社畜根性
仮入部
カラカラカラカラ

「ねぇ東堂くん」
「ん?なんだね名字」

カラカラカラカラ

「なんで俺こんなことしてんの」
「仮入部だからだろう?なかなか様になってきているぞ!」

カラカラカラカラ

「いや、うん、そうなんだけどね?俺部活入る気ないって言わなかったっけ」
「む?そんなこと言っていたか?だが仮入部から一週間、こうして運動しているおかげですっかり授業中寝なくなったではないか。俺は入ったほうがいいと思うぞ」

カラカラカラカラ

「そりゃだって疲れきってるからね…ここ一週間飯食ってすぐ風呂行って即就寝だからね、そりゃ起きるよ。それに入るにしても仮入部期間半分行ってるのに俺自転車にしか乗ってないよ。自転車以外部活何があるかさえ知らないよ」
「余程体力がないのだなーいかんぞ。部活はまぁ…いろいろあるが、俺は自転車競技部をすすめるぞ。なにせ俺がいる!」
「あ、もう入部届け出したのはやいな。自転車…まぁ、うん…楽しいかと聞かれればそうとは言い切れないけどいろいろと忘れられるかなぁ…」

夢の世界で寝て起きてはや二週間。
「どうせ2、3日で覚める夢だろうし、久々の高校生活楽しむか」と楽観視していた名前はへらりと口だけで笑う己とは対照的に満面の笑みでニコニコとこちらを見つめる東堂に乾いた笑みを漏らす。

スラリとした体につり目がちな大きな目、キメ細かい肌に耳に残る声、女子に優しく気も効く美形。入学二週間にも関わらず既にファンクラブまであるという彼はなぜか、名前に懐いていた。
むしろ懐くというより世話を焼いているというのか。
入学初日、寝ていた名前を起こしてからというもの「飯は食べたのか」「遅刻するなよ」「課題はやったのか」「昨日は何時に寝たんだ」等、隣の席ということもありやたらと話しかけてきた。
仮入部が始まってからは放課後毎日名前を連れて自転車競技部へ顔を出し、ひたすらローラーを回させるという苦行を強いている。
いや、実際ローラーを回すこと自体は他の仮入部員もしているので文句はないのだが、なぜ毎日なのだろう。仮入部期間ってなんだっけ。俺もう入部してたっけ。と記憶さえあやふやになりつつある。

ふと、隣で何か話している東堂の声を受け流しながら己の回す自転車を見る。
高校時代、名前も自転車で通っていたが乗っていた自転車はママチャリだった。こんな薄くて細くて軽そうで折れそうな自転車で何をするんだろうか。
ここ一週間、東堂に連れられ毎日自転車に乗ってはいるがこの自転車で何をするかは一切知らない。
自転車なのだから走るのだろうけれど、自転車を使う競技は競輪しか知らない。しかしそれは既に否定されているので実際これで何をするかはまったくわからないのだ。

(何も知らないで乗ってるっていうのも失礼な話だよなぁ。)

東堂に説明を求めてもいいのだが、聞くと長引きそうなのでやめておく。
それに、どうせ覚める夢なのだ。
仮に聞いて興味を持って、頑張って、それで覚めたら何もなしなんて虚しすぎる。夢のこと自体忘れるかもしれないが。