

「名前、オメーは何も見てねぇ」
「……」
「オレも何も見てねぇ、ここでは何もなかった」
「……」
「オレたちは何も知らない。オメーは酔って外出てた、オレはそれを連れ戻しに来たそれだけだ」
「でも、あらきた、」
「でもじゃねーよ。誰にも言うなヨ。オレらしか知らねーんだ。オレらしか知らないことをオレらが知らないって言えば、それは何もなかったも同然なんだヨ」
「……ごめん、あらきた、ごめん」
「謝ることねーだろ。お前は何もしてねぇンだから」

ゆっくりと撫でられる心地よいテンポに、目蓋が重くなる。
必死に目蓋を開こうと格闘しているとそれに気がついた荒北が「寝てイイヨ」と近くにあった毛布をかけてきた。
ごめん荒北、結局巻き込んだ。ほんとにごめん。
言葉にしようにも口が動かない。目蓋は閉じきっていて、わかるのは荒北の体温だけになっていた。
ゆっくりと意識が遠くなっていく。

こうして俺たちは共犯者になった。















「寝ちゃったァ?」

小さな吐息を漏らす名前の顔を覗き込む。
穏やかな顔で全てをオレに委ねるように眠っている名前を見て口元がニヤつくのがわかった。
名前を起こさないようにそっと抱き抱えて寝室へと運ぶ。
温いこたつから全然暖まってないベッドへ移動するため、起きてしまわないかと心配だったが、そんな心配は無用だったようで布団をかけても起きる気配はない。
しっかり眠っているのを確認すると、できるだけ音を立てないように風呂場まで行き、袋詰めされたそれを持ち上げる。
なんてことない、ただの人形だ。
そっと玄関を出て軽い陶器の音を鳴らすそれをゴミ捨て場に捨てると足早に名前の家へと戻る。
赤い絵の具が付いたナイフは自分のポケットの中だし、先ほどの人形は念のため細かく分解して中身が見えない袋に入れたので、何も問題は起きないだろう。
まぁ仮にその袋が勘違いを生んだとしても「劇で使った」といえば通るだろうし、名前の顔が恐怖で歪むのを見るのも悪くないかもしれない。
ただ、その顔は自分で作り出したものでないとダメなので、出来ればこのままバレずに処分してもらいたいところだ。

玄関にたどり着くとチェーンまでしっかり鍵をしめる。
恐る恐る寝室の扉を開くと名前はいまだスヤスヤと寝息をたてていて、ほっと息を吐いた。
乱雑に服を脱いでラフな格好になると、起こさないように静かに名前のベッドへと潜り込む。
冷たさを感じたからか、「ん〜」と身動きを取る名前の腹のあたりをポンポンとあやすように叩くとすぐにまた穏やかな寝息が聞こえて笑いそうになった。
ほんとに、名前がバカでよかったと思う。
勝算は五分五分だった。
いくら寝起きでボケているからといってアレが人形だと気づく可能性があったし、誰かのせいだと思ってしまう可能性だってあった。
自分が殺したと思っても、衣服に血が一切ついてない時点で不審に思って冷静になる可能性も、そもそもオレを頼ってこない可能性もあったのだ。
それを名前は、オレのシナリオ通りに、動いてくれた。
最初、電話があったときから公園で蹲る名前を見つけるまでは不安でいっぱいだったし、失敗したらどうしようかと何個も策を考えていた。
しかし、名前を見つけて名前を呼ばれた瞬間、「勝った」と確信した。
何度も緩みそうになる口を、笑い出したくなる声を、抱きしめたくなる衝動を押さえ込んだかわからない。

「でもまだあと一歩、足んないんだよネェ」

名前の髪を指先で梳く。
まだ笑うのには早い。
ようやく崖っぷちに来てくれた。
だがそれではダメだ、後戻りされてはいけない。
対岸にいる"オレ"の幻影に惑わされて、背後の道は閉ざされていると思い込んで、見えもしない橋に足をかけて、奈落にいるオレの元まで落ちてくるまでは。
それまでは、めいっぱい対岸で安心と安全を囁き続けなければ。
もう名前が二度と後戻りできなくなるまでは、笑うわけにはいかないのだ。

「はやくコッチにおいでネェ、名前チャン」

何も知らずに眠る名前の頬に小さく口付ける。
可愛い可愛いオレの被害者サン。
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テーマ「人外ファンタジー」
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